第2話 友達になりたい! ……けど

 空気が凍る言うん?

 それをな、初めて感じたんよ。


 皆、凍り付いとった。


 ……ヒカリ様が、犯罪者予備軍のカンサイ人を何故庇うんや……?


 そう思って、何も言われへんようになっとったね。


 そんなときや。


「……ヒカリさん、こんな奴、庇ってやる必要無いのでは?」


 クラスの男のひとりが、そんなことを困ったような顔で言っとったわ。


 クラスでは、他の女子がイケメンや、イケメンやいうて、そこそこ人気ある男やったね。

 まぁ、ウチはゴール王国民は敵視しとったから、ちっともええと思わんかったけど。


 ろくに勉強もさらさんと、髪型ばっかり弄ってる奴や。

 10位以下は順位分からんから、どのくらいの成績か知らんけど、どうせ下から数えた方が早いんやろ。


「へぇ、何故かな?」


 すると、ヒカリ様は不愉快そうに、逆に問い返しはった。

 凛とされてたね。


 それに、イケメン男は困ったような様子で両手を広げて


「だって、カンサイ人ですよ? やつらの犯罪者の含有率ご存じないんですか?」


 イケメン男がそう返すと


「だから庇わなくて良いと? どうせお金を盗んでるに決まってるから?」


 ヒカリ様は即座にそう返しはった。


 すると、イケメン男はたじろいで


「さすがにそこまでは……」


 そう、誤魔化そうとしたんやけど


「……私の記憶が確かなら、トリポカさんが窃盗で捕まってる姿は1回も見た覚え無いんだけど? あなたはあるの?」


「……いえ……」


 誤魔化しを許さず、追撃をかけるヒカリ様。

 ヒカリ様の追撃に、イケメンの声が小さくなる。


「前科の無い者に、ただ生まれだけの問題で嫌疑を掛けるのはただの差別でしょ。違う?」


「……ちがわ……ないです」


 ざまぁ、やったわ。


 ヒカリ様の言葉で黙らされよった。


 ウチは胸がスーっとすると同時に、ヒカリ様に感激しとった。

 ウチを本気で庇ってくれてる……って。


 こんな人に敵意を持ってたなんて。

 ウチはどんだけアホやったんやろう……。


 で。

 ……ヒカリ様の快進撃はそれだけやなかった。


「で……給食費を盗まれたと主張しているラボンク君」


 給食費を盗まれたと主張している男子に視線を投げはったんよ。


 そのときのヒカリ様の視線は、氷のように冷たかったんや。

 ゾクゾクしてもうた。


 ……女が女に惚れる、みたいな。

 ウチはそんな感覚やったね。


「……は、はい!」


 蛇に睨まれた蛙……そんな感じやった。

 ヒカリ様は続けはったんや。


「……アナタ、鞄しか調べて無いよね? どうして?」


「……それは……えっと……」


 そこで気づいたんやね。

 アホやわコイツ。


 机の中身だとか、これまでの通り道だとか。


 そんな「その他の候補」を全く当たらずに「盗まれた!」って結論付けよったんや。


 どんだけアホやねん。


「……試しに机の中を確認してみたら?」


「そんな……給食費みたいな大切なお金を机の中に置くわけ……」


「いいから」


 有無を言わせへん。


 そういう言い方やった。


 気圧されて、そいつ、机の中をごそごそして……


 次の瞬間、真っ青になりおった。


 ……あったんや。


 アホ過ぎる……怒る気にもなられへん。


「……ほらみなさい」


 ヒカリ様、やっぱり、って顔で、ため息交じりにそう言いはった。


「……はは、お騒がせしました」


 アホ男、後ろ頭を掻きながら卑屈に笑って誤魔化そうとしたんやけど。


「……あなたのせいで、何もしてない女の子が1人、泥棒扱いを受けたんだけど、出てくる言葉がそれだけなんだ? フーン」


 言われて、青ざめる。


 ヒカリ様、ゴミを見る目やったね。

 その男子に対して。


 アホ男、真っ青になってブルブル震えて。


「テスカ・トリポカさん! ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!」


 大声でそう、ウチに謝った。

 必死な感じでペコペコ頭を下げて。



 ……別にさ、謝罪は要らんかったんよ。

 アホ過ぎる思って、腹も立たへん状態やったから。


 でもね……


 もう、ウチ、アカンかった。


 ヒカリ様……


 かっこ良すぎる……


 是非、お近づきになりたい、思った。


 でも、ウチは嫌われ者の元カンサイ人……


 ウチなんかに慕われても、ヒカリ様も迷惑やろし……


 ウチ……どないしたらええんやろ……?




 家に帰っても、頭の中はヒカリ様の事でいっぱいやった。

 勉強も手につかへん。


 ヒカリ様と仲良くなりたい……。


 そればっかり考えとった。


 あの堂々として、己の正義を貫く姿勢。

 恰好良かった。


 あんな人に、友達や言うてもらえたらどんなにいいやろう……。


 そう、心底思ったけど。


 ……ストレートに「友達になってください」なんて言うても、ヒカリ様は困るだけや。


 そんなんアカン。


 恩を仇で返しとるようなもんやないか。


 どないすればいいんやろう……。


 そんな風に悩んどったら。


 ボンボン、とオカンがウチの部屋の襖をノックして。


「テスカ、入るで」


 オカンがやってきた。


「なんやオカン。ウチ、今忙しいねんけど」


「アンタがなんか様子がおかしいから来たんやないの」


 なんかあったんか? って聞かれた。


 ウチのオカン、ホンマに鋭いなぁ。


 まぁ、隠すようなことでも無いので、今日あったことを言うたんや。


 そしたら。


「……さすがはクミ・ヤマモト様の娘さん言う事やね。あそこの家は、クミ・ヤマモト様のおかげで1代でお金持ちになったんやで? 知っとるか?」


 クミ・ヤマモト様はすごい方なんや。

 知っとると思うけど、国王陛下にも謁見なさったことがあるしな。


 それに知っとるか? アンタの好きなお菓子「アイスだいふく」を考案したのもクミ・ヤマモト様なんやで?


 そんな方の娘さんや。

 立派な方なんやね……感心するわ。


 オカン、ヒカリ様を褒めちぎってくれた。

 ウチはまるで我が事のように嬉しかったわ。


 でも……


 ウチは続けた。


「お友達になりたいと、思たんやけど……ウチ、嫌われ者の元カンサイ人やから……迷惑や思われたらどうしようと思うんよ」


 そう、ウチが言うと、オカンは少し辛そうな顔をした。


 ウチの胸も少し痛んだ。

 こんな事、聞かされてもオカン、辛いだけやな……ホンマゴメン。


 ウチが余計な事を言うてしもたと落ち込んでいると、オカンは助け船を出す様に


「……とりあえず、毎日しっかり挨拶するところからはじめてみたらどうやろうな? 挨拶されて迷惑や、なんて言う人はおらんやろし」


 ……そこから先は、成り行きに任せてみたらいいんやないか?

 オカンは、言外にそう言うとった。


 オカン……!



 その日から、ウチの生活が変わった。

 勉強は変わらず頑張った。


 ただし、ヒカリ様を打ち倒して自分が頂点に立って喜ぶためやない。


 ヒカリ様に勝つくらい、実力をつけて、ウチという存在を認識してもらえたらなぁ。

 そういう想いからや。


 そして。


「おはようございます。ヒカリ様」


 毎朝、下駄箱で会うたびに、精一杯にこやかに挨拶をした。


 下駄箱で見る、寺子屋指定のセーラー服姿の、いつも変わらず美しいヒカリ様に。


 ……別に友達になろう思ってやっとるわけやない。

 ヒカリ様に「うっとおしい子やな」と思われたないからや。


「……おはよう。トリポカさん」


 ウチが挨拶したら、ちゃんと挨拶を返してくれる。


 これでええ。


 ウチはこれだけで十分や。


 よく、気になる相手が出来て、自分の思ってる形の愛情を返してもらえないからと、相手が自分を憎むように仕向けるとか。

 そんなお話をよく読むけど。


 ウチはそんなもん、愛情でも友情でもない思ってる。


 真っ当な愛情や友情が返ってこないから、せめて嫌われて、憎悪の感情だけでも手に入れたい、やて?


 アホ抜かすな。


 好きな相手を苦しめてどうするんや。

 そんなもん、ただ自分の事しか考えとらん、最低の行為やわ。


 ウチはそんな事は絶対にせえへん。

 こうして、毎日挨拶して、挨拶を返してもらう。


 それだけで終わったって、ええんや。


 ヒカリ様の中で、ウチという存在が「そう、悪くない子」って認識になる程度で。

 その程度でもう、万々歳。


 それ以上なんて、求めてない。

 本当に、求めて無いんや……。


「う~ん、ちょっといい?」


 そしたら、ある日


 いつものように朝の挨拶をしたら、ヒカリ様に呼び止められた。


「なんでしょうヒカリ様」


 そう、返すと


「……別にトリポカさんに限ったことじゃ無いんだけど、その『ヒカリ様』ってのを止めて貰えると嬉しいかも」


 ……ウチは確かにちょっとだけ裕福な家かもしれないけど、元々ただの刃物の研ぎ師の家の娘だよ?

 様付けで呼ばれるような身分じゃ無いんだし。


 すごく困った感じで言われてしもうた。


「……トリポカさんだけはヤマモトさんって言ってくれるから、安心してたのに」


 ……だって。


 ウチの事、そんな風に思ってくれてはったんか……!


 ウチは感激した。


 でも……


「そうは言いはりますが、ヒカリ様をヒカリ様と呼ばないと、そう呼んでる人たちから、ウチが袋叩きに遭います。ヒカリ様はそうなってもよろしい言いはられるんですか?」


 そう言ったら、ヒカリ様、観念したのか。


「……分かった。我慢する。おはようトリポカさん」


 ガクン、と肩を落とした感じで挨拶を返してくれた。


 ……ちょっと気の毒やったけど。

 ヒカリ様と突っ込んだ会話が出来て。


 ウチはその日、メチャメチャ嬉しかった。


 ……これでええ。

 ウチはこれで……。


 ヒカリ様に、個人として認識していただけるだけで、ウチは満足なんや……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る