The girl who plays with the Raven §3

 その一瞬視界に入ったアンチコメントが管理者によりブロックされ非表示となる。あれ? 誰かモデレーターの人がこの配信を見ている? ミーちゃん? 他の運営スタッフか? いや、こんな唯のアンチコメントにわざわざ反応するか?

その時、『60万人、おめでとう』という青色で表示されたユーザー名のコメントが見える。六聞ミズホからのチャットだった。

「ミズリン先輩!?」

思わず声を上げてしまう。

「わーすごい!」

と荒巻ユイも横で喜ぶ。

「先輩ありがとうございます〜〜〜」

泣き真似をしながら感謝を述べるが、本当に半分泣きそうであった。

「涙目になってるのウケる〜〜」

と涼咲カイが茶々を入れてくる。

「うるさいなぁ! お前には推しに祝って貰える気持ちがわからんのか!」

だが実際私は疑問だった。あのミズホ先輩が私にコメントをくれるなんて理解出来なかった。もちろん初めての事で嬉しくも、誇らしくもあったが、何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

そして残念な事にそれは当たっていた。


 数日後、都内の某高級日本料理店へ2期生3人が招かれた。1期生の面々に。

「うわーすっげぇ……。こんな店初めて入った」

「やめてよ恥ずかしい」

カイが溢した間抜けな感想に突っ込む。完全個室になっている奥の座敷へ案内される。

襖を開けると、3人が座っていた。

「こんばんは、みなさん」

と、六聞ミズホが短く言う。

「お疲れ様、です……」「こんばんはー……」等と口々にしながら襖を閉める。


「わざわざありがとうー」

一ノ瀬マリーが言う。

「今日来てもらったのは」

「本当にゴメン!」

ミズホの言葉を遮り、ここまで黙っていた三葉ピースが机に手を付き頭を下げる。

「え?」

思わず声が漏れる。

「今まで2期生を目の敵にして、ずっと否定しようとしてた。ミズホもマリーももう何とも思ってないのに私だけずっと……!」

「いや、それは違う。私もこういう機会を設けるまでずっと放置していた」

「私もだよピーちゃん。不甲斐ない先輩でごめんね」

ミズホとマリーまでもがそう言ってくる。

「いやー何つうか、私達は別に……」

カイが頭を掻きながら返事に困っている。

「私は去年、直接七海ハルへ暴言を吐いた事がある。V WINDの名前を汚す存在だと」

「いや、その話は……」

「いや終わった話じゃない。勝手な固定概念を抱き、盲目にそのイメージ像にだけ向かって活動していた私達を変えてくれたのは、君たちだ。良くも悪くもな」

ミズホがフッと笑う。

「そーだよ。アイドルのイメージどんどん崩れちゃって、最近芸人事務所だなんて呼ばれてるの知ってる?」

マリーも笑いながら言う。

「いやマリー、お前が一番イメージぶっ壊してるから! 晩酌配信よく未だに事務所からNG出ないな!」

ピースのツッコミに思わず私達も笑ってしまう。

「だから、きちんと謝る場を設けたかったんだ。すまなかった。そして、ありがとう」

ミズホが再び頭を下げる。

「わ、私は……。あの時ミズホ先輩に言われなかったら、きっとV WINDの名前を汚す存在に成っていたと思います……。だから私もどうしても認められるVTuberに成ってやろうって、ムキになってがむしゃらにやって……ここまで、これました……」

涙が溢れ、言葉に詰まる。嗚咽が漏れる。嬉しい。ミズホちゃんにこんな風に想って貰えて。

向かいに座っていたミズホが立ち上がり、優の前に来る。そして両膝をつきそっと抱きしめる。

「!? ……せんぱぁ〜〜い……。ママ〜〜〜!」

「はは……面倒臭い後輩を持っちゃったな〜」

ミズホが言う。

「先輩とはいえ、年下にママは無いわ……」

と向かい側でピースがドン引きしている。

「ママに年齢は関係ないんですよぉーうわあぁぁぁ〜〜〜」

私は大声を上げて本当に泣いてしまっていた。


「え、ピース先輩ハタチなんすか!?」

運ばれて来た豪華な料理に舌鼓を鳴らしつつ、初めて1期生の面々と気楽で楽しい会話をした。

「そーですがー?」

「え、ユイと同い年だったんですねぇ〜」

とユイも驚きの声を上げる。

「2人共かわいいなぁ〜」

と優が気持ち悪い声をあげる。

「え〜ハルちゃん、お姉さんには興味ないの〜〜?」

とほろ酔いになったマリーも絡んでくる。

「いやいや、マリ先輩もかわいいですけど、もう実質ママみたいなもんなんで」

「なんじゃそりゃ」

どうでもいい会話にミズホも笑って参加してくれていた。

「というか、ミズホとご飯食べたりするのも久々だよね〜」

「いっつも全然来てくれないんだも〜ん」

と1期生の2人が愚痴る。

「私はそんな……お酒も飲めないし、あまり面白い話も出来ないから……」

その言葉に一瞬場が静まる。

「……ぷふッ」「ッ…!」

「だっははは!!!」「かぁわあいいいい!!」

みんなが一斉に笑った事にミズホは眉をひそめ困惑していた。そんなミズホを見てマリーが堪らず抱きつく。

「もーかわいいなぁミズホは!」

「ちょ、マリー酒臭い……」

「おいマリー、今のお前はただの面倒臭いおっさんだぞ」

「あ、ズルい! 私もハグ! キスー!」

「調子に乗るな七海!!」


「というか最近、3期生の勢いすごいよな〜」

ポロっとピースが話題に出す。そこに触れるか、と一瞬ほろ酔いの脳みそが思う。

「あっという間に馴染んだよね〜」

「この前ハルとも話してたんすけど、最近の3期生の“小慣れてる感”ヤバくないですか?」

酒の回ったカイもそれに乗っかる。私の名前を出してくれるなよ、と腹の中で言う。

「あーちょっと分かる〜」

「最初は人気になり始めて、ちょっと調子に乗るもんでしょ?」

意外にもピースが擁護する。

「私もそうだったし」

と苦笑いしながら彼女は隠さず言った。

「でも、それは私も感じてた」

ミズホからの思わぬ同意に、私は少し驚く。ミズホは更に言葉を続けた。

「彼女らは、あまりにも場に慣れ過ぎてる、その傲慢さがあるんだと思う。多分視聴者にも、それが鼻につく人が出てくるはず」

「だからこの前の炎上も、下火になっても延々続いてるのかな」

マリーも付け足す。

「でも、彼女らの配信が面白いのは事実だし、色んなコネを持っているのは彼女らの強みの一つでしかない……と、私は納得しています。それはただの嫉妬だと」

優はこの前感じて、考えた事を素直に言った。

「強いなー、ハルちゃんは」

やさしく微笑むその顔は、どこか憂いも帯びていた。

 結局3期生の話題はそこまでで、私が初めて1期生とコラボした時の事を掘り返しイジられたり、1期生でも謎だったミズホのプライベートな部分に踏み込んだ話に花を咲かせ、この会は楽しい雰囲気のまま閉じた。


 店を出てそこで皆解散した。私はそこでタクシーを拾い、そのまま家へ帰宅した。

家の前に着くと、1台のタクシーが丁度アパートの前から出ていく所だった。支払いを済ませ部屋に着くと、玄関の鍵が開いていた。私は気にする事もなく玄関へ上がる。

「ただいま〜」

「おかえり」

廊下の浴室からひょこっと顔を出した凛が迎えてくれる。そして2人とも何も言わずに近づきキスをする。

「付き合ってるって公言出来たら、タクシー1台分の料金で済むのにね」

「確かに」

そのまま廊下でお互いに服を脱がし合い、お互いを求める。


「なんか飲んだ後ってさ、すげームラムラするよね」

「はぁ?」

ベッドに横たわり、雰囲気もクソも無い言葉を凛が吐く。

「なんだか今日は疲れたよハルちゃん〜〜」

私に身体を密着させ、胸を揉んで来る。

「何故ハルちゃん呼び。そしていつになくめんどくさい女だな」

「えーだってミズキ先輩にメロメロな七海ハル嫌いなんだもん」

「そりゃ私の憧れの人なんだから仕方ないでしょ。一度突き放されてたとしても」

突然、彼女が私の顎を掴み、彼女の方へ私の顔を向けさせる。

「じゃあ、ミズキ先輩が付き合ってって言って来たら、OKするの?」

彼女の目が真剣、というよりも殺意の様な物すら感じる。怖い。その時初めて彼女に恐怖感を覚えた。咄嗟に彼女の手を振り払う。

「そんな訳ないじゃん。バカ」

だが彼女の表情は未だ不満そうだ。

「じゃあ、もう一回シてくれたら許す」

「ヤりたいだけじゃんバカ」

だが私もその快楽を求め身体を委ね、また彼女にも快感を与えようと努力してしまう。


 その日は久しぶりの六聞ミズホと1対1でのコラボであった。半年ぶり位だったと思う。

この前の1期生との和解もあり、私の気分は上々だった。やっぱりミズホ先輩の事が好きだ。チョロい女だと思われるだろうが、自分でもそう思っている。今までも相手のことは先輩のVTuberとして認めてはいたが、改めてデビュー前の頃の“ミズホちゃん”の1ファンだった時の様な煌めきを彼女に感じてしまっている。勿論V WINDに所属し、彼女の後輩という存在である以上、守らないといけないラインというのも弁えている。

 そういう訳で、今日はマインクラフトのV WINDサーバーの中を探索、もとい2人きりでデートする事にした。私は配信ページの画面のレイアウトをいつもの白基調のあまり派手ではないシンプルな背景を止め、今日は薄ピンクに様々な色のハートマークが多過ぎす少な過ぎず程よく配置されているフリー画像をダウンロードし、それを背景にした。前回は特に作らなかった2人のコラボハッシュタグも決め、配信ページの左下に『#ミズホとオタク』という文字列を配置した。こんなに配信前に良い意味で緊張しているのは初配信以来では無いか? と思える程高揚していた。

 そして20時の配信開始を前に、19時50分頃から2人でゲームサーバーにログインし、Discordで会話しながら最終調整をしていた。

「あ、OKです。先輩の声もバッチリ乗ってます!」

『ありがとうハルちゃん。2人でコラボするの久々だね』

「はい〜〜。光栄です〜〜〜」

『同じ事務所の先輩なのに何なんその距離感〜』

ミズホが呆れた様に笑う。

「だって〜だって先輩はずっと憧れのまんまですもん」

冗談っぽく泣き真似しつつも本心を言う。

『ヘンなの〜。じゃ、よろしくねオタクちゃん』

「ブヒー! はい〜〜!」

そう言いながら2人とも配信開始ボタンを押した。

「みなさんこんばんは〜? 聞こえてますかー?」

『みなさんこんばんは〜〜!』

「音量バランスどうですかね? 私は先輩と忙しいので各自各々いい感じに調整して下さい。何せ“おデート”ですので」

『こら〜リスナーさんになんてこと言うの!』

『ミズホオタクくんさぁ…』『叱られてて草』『今日のミズリンふにゃふにゃしてて可愛い』等、コメント欄もいつもの様に乗ってくれている。


「先輩! スゲーっす、こっから氷の大陸です!」

『わー! すごーい!』

このサーバー内でまだ誰も行った事が無い最北端を目指し、2人でゲーム内のボートに乗りひたすら北上していた。そして北の氷の大陸に遂に到達し、感動を分かち合っていた。

「すごー! 北極だー!」

『ハルちゃんハルちゃん! ホッキョクグマ居た!!』

「え!?」

『ここ! こここここ!』

「ちょっと待って下さい! テンション上がってる先輩の幼女みが強くて可愛過ぎてちょっとムリです」

『何言ってんのー!?』

『ただの限界オタクで草』『幼女ミズリンたすかる』『今日2人ともテンション高くてかわいい』等とコメントも見られ、改めて今の関係の心地よさを感じる。ずっとこうしたかった、とポツリと心の中で呟く。

「ホッキョクグマって何食べるんですかね? ニンジンなら持ってるんですけど」

『え、ニンジン食べるかなー? というか北極にニンジンって生えてなくない?』

「あ、たしかに〜……」

『あッ!?』

「え、どうしました!?」

『魚あげようと思ったら間違って攻撃しちゃった! やめてよー! 痛いー!』

「あーー先輩今助けに行きます! てめぇー何先輩に手出しとんじゃー!!」

等と2人で最高にはしゃぎ回るだけの、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


 都内の某所コンビニ。環状線の大通りから一つ外れた旧道にある、普通車が5台停められる代わり映えの無いどこにでもあるようなコンビニ。そしてそこに居る冴えない売れない役者、秋田。今日も朝から晩までシフトを入れ、気怠く働いていた。今年29歳になるという現実を前に、そろそろ先の事も考えなければならないと思う反面、別に役者を辞めても他にやりたい事も無く、どうなってしまっても良い、死んでしまっても良いとすら思える、自暴自棄の境地の様な場所へ来てしまっていた。そんな彼の元へ、懐かしい顔が姿を現した。

嘗て那賀見優と共にバイトに入っていた古谷あかりであった。

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