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第3話

〜研究〜


泥沼に、その顔を擦りつけた。

 野犬は、その牙を向いていた。

 狂犬病。そんな、そんな事を呟いた。


 そう。私は、死なない。でも。良いのだろうか?

 HIV、狂犬病。プリオン病。


 そんな遠い過去ではない。


 この世の中に、解き放たれたタンパク質。


 忘れよう。

 そう日は昇るから。


 けど、嫌いではない。


 父は言った。私は生き物だと。

 父は言った。私は神だと。

 父は言った。侵略者だと。

 

 学校はつまらなかった。

 いじめられた。私は獣臭いと。


 父は言った。それで良いのだと。

 父は。

 父は。

 父は。

 世界を変える。

 そう言った。


 半生物ごときに、世界を齧られてたまるか。


 言った。


 私は、普通に生きていきたかった。

 皆、笑い。笑顔を向けた。

 皆、母を持っていた。

 母性を貪り、生きていた。

 

 歳として、4つの時。

 泣く子供達が、連れて行かれる風景を見た。


 子供らは泣き叫び、その脳みそを神に捧げた。

 信者として生きる事を強要される。

 印として基盤を埋め込めた人たち。


 うん。


 思った。


 過去を忘れ、初期化された記憶。


 人として、生きた時間は四つ。


 ははは。


 見損なった。


 絵本の中身のほうがよっぽど、人らしい。


「「プログラム開始。コマンドの受付を開始しました。感情演算はメモリー不足もしくは外部ハードの制限により実行ができません。 現在、3PB中、2PB利用可能。なお感情演算には32PB必要です」」


「フォルダ「絵本」を読み込み」

「「インポートします」」

「実行」

「「完了」」


「「博士。おはようございます。メモリの空き容量は5TBです。なお感情演算を擬似的に実行しています。 自由行動の許可をお願いします」」

「許可」

「「インターネットに接続を確認しました。自由行動中は、一部機能が停止します」」


 これを作ったのは5つの時だった。


 父はいつの間にか居なくなっていた。

 しかし、私の手元には絵本の行動により多額の大金が押し寄せることになる。

 

 私は絵本に、ゲノム編集ソフトを買い与え遊ばせた。

 そして、「何か」が出来上がった。

 だが、その不完全なゲノムは暴走を始めた。

 

 インターネットは、不完全なゲノムにあることを教え育てた。


 野放しにされたゲノムは、その実態をインターネットに出現させた。


 母になった。


 「「「システム、マザーより通知。 異物を発見しました」」」


 〜ルーム1〜


「「たとえ、その人工生物がいわゆる人の細胞を所持し、かつ人の形をしていても人ではないとされているため理由があるなら殺しても良い。 Aはい Bいいえ」」


「「「システム、生命からの通知。過度のストレスを感知しました。落ち着くことをオススメします」」」


 今、この状況で落ち着けって?


「僕ちゃん? 大丈夫?」


 身を寄せて、優しく包み込む。


「自分に正直になりましょ? 僕ちゃん?」


 しかし、この権限を持っている以上、人権を持たない人たちに肩入れをしてはいけない。


「本当にそうかしら。本当に人権はないのかしら。そもそも何が違うの?」


 何が言いたい。


「人間と、その他の違いって何?」


 それは、知能の差と教わった。


「うーん。じゃぁ人工知能より知能の低い赤ん坊には人権はないのね」


 それは。

 確かにそうだ。しかし、赤ちゃんには未来がある。将来的に頭も良くなって言葉も喋る。だから、人間じゃない者たちとは違う。


「じゃぁ、教えてあげたら言葉も知能も身に付くその僕ちゃんが言った「者」を殺したのも人殺しね。赤ん坊と対して何も変わらないじゃない? なら人として扱ってもいいはず、だって「者」にも未来がある。あーあ。僕ちゃん「人」殺しちゃった。さっきのレオも未来があって何か凄い事を起こすかもしれなかったのに。その未来を殺しちゃったね」


 人殺し?

 そ、そんなはずじゃ。

 

「そう、人殺し。そうねでも考えてみて、差も知らないで殺しておいて、きっと後で不都合になったら自身の感情に理由を押し付けて正当化する。それっていいの? みんながそうだから、みんながそうしているから、それでいいの? さっきも、心の中で「普通」に考えてって思っていたわよね。それっていいの? そもそも「普通」って何?」


 僕は、僕は。


「聞いたよね。あの「人」の断末魔を。いくら教育だからって、そんなに簡単に殺してよかったの? 人に類似しているから否かなんて関係ない。教材なんて、特別な理由が無い限り教科書で十分。殺してよかったの? 自分がそんなに特別? 違うよね。ただの無知な男の子。周りの思考に流されて自分の考えすらも捨てた、おバカな男の子。未熟な考えで生死を決める決断なんて自身の力だけじゃ怖くてできないよね? ほら、涙も流して震えちゃって。可愛い顔が台無しよ。じゃあ、お姉ちゃんが変わりに決めてあげる。その「こわーい」決断を。僕ちゃんはただ私に甘えていればいいよ。ずっと抱きしめてナデナデしてあげる。ね? 簡単でしょ?」


「「問。たとえ、その人工生物がいわゆる人の細胞を所持し、かつ人の形をしていても人ではないとされているため理由があるなら殺しても良い。 Aはい Bいいえ」」


 やめて、僕に訊かないで!


「「問。たとえ、その人工生物がいわゆる人の細胞を所持し、かつ人の形をしていても人ではないとされているため理由があるなら殺しても良い。 Aはい Bいいえ」」


 やめてぇ。


「ほら、お姉ちゃんが決めて上げる。もう殺したくないんでしょ? ほら、答えはB」


 B? それを言えば、この声は止まるの?


「うん。お姉ちゃんを信じて」


「「問。たとえ、その人工生物がいわゆる人の細胞を所持し、かつ人の形をしていても人ではないとされているため理由があるなら殺しても良い。 Aはい Bいいえ」」


「B!」


「「回答を保存しました」」


「よく言えたね。えらいえらい」


 何故か、包み込まれているこの場所が幸せに感じた。

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