第2話 ボディーカラー

「ボディカラー」


 ワシはこれまで、汚れにくいとか汚れても目立たないとか、手入れが簡単とかなど、メインテナンスのことを優先してクルマのボディカラーを選んでいました。だからどうしても薄い単色系の色が主体でした。具体的には、白やシルバー系で、黒や濃い目の色は避けるようにしていました。またこれらの色は、どんな形状のボディにでも合うので、失敗がないということも大きなポイントでした。何せワシの住んでいるところは都会から大きく離れているので、ちょこっとどんな色なのか実物を見に行くわけにはいきません。基本的にカタログ販売、つまり通販なのです。

 ワシはあるとき、といっても平成8年の12月のことですが、発売されたばかりのZ34が欲しくてたまりませんでした。しかも青色の。なしてかというと、当時ワシはいい年こいて「湾岸ミッドナイト」という名作にはドハマりしていて、Zに乗るなら、次こそは絶対に青(本当はミッドナイトブルー)と決めていたからです。

 ワシは、実車が見たくて、家の近くのディーラーに行きましたが、やっぱりというか絶対に実車はあるわけがありませんので、仕方なくカタログを開いて、なじみのセールスさんと話をしていました。カタログを見る限り、今回のZの青(プレミアムルマンブルー)は、Z33の青(モンテレーブルー)に負けず劣らず素敵な色に見えましたので、欲しいのうと思いました。しかしネックはその値段で、今回のプレミアムルマンブルーという青は特別塗装になるために10万円も高くなるというのです。10万円。たかが色に10万円。白なら4万円。青と黄色は10万円。それでも青が欲しくて、ワシはすごく悩みました。

 そうしたらセールスさんが、ワシの苦悩を察してくれて

「出たばかりなので値引きは難しいのですが、塗装の10万円をサービスしましょうか。」

と言ってくれたのです。ワシは嬉しくて、例によってお金もないのにZ34を契約することにしました。

 それまで乗っていたZ33は、シルバーでした。何の迷いもなくこの色に決めて、それなりに満足して乗っていました。汚れんし、夏も熱くならんし、何よりも傷も目立たないので洗車機にさっと突っ込んで洗えるので手間いらずでした。それにZ33の未来的なスタイルにこのシルバーよく似合っていて、カッコいいなあと満足していました。

 ところが出会ってしまったのです。高速のPAで。青いZ33に。ちょっと濃い目の深い青でした。それが光の加減で海のように変化して、またフロントバンパー下部のオレンジ色の反射板ととてもよく似合っていて、ワシは「きれいじゃなあ」と思いました。ピカピカに磨き上げられた青いZ33に、というかその色に魅かれてしまったのでした。

 そんなこともあって、次のZは絶対に青と決めていました。さあ、どんなZが来るんかのう。楽しみじゃのう。ワシは毎日カタログを見ては、Z34とプレミアムルマンブルーという色を想像して、毎日待ち遠しくて、それが楽しくて、支払いのことなどすっかり忘れて、ウキウキ気分で過ごしておりました。

 Z34が入庫したという連絡があったのは、1月の下旬のことでした。ワシは仕事を早めに切り上げてさっそく日産に行きました。セールスさんに案内されて整備場に入りました。そのとき、たまたま青いR34GT-Rが整備中で、ワシはまずそのGT-Rに目を奪われて、それから視界の隅に、変な水色のクルマがあるのうと思いました。

 変な水色のクルマ・・・。よくよく見るとそれはZ34で、紛れもないワシの買った青い(はずの)Z34でした。

「ガーン。」

 ワシは、その色を見て、ショックで貧血を起こしそうになりました。カタログの色とまったく違う。カタログよりもっと明るいのっぺりとした青色でした。というよりは水色。まさしくプレミアムなルマン(行ったことないですが。)のスカッと晴れた空のような色でした。しかしワシの心はまったくスカッと晴れませんでした。全然違う。Z33の素敵な青とは似ても似つかぬ青色。これが10万円。10万円もしたのに。何かに似ている青。何かにそっくりな青。そうじゃ。この水色はポリバケツの色じゃ。ポリバケツにそっくりの色なんじゃあ。と呪文のように呟いていたのだと思います。

 ワシはショックを隠せずに、セールスさんが丁寧にあれこれ説明されることも上の空で、愕然としてZ34を見ていました。それは今でもくっきりと憶えています。


 でもZ34自体はとてもいいクルマでした。Z34はスポーツカーでした。エンジンをかけた直後の音は、アイドリングが落ち着くまでは、マフラーを交換してあるかのような爆音でした。ワシは久しぶりに気分が高揚するのを感じました。加速も、クイックな運動性も、路面に張り付いたままグイグイ曲がるところも、これまでのZとは一線を画すほどのスポーツカーでした。ワシは、このZ34がすっかり気に入ってしまい、色以外は満足して、あちこちに遠出しに行きました。メーカーが本気で作ったら、本当にすごいものができるということが分かりました。色以外は・・・(しつこい)。


 ワシは、クルマのボディーカラーは、自分の好きな色を選べばいいと思います。たまたまワシは、汚れたクルマに乗るのがキライなので、さっと洗えて手入れが簡単で、当たり外れの少ない白やシルバー系のクルマを選ぶことが多かったのですが、この件をきっかけに、なぜか怖いものなしになり(これ以上の外れはないじゃろうという)、自分の乗ってみたいと感じた色を躊躇なく選ぶようになりました。自分のクルマですもの。自分が何年か付き合う相棒ですもの。そうやって、服装を含めた生活感やライフスタイルが少しですが変わったように思います。これもプレミアムルマンブルーのZのおかげかな(泣)

 最後になりますが、ワシが今まで乗ってきたクルマで、一番好きな色は、Z11キューブのエアーブルーメタリックです。キューブにとてもよく似合っていたと思います。でもZにはまったく似合わない色ですよね。

 やっぱり実車を見てから買った方がいいと思いますよ。返品きかないし。

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