第3話 遠征─第一段階

 フォルセティ、右上方旋回。シルフィードが追撃。フォルセティの速度制御弁が半開へ。シルフィード、空戦フラップを展開し半径を縮める。

 シルフィード、フォルセティ後方に接近(アプローチ)、ロックオン。フォルセティ、上方旋回、シルフィードも続く。シルフィード、そのまま追撃し、ミサイル発射準備。

 フォルセティ、空戦フラップを展開。同時に、サイドスラスターで超急旋回。失神しかける。


 「スプルーアンス総司令官!!」


 大丈夫だ、という返信。

 後背にシルフィード八機、前方にシルフィード四機。ファーンは加速を続ける。前方のシルフィードが反航戦を挑んでくる。武器射出許可を桜蘭に下す。

 桜蘭、武器のうち四式空対空ミサイルを選択。反航戦を挑むシルフィードと正対する。桜蘭、シルフィードの両者の視線が交錯したとき、両者からAAMが放たれる。

 ファーン、サイドスラスター全開。同時に自動空戦フラップが開く。速度が大きく低下。片方のエンジンを逆噴射。超信地旋回。Gがあまりにも大きく、危うく肋骨が肺に辺りかける。

 敵AAM二発回避。しかし、愁の肉体的にもう一度同程度の旋回を行うのは不可能。


 シルフィード一機、AAM二発を受け沈黙、撃墜(シュート)。


 フォルセティ、シルフィードに対して大きな旋回半径で旋回、シルフィードが内側にまわりこんでフォルセティ後方に付く。フォルセティ、急降下。

 シルフィードがあとに続く。フォルセティ、そのまま海面すれすれまで急降下。シルフィードが途中で反転、上昇するフォルセティに対して背を取られる。


 シルフィード、右上方旋回。フォルセティのさらに背を取ろうとする。フォルセティ、AAM二発を発射。シルフィードの急降下により置いていかれるが、シルフィードがAAMに気を取られている隙に再び急降下。シルフィードの降下地点にAAM一発をうちこむ。

 シルフィード、AAM一発を受け尾翼を喪失、コントロールをうしなう。フォルセティのはなった二発のAAMが続いて命中、シルフィード沈黙、撃墜(シュート)。


 「あと60…」


 シルフィード、ファーンに狙いを定める。シルフィード10機とファーンの攻防戦。ファーン、超急降下。シルフィードは追跡せず上空で待ち構える。

 ファーン、国防軍艦隊へ向かう。国防軍艦隊、対空射撃を開始。ファーン、再び上昇。シルフィードはファーンを追跡しない。誤射を警戒していることは明らか。


 フォルセティ、シルフィードに対して後方からAAM四発を発射。シルフィードは回避するも、国防軍艦隊へと接近。あわててシルフィードが反転する。その横をフォルセティがすり抜ける。

 国防軍艦隊上空をファーンとフォルセティが通過。シルフィードは追跡できない。シルフィード、国防軍艦隊をさけるルートからファーンとフォルセティを挟撃しようとする。


 「こちらジェームズ・ロバート、味方戦闘機群到達。フォルセティ及びファーン1は直ちに現空域を離脱してください」

 「こちらファーン1、了解」

 「フォルセティ、了解」


 スプルーアンス議員のフォルセティが先行、愁のファーンが後方へ。後方ではし烈な航空戦が展開される。


 「それでスプルーアンス議員、先程の続きですが…」

 「情報レベルの話か」


 スプルーアンス議員は脳外端子から直接愁に語りかける。


 「先程も言ったが、情報レベルとは要は情報的に繋がっている物体に干渉するときの権能だ。簡単に直すと…」

 「要は、インターネット空間に接続されているあらゆるデバイスを自由に操作できる権限と能力、ということですか…」


 まさにその通りだ、と告げる。


 「この情報レベルというのは、脳外端子同士を接続する【レクセル】インターネットの情報的な差だ」

 「【レクセル】インターネット…」

 「そうか、聞いたことがないか。【レクセル】インターネットもインターネットの一種だ。とはいっても、一般的なネットワークとは情報的には独立している。

 この【レクセル】インターネット内の脳外端子同士の接続は一般的なネットワークと同じだが、管理しているのは【レクセル】という超大型演算装置だ」


 要は、脳外端子は実は普通のインターネットとは繋がっていないということだろう。だが、それは軍のインターネットもそうだし、政府のインターネットもそうだ。

 盗まれる可能性があってはならないインターネットは、中央サーバーと呼ばれるハブコンピューターによって普通のインターネットと接続されている。脳外端子間のインターネットもその一種であることはある意味常識だった。

 もっとも、名前があるとはしらなかったが。


 「この【レクセル】コンピューターというのは、軍や政治の中央サーバーとはけた違いの演算能力がある。その理由、というかそもそも【レクセル】コンピューターとは何か、どこにあるのかということすら知られていない」

 「え?」


 それはないだろう、と思う。

 中央サーバーの位置が不明ならば、脳外端子による通信速度差などによる計算によって導きだされるものはどうか、ということになる。


 「脳外端子の通信速度差で計算できる、と思ったのか?」

 「ええ、はい。その通りです」

 「実は、【レクセル】コンピューターを中央サーバーにしているインターネット空間は本来存在しない。というよりも、【レクセル】コンピューターはノンタイムラグで通信ができる」

 「? それは不可能では…」


 ノンタイムラグというのは、どのようなときにも存在し得ない。原子間の接触による運動量の変化も、接触と同時に起こるわけではない。ほぼ同時に起こりはすれども、完全に同時というのはあり得ない。


 「量子力学が絡んでいるらしい、ということしかわからなかった。すまない、今議員資格を剥奪された」

 「それは構いませんが…。もしも【レクセル】インターネットがそのような情報格差のあるインターネットならば、もしも僕らの軍人資格が失われた場合は…」

 「間違いなくアウトだ」


 即答だった。スプルーアンス総司令官が即答した以上、どう考えてもこのままでは艦隊の指揮権を奪われる。


 「ジャック、緊急だ!」

 「分かってる!そっちの話はすべて聞いていた!今新たに桜蘭と秋桜を中央サーバーとしたインターネット空間を作っている!権限なども移行しようとしているが、時間が足りない!!」

 「地方のサーバーを使えば…」

 「敵味方不明の島嶼部の政府のサーバーをもちいるのか? 危険すぎる。そもそもどれがどれの陣営かはっきりしないんだ。無理だ」


 脚下。だが、それでもジャックがどうにかしてくれるだろうと思うしかない。あと美紗もだが。


 「スプルーアンス総司令官、何とか【レクセル】コンピューターを奪えませんか?」

 「場所がわかればなんとかなるかもしれないが、無理だ。場所がわからない」


 ちっ、と言わざるを得なかった。状況はかなり逼迫していた。とはいえども、諦めるわけにはいかない。


 「スプルーアンス総司令官、じゃあ何とか時間稼ぎを…」

 「大丈夫だ。政府は午後六時までは手出ししてこれない。少なくとも、こちらの動きがまだ政府には完全には伝わっていない以上、私達は敵味方不明となる。

 政府としては、こちらの離反をできれば防ぎたいはずだ。だから…」

 「ジャック、ということだ。まにあうか」

 「それも計算に入れたが、どうしてもマンパワーが足りない。人の脳がいくらあっても足りないような状況だ」


 インターネットを自前で作るのだから、まあそうなるだろうということは想像がついていた。しかし、時間を稼ぐだけでいいのならば、手の打ち様はある。


 「スプルーアンス総司令官、ハワイ直轄艦隊の権限で、第四主力艦隊と第十三警備軍艦隊をハワイ直轄艦隊へ臨時編入してください。そして、その権限で命令再検討の準備をしてください」

 「? あ、ああ、なるほど、その手があったか!」


 スプルーアンス総司令官を議員として使っていたから忘れていた。スプルーアンス総司令官は前総司令官なので、ハワイ直轄艦隊を指揮下に納められる。

 つまり、直轄艦隊へと編入すれば、ある程度の自由は利く。そして、その自由を最大限駆使して、直轄艦隊は状況検討のために一日ほど時間が必要だと言えば、ある程度の時間は騙せるだろう。

 問題は、その稼げる時間だった。


 「ジャック、午後六時から何分必要だ!」

 「最低でも20分だ」


 20分となると、かなりギリギリだ。とはいえ、やらないよりははるかにましだ。スプルーアンス総司令官がそれを行う。

 だが、既に脅威は眼下にせまっていた。


 軍部のなかでも精鋭艦隊の一つ、五冠八将に冠せられずとも実力はたしか。そして、もっとも冷遇されてきた艦隊。

 第三主力艦隊司令官アルフリート・アップルジャックと喧嘩することでその存在を証明して見せた、総司令官の直轄にある艦隊。


 教育艦隊。


 既に、教育艦隊のエミリー・バンフリートは軍部の主流派についており、また軍部が言うことを唯一すぐに実行できる教育艦隊は、すでに第十三警備軍艦隊と第四主力艦隊をあいてにするべく、海上へと乗り出していた。

 そして、そのエミリー・バンフリートは、反ヨーロッパ系、つまりアジア系に与するハーフとして、自らの位置を示さんとしていた。

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レクセル─蒼海の魔女─ 五条風春 @gojou-kazahal

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