11月の蝕ーEclipse.

11月、渚からのメールは「今月は会えないかも?」で始まった。月に2回も会えば上等な付き合い方をしているので、1か月会えないぐらいはどうと言うことでもない。淋しくないと言えば嘘になるが、11月は出勤数を稼げると思えば紛らわせる「淋しさ」だ。時間も不規則になるので直電も難しいと言うのは少々納得がいかないが。


つまり、11月はメールでの連絡のみになると言うことらしい。メール1往復にどうかすれば1週間かかる僕らだ。それでも、最近はもう付き合いも「安定期」に入り、連絡が無い程度で切れる縁ではないと分かっていた。


早速だが、「分かった。何かあったら必ずメールしてね」と返信し、僕はカレンダーとにらめっこを開始した。工場での夜勤は十分な仮眠を取れるので、やろうと思えば警備員のアルバイトは毎日出来る。そんなことをすればかなり疲労が溜まるので、週に4回程度だった勤務数を5回に増やすことにした。日曜日は問答無用で出勤だ。日曜日の「現場」は、ほぼ確実に施設警備か駐車場と言う楽な現場なので、「日曜日にも出勤出来る扱いやすいアルバイト」と言う会社の評価を覆す気は無い。資格持ちで、講習を受けていると言うだけでかなりの高評価を頂いている。僕はその警備会社では評価の高いアルバイトなのだ。正規雇用の話が何かにつけて出てくるが、僕は返事を保留し続けている。工場の夜勤の方で正規雇用された方が有利になったことも理由になった。


カレンダーを見つつ、11月に入れるシフトを決める。とりあえず、渚が「休める可能性の高い木曜日」は休むことにした。通院日も木曜日が多いので好都合だ。あとは月曜日も休むことにした。渚は休日出勤が多く、代休が月曜日になるパターンが多い。全てが「渚中心」になるが、僕にはほかに「予定らしい予定が入る日が無い」のだ。工場の夜勤は付きに10日間と言う約束になっているので増やせない。増やす気も無いけれど。ただ、パートさん直属の役職が付いたので、多少の雑務が生じた。勤怠管理ほど面倒なモノは無いと思い知った。

 工場や金が10日間、警備員のアルバイトが20日間。あとはフリーランスで活動しているライターの仕事が3本ほどあった。11月は30万円ほど稼げそうだ。フリーライターの仕事は「割のいい話」だけを選んで受けていた。以前は「仕事があるなら何でもします」と言うスタンスだったが、単価の安い仕事を大量に受けるのはかなりのストレスであった。「囲み記事500文字で3千円」のために、取材や図書館通いも面倒だった。割のいい仕事とは「写真付き記事」のことで、幸い僕は自分で写真も撮れるので、ページ単価で2万円は貰えた。雑誌社が好景気の時は見開き記事の写真込みで6万円にはなった。そんな案件は年に数回だが。病院への返済と生活費で15万もあれば足りるようになったので、かなりの余裕が出来る。もちろん、この「余裕分」は12月の最大イベント「クリスマス」の予算だ。あとは病院への返済を増やす。貯金残高はいつでも10万円ほど。コレが僕の生活だった。貯金無しでは流石に心細い。また入院だなんて話になれば、10万円なんざ1か月で吹き飛ぶのだから・・・


ただひたすらに働いた11月。ほぼ毎日「何かしらの仕事」をしていた。出勤はもちろん、請けたコラムも書かなければならない。パソコンを買う前は手書きで原稿用紙を埋めていた。次にワープロで打ち込んでいた。パソコンが仕事道具になると、全てがパソコン1台で完結するようになった。原稿はもちろん、デジタル写真もインターネットで送れるのだから楽になったものだ。資料だけはまだ図書館に分があった。ネットにある資料は役に立たないこともあるが、そもそも「資料が無い」こともまだあった時代だ。


不思議なことに、メール返信に2日も3日もかかる渚が、11月の間だけはほぼリアルタイムで返信してきた。「会えない」ことの埋め合わせだろうか。ただ、やはり直電は無理らしい。声すら聴けないのは寂しいが、ソレは渚も同じようで。


「大丈夫?溜まってない?」とか送ってくる。もちろん性欲のことだろう。「大丈夫だよ」と返したりしていた。風俗だってあるし・・・とメールをしたらマッハで怒りを買うので控えた。もう行く気も無いのは当たりまえだ。12月に入ってまたデート出来たら、溜まった分を全て撃ち込んでやる構えだ。「浮気しちゃだめだよ」とメールが来れば、わざと焦らしたりしてみた。焦らした挙句、「し、してないよ?」と返したり。


「浮気したら相手の女を殺すからね?」

 怖い子である。つまり、浮気をした場合、僕は死ぬまで渚の尻に敷かれると言うことだ。ソレもいいかなと思った。

「女だとは限らないんだぜ?」と返信したら「馬鹿」と返ってきた。


仕事で忙殺と言うほどでは無いが、それなりに充実した生活をしていた。僕は特に用事が無ければメールすらしない。ただ11月は会えないから、4~5日に1回はメールを送っていた。「忙しい?」とか「疲れてない?」みたいな素っ気ないメールばかりだが、渚はすぐに返信してきたし、長いメールもあった。長いと言っても、僕と渚のメール文は5行を超えたら「長い方」だった。11月の終わりのメールはちょっと長かったし、数回は往復した。簡単に書けば「12月の1回目の火曜日に会う」と言う約束のためだ。普段なら「木曜日」を指定してくるのに珍しいなと思った。警備会社にシフトを出す前だったので、予定を空けることが出来た。もう渚は「絶対に火曜日に会うんだからねっ!」と言う勢いである。一応、翌日と夜勤も空けておいた。泊りも辞さない。一晩中セックスするのも悪くない。


 渚に会える日を待ちながら、僕はクリスマスプレゼントは何がいいか、悩み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る