第3話 運命の舵輪は廻る

 ミサイル群を放ってから約20分。

 ジョンストン環礁から200海里(約370キロ)の地点から放たれた最新型のミサイルである「シュワルツランツェン(独語:黒い槍の意)」長距離大型対艦誘導弾は、時速1010キロメートル。そろそろ目標地点に到達している頃だ。


 「国防軍第6艦隊より緊急電、翻訳して通信、“吾レ、敵艦隊「甲」ノ攻撃ヲ受ク。至急、援軍ヲ乞フ”、SOS三連です」

 「…ちっ、」


 愁としては舌打ちせざるを得ない状況だった。

 第6艦隊が通信封止を破ったことに、ではない。この際、こちらの位置を知らせてくれた上に、「救援を乞う」という通信は、如何にも本体であるかのような印象を与えることであろうから、第6艦隊からの通信はその点においては喜ばしい。

 だが、問題は第6艦隊がもっともジョンストン環礁に近接しているということだった。


 「仮に助けに行かなければ、第6艦隊は壊滅、ジョンストン環礁の状況を探る手段も、得られる情報も激減する、ということだな。それで愁分艦隊長、どうするおつもりで?」

 「…、やむを得ない。第6艦隊に通信、“本隊ニ余剰兵力無シ。貴方ノ戦域保持ヲ優先セヨ”」


 一瞬の逡巡の後に、そう決める。

 今から言っても、ほぼ間に合わない。愁単独ならば間に合うかもしれないが、少なくとも艦隊全体の指揮系統を保ちながら向かうことは無理だろう。

 さらに、それまで第6艦隊が耐えられるとはとてもではないが思えない。

 仮に敵艦隊「甲」(前回の偵察でジョンストン環礁にいた艦隊の符丁)の全体の攻撃を受けていたのならば、マンチェスターの法則を純粋に適用するのならば事実上100対1の戦闘を強いられることになる。

 速攻でやられることだろう。


 「戦域保持も無理でしょうな…」

 「今から助けに行っても間に合わない。仮に僕だけが最大戦速で向かったとしても、1時間は掛かる。50海里先行している第6艦隊がこちらに助けを求めてくる事自体が間違いだと思う」

 「ミサイルでも打ち込めば…」

 「この長距離で、しかも電波妨害込みで、精密な攻撃ができるとでも思っているの? 無理でしょ、どう考えても」

 

 そう回答するしかない。

 はっきり言って、今から行ってもほとんどの確率で間に合わないのだ。仮に間に合ったとしても、いくら「二冠の魔女」の異名を持つとは言っても、戦力差からして精々戦艦一、二隻の撃沈がギリギリだろう。


 「愁の「桜蘭」の最大戦速は…」

 「何度もいうけど、今から行っても間に合わないよ。速力50,6ノットが限界、さらにいうなら、これはサイドスラスターを後方指向してフルスロットルで吹かせた上に、機関に過負荷を掛けて対負荷用リミッターをすべて解除してようやく出せる速力」


 この最大速度は、愁が「魔女」の称号を保持することになった「レイテ沖海戦」で、全力で逃走したときの速度だった。

 この速度を出すことができる速度は5分もない。

 サイドスラスターの燃料が先に切れる。仮にサイドスラスターを上手く使って、さらに対負荷リミッターを全解除しても何のリスクもなく、またその速力を維持できるとしても、40,8ノットを維持できるにすぎない。


 「第6艦隊を見捨てるんですか?」


 戦艦隊四番艦「敷蘭」の艦長である水島深雪中佐はそう言って、愁の返す言葉を待つ。


 「…しかたないでしょ、そう思わない?」

 「そう言って、またあの時みたいに悔やむことになりませんか?」

 「…、わかってる、僕は、そんなこと、わかってる…。わかってるんだよ、だから…」


 愁は、このあとに続ける言葉を思いつかなかった。


 「深雪、そこまでにしておけ」

 「でも…」


 惣中佐はそう言って、深雪の口を閉じさせた。


 「…、なあ、魔女様よ…、あんた、味方を見捨てたこと…」

 「僕が見捨てたこと、無いとでも思っているの?」


 愁はそう言う。そして、海を見た。

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