第2話 魔女の休暇

 「一つ聞いておこう」


 鳴瀬が愁に確認を取る。


 「あくまでも、国立「メビウス」研究所は非公式組織なはずだ。それに対して、国家が直接技術提供を呼びかけ、あまつさえそれの資料の引取を僕と愁の二人に任せる、とは中々に不可解だが」

 「なんのことはない」


 それに対しての回答は、とっくに聞いていた。もちろん、太平洋統合政府軍本部からではあるが。


 「太平洋統合政府の統治領域内に合法的に入れるのが鳴瀬と皇女殿下しかおられないからだ。怪しまれないためにも、それと親しいものが受け取るのが…」

 「なるほど、あくまでも「軍本部」からの要請ではあるが、「合法」的手段によらないものだと」

 「理解が早くて助かる。もっとも、こうなった理由も僕はまだわかっていないが」


 太平洋統合政府は、あくまでも国連が代行政府として超主権的な政権としての統治権を支配国家群に行使しているだけに過ぎない。したがって、その配下にある各国家の代表による多数決によってその決定を行う。

 少なくとも、各国家が主権単位としてこのような研究を表立っては行いたくないであろうことは想像がつく。国連によって、そのような「メビウス」の研究は超国家的組織によって行うと定められているからだ。


 国連の2081年度第324号決議、別名「メビウス研究決議」によるものだ。


 超国家間においては別項によってこのような決議を定めるとされているが、あいにくこのような決議は「アジア・東洋艦隊による太平洋地域の臨時統治機構」と「国連による太平洋地域の超主権的統治機構」間における第103項決議を除き定められていない。


 「どうして国連メビウス調査会が働いていないのかがそもそも不明だ」

 「国連だからだろう」


 ごく真っ当な答えを返され、返答に窮する愁。


 「そもそも、一時期ならともかく、もはや国連は不要だろう。しかも、意味不明なアジア地域に対する侵攻、核兵器による虐殺行為…、数えれば、国連の犯した罪科はきりがない。

 こんな国連に、もうアジア系の技術者は絶望しているんだろうよ。だから、メビウスを国立で研究しようなんていうことが起きるんだ」


 その主張に頷かざるを得ない愁だった。


 ─メビウス戦争から20年近く経過した頃、国連という組織が終わりを迎え始めた。というよりも、腐り始めたというのが近いだろう。

 始まりは、簡潔に言えば、アジアとヨーロッパの憎悪だった。

 ヨーロッパでは、メビウスの攻撃に対して有効な防御を取れなかった。各国家による個別の抵抗に終始し、ヨーロッパが連合してメビウスと戦えたのは、精々5年歩かないかだった。

 その間に、欧州はメビウスによる虐殺によってかなりの人々が死亡するに至った。


 それに対して、アジアではかなり頑強な抵抗をすることができていた。

 中国という超大国を中心に、旧先進国(この頃にはすでに先進国ではなくなっていた)日本、韓国などがまとまった軍事力を提供し、それを東南アジアが支援するということが円滑にできていた。

 中国による東南アジアへの投資が、このようにしていたのだ。

 これに似たのに南北アメリカがあるが、こちらもそれなりに上手く行っていたらしい。


 こうなると、ヨーロッパの連合政府は国民による痛烈な批判に合わざるを得ない。それを紛らわすために取ったのが、「アジア人はメビウスを作り出した。アジア人はヨーロッパ人を殲滅するためにこのような虐殺を企画し、それを実行した」というひどいデマだった。

 普通ならば、余裕がある状況ならば、ヨーロッパ人もこんなデマに騙されることはなかっただろう。だが、残念なことに状況はひどかった。


 さらに、この頃、ヨーロッパが次々に脱先進国化し中国やインドなどの新興先進国のアジア系国家に国連の主体を握られつつあった。このような落ち目のヨーロッパは、アジア人憎悪に拍車をかけた。


 こうして起こったのが、ヨーロッパ人による太平洋地域侵攻だった。


 このあとは、想像に絶する災禍が太平洋地域の国家群に襲いかかったという一言で片付けることができる。

 ヨーロッパ人は核攻撃すら行い、アジア系の国家群を壊滅に追い込んでいった。もはや生き残っているのは、シンガポールを中心とした東南アジアの十三都市誓約同盟を中心とする「アジア・東洋艦隊による太平洋地域の臨時統治機構」だけだった。


 そして、その皇女が笹宮皇女殿下その人であった。

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