34.決闘開始
「決闘開始!」
その合図と共にクローバー先生はボールから出した飛行系のモンスターの背に乗り空に飛び立った。
対峙する僕とカタクリ。
試合開始前にすでに全てのモンスターを出している僕とは違い、カタクリは緩慢な動作で自身のモンスターを出した。
二体のムキムキの巨人に、丸いボールの上を乗りながら出てきた二体のピエロ。カタクリの頭と肩には二足歩行のネズミと規格外の大きさをしたキツツキが乗っていた。
そしてカタクリのことを守るように散開する骸骨の騎士たち。
「作戦通りだ、《ウッドペッカー》、《パラサイトラット》。」
カタクリがそう言った直後、肩に乗っていた二足歩行のネズミ、《パラサイトラット》は、その体がぶれたと思えば、何体にも分身をし一匹は規格外のサイズのキツツキ《ウッドペッカー》の背に乗り、空へと飛び立った。
あぁ、なるほど。なかなかいい作戦だ。
きっと、審判のクローバー先生と僕が同じ感想を抱いていると、飛び立った二体以外のカタクリのモンスターが不自然に震える。
何が起こったのかは簡単だ。
《パラサイトラット》は名前の通りに寄生をするネズミのことだ。寄生をして意のままに操ることが出来るその能力は脅威だ。
分身をいくら倒したところで解決にはならず、本体を倒すことだけで寄生から解放できるが、肝心の本体が空へと逃げてしまえば、飛行系のモンスターを持ってきていない僕は《パラサイトラット》の本体には手出しをすることが出来なくなったわけだ。
「飛行系を持ってこないとか、お前舐めてんのか?」
カタクリがそう言うと同時に、二体の巨人が両手を組み、地面にたたきつける。
その巨体にしては地面にはダメージはないようだが、同時に辺り周辺の地面には無数の穴が出来た。
……そう。ちょうどさっきみた二足歩行のネズミが出入りできるほどの穴が。
「……《デルモル》には僕の護衛ではなく、地面の中から出てくる《パラサイトラット》の対処を頼むよ。」
指示を聞いた《デルモル》地面のに潜り始めた。
あの巨人の正体は《クラフトフェイク》。
あの巨体で相手を威嚇する臆病な魔物だ。それでも向かってくる者がいれば、[土魔法]で地形操作をして逃げていく徹底ぶり。
ムキムキの筋肉も見せかけであり、本来ならテイムされた主人に命令されても、敵に攻撃する度胸がないモンスターだが……今は《パラサイトラット》に操られているんだろう。
地面に辺り構わず穴を作る行為は本来なら意味はないが、沢山いる《パラサイトラット》の分身が利用する通り道になりえる。
ヴォルフやルーヴではなく、《デルモル》が対応した理由は、あくまでヴォルフやルーヴは戦闘能力が高いのであって、何でもできるわけではない。
例えばヴォルフやルーブが対応した場合、地面から出てきたところを攻撃して倒すといったステータス差でのゴリ押しのもぐらたたきしか方法はない。
しかもその上でうち漏らしは当然出てくるだろう。
僕の手持ちで対応できるのは[土魔法]と[気配察知]を持っている《デルモル》のみ。
僕の『知識』では《パラサイトラット》自体の戦闘力は低いため、《デルモル》一体でも十分に対応可能なはずだ。
これで敵の攻めに対応出来た。
そのような思考は一瞬
僕は試合開始の合図から溜めていた魔法を放った。
「爆破!」
僕がそう叫んだ瞬間に辺りの地面に”衝撃”の付与された魔力が解放され、土煙で視界が遮られる。
少し待って僕が風魔法で視界を晴らした時には僕の近くには虎徹しかいない。他の僕のモンスター達は全て姿を消していた。
1歩も動かず僕の方を観察していたカタクリは何を思考したのか、僕のモンスター達が潜んでいる森を一通り見渡したあとに指示を出した。
「クラフトフェイクは木を遠ざけろ、ウッドペッカーはあの平民を狙え」
その言葉に呼応してボディビルダーのような巨人が地面を一心不乱に叩き、魔法で土を使って近くに存在する木を強引に遠くへ運んでいく。
空を見上げるとそこには嘴が長い特徴的なシルエットの鳥が真上を旋回していて、そこから降ってくるのは大量のネズミ。
パラシュート無しの自殺上等ダイブを行うネズミの大群を目の前にして、僕は迎え撃つわけでもなくただひたすらに逃げた。
「あれ無限に湧いてくるタイプだし、撃ち漏らしたら寄生される可能性あるとか地獄すぎるでしょ!」
森の中を右に左に走り続けるが、相手は空からネズミの軍を撒き散らし続け、そのネズミを操作している大元が鳥の背中に載っているので、撒き散らしたネズミから僕の居場所はバレている。当然、身を隠すことなんて出来ず、延々と空から降ってくるネズミの対処をするしかない。
ちなみに、《パラサイトラット》の能力対象はモンスターのみならず僕たち人にも寄生は出来る。寄生の条件というのが、その生物の素肌に触れること。触れられたら即終了ではなく、その後に抵抗したりも出来るが…残念ながら僕はそんな手段は用意していない。
つまり、僕の場合はこのネズミの大群に1度でも触れられれば即座にこの決闘で負ける。
「このゲームって即死ゲーじゃなかったと思うけどな!?!」
空から降るネズミを[風魔法]で僕に落ちないように散らしながら逃げる。
逃げながらも様子を窺うと、カタクリは余裕綽々とした様子で『クラフトフェイク』が作った即席の土の丘の上で胡坐をかいていた。
もう何もしなくてもいつかは勝てると確信していることを態度で表しているその様子はとても腹が立つ。
……むかつく!!
予定では僕がこうやって何体かを引き付けているうちに合図でヴォルフたちがカタクリ本人を急襲してそれで終わりの予定だった。あの人を馬鹿にする道化の様な態度が気に食わない。
あのふざけた態度をしているカタクリにスカッと気持ちよく勝つためにはどうすればいいだろう。
……ああ、いいことを思いついた。
――従魔たちを戦闘に参加させずに僕だけで勝ってやろう
★☆★☆★☆★☆★
Side:???
森の中で小柄な少年が空から降り注ぐ大量のネズミを相手に必死に逃げ回っている。
その様子を見ているのは審判であるクローバー先生に加えて、カタクリが呼び出した貴族の子息子女、アリスとアリシアの代わりにドーチェさんが来ている。
カタクリが呼び出した貴族の集団は、平民が逃げ回る様子を見て盛り上がっていた。
「逃げ回るだけじゃ面白くねぇぞ!」
「従魔に逃げられてやんの、だっさ」
野次を飛ばす貴族集団のさらに後ろにその人物は居た。
「アリシアさん、今回の騒動にはどう言った意図があると思う?」
その問いを発したのは金色の短髪をした少女と思えるような美しい少年だった。
その人物が顔に浮べるのは慈愛や余裕といった微笑みであり、アリシアから見てその顔は幼少期から外れない外面を覆う仮面のような表情だった。
「そうですね……今回は裏はともかく表の意図としては単純なものだと思いますよ?」
アリシアはテイムした従魔と思われる獣の上に座って、片方の脚を遊ばせながらそう答えた。
「そっちは傍から見てとてもわかりやすいだろう? 私が聞いてるのはそちらではないよ。」
「それこそ私としては分かりやすいですよ?」
「それは君が既に情報を掴んでいるということで良いのかな?」
笑顔で相対するアリシアと微笑みを一切崩さない少年。
公爵位の娘であるアリシアに対して、対等に物申すその様子から少年の位の高さが窺い知れる。
「いいえ、私はなにも知りませんよ」
「そうか、ではまたどうして?」
少年が焦れたように目を細めるのを確認し、満足したようにアリシアは言った。
「本人に聞けばいいではないですか」
呆気にとられたのか、それとも呆れたのか数秒動作を止めた少年がまた言葉を発した。
「それはまた異なことを言う。それではまるで私が重大な犯罪者を見逃すことを推奨しているみたいじゃないか。」
間髪入れずにアリシアが返した。
「犯罪者の中でも他の犯罪の重要参考人となる人物は生かしたまま投獄することもあるでしょう? それと変わりませんよ。」
「……君はどちらかと言うとこちら側だと思っていたがいつから世のため人のために動くようになったんだい?」
「ふふふ、私はいつも国のために動いてますよ。でも、今回は被害者がそのような提案をしてきたので代弁しているだけです。……何より最後に決めるのは貴方なんですから。」
「ふん、いつからそんな小汚い大人のような手法を使うようになったんだか。それにしても被害者か……ああ、そういえば平民を1人匿っているそうだね。それが原因で侯爵同士の代理戦争が始まったようだが。」
「そんな事言わないでください。元はと言えばただの子供の喧嘩に大の大人が割って入ってくるなんて思いませんでしたよ。」
「それもそうか」
色気のないその返答を最後に、話すことはなくなったのか少年はアリシアに目を向けることは無かった。
決闘を眺める少年を他所にアリシアは今回の騒動を振り返る。
(お父様の指示で目をかけていた方がいきなり襲撃されたと聞いて少し心配でしたが……)
アリシアは前日にリンから見せて貰ったモンスターの能力を思い出した。
(私が声をかけるまでもなく事態は収束していたと思いますが、本人は恩義を感じているようですし、とても良い拾い物をしたようですね。)
そう思いつつ、決闘に意識を向けるとそこには1人でカタクリのモンスターに突撃するリンの姿があった。
スライムは最弱? 僕は魔法の一つも使えない能無し? ならスライムをテイムすればいいじゃないか 粋狂 @kou-sui
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