6

……まさか本当に決めてくるとは。

朔楽のアピールのおかげか、ただ単に運が良かっただけかはわからないけれど、CDジャケットのイラストの担当は私に決まった。決まってしまった。

念願だった初めての絵の仕事だ。

正式に依頼内容が書かれたメールや契約書を見ても、緊張よりも未だにどこか夢見心地というか、信じられない気持ちの方が大きい。

それでもモノクロの下書きに色を塗っていく度、絵の景色が完成に近付いていくほどに、これは現実なんだと実感も湧いてきた。

そして何より絵に触れられる事が嬉しかった。


私を引き上げてくれた朔楽も、最近毎日忙しくしているようだ。

朝早くに出掛けて行ったり、夜遅くに帰ってくるところを時折見掛ける。

それでもふとした時に、変わらず楽しそうな朔楽の歌が聞こえてくるから、元気ではいるらしい。


今回の事をきっかけにまた前を向けるようになった私は、小さな事からでも積み重ねていけたらと、パソコンが得意な友人に協力してもらい、絵の依頼を受け付ける仕事用のホームページを作成する事にした。

ギャラリーページには、今までに描いた数々の絵を載せてある。朔楽のCDがリリースされたら、この絵もそこに載せるつもりだ。

ちょっと前までの日々が嘘みたいに、今は毎日が充実している。


〈歌音!外見て!〉


スマホが光って、朔楽からのメッセージの着信を知らせた。

窓を開けると爽やかな風が吹き込む。

家の前の道路には、ギターケースを背負った朔楽が大きく手を振りながら立っていた。私に気付くとケースから何かを取り出し高く掲げる。


〈ついにCD完成した!出来立てほやほやの貰ってきたから見に来ない?〉


続いて届いたメッセージを見たのと同時に私は駆け出していた。

勢いよく玄関のドアを開けると、満面の笑みの朔楽がCDを差し出した。

本当に出来たんだ。夢だったものが形になってちゃんと今ここにある。

朔楽の歌が、私の絵が、これからいろんな人に届いてくれたらいい。


俺、これからもっと頑張るよ。そしていつか、ドームの全国ツアーを回れるようなアーティストになる!


朔楽が真っ直ぐに宣言する。


「私も負けないよ。もう立ち止まらないって決めたから。そのうち絵だけで食べていけるようにしてやるんだからね!」


お互いに前よりも大きな目標を掲げて。

ジャンルは違っても、進んだ先でまた今みたいに交差したらいいなと思う。




私が作ったホームページに絵の依頼が入ってくるのは、まだもう少しだけ未来さきの話。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音のない世界で、君の歌だけが聴こえる。 柚城佳歩 @kahon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ