第30話

 丁度、母さんが階下から電話を終えて、戻って来た。

「あら、リンゴ一つじゃ足りないわよね。お弁当食べな。今、お茶を買ってくるわね」

「母さん。ぼくの傷や血は酷かった?」

 母さんは真っ青な顔になって、それから不思議そうな声色になった。

「ええ。村田先生も驚いていたわ。血が急に止まったって、今は村田先生はその後に診察室に一人閉じこもっているの」


 何かある!


 きっと、これから必要になってくる知識のはずだ。

「母さん。頼みがあるんだ。隣の村田先生に聞いてきて、傷の様子が可笑しいんだ」

「まあ!」

 ぼくは咄嗟に嘘をついた。

 母さんは青い顔で村田先生がいる診察室へと走って行った。

 しばらくすると、ぼくは慎重に起き出して病室を出て、母さんに気付かれないように後を追った。


 点滴を押して薄暗い廊下を音を立てずに歩くと、階段があった。昔の記憶が正しければここは二階建で、診察室は一階にあるんだ。

 真っ暗な階下で母さんが診察室のドアを控えめにノックし、返事を待っていたところだった。ぼくは階段から屈んで聞き耳を立てた。

 村田先生が顔を出した。

「歩君の傷のことだね。中へ入って」

 神妙な面持ちの白髪の村田先生と母さんが診察室へと入ると、ぼくは古く薬品の匂いのする木製の階段の隙間で固唾を飲んだ。

 少し戸惑いの声が村田先生の口から出ていた。

「歩君の体。正確には傷から。高濃度の農薬とオニワライダケの成分が検出されている。さっぱり解らないが、前にもこんなことがあったんだ。隣……でね。その農薬は……。というより、今でも毒性が認められているオニワライダケにはまだ明らかになっていない成分が……。その成分と高濃度の農薬の影響かは解らないが、歩君の体内は今は仮死状態になっている……。何故か動けるんだがね……。」

 中々聞き取れない。


 ぼくは点滴を持って一階へ行こうかと思ったが、母さんの不安な声と鳴き声が同時に聞こえた。

「まあ! 歩はどうなるんですか?」

「現状では隣町の総合病院へ入院した方がいい。農薬には精神面への影響もあるし、毒性の強いオニワライダケの方も心配だ。私が推薦状をだすから。さあ、奥さん。今は何とも言えないけど、これから健康になる可能性を否定したら。我々は何もできないんだ。今日はもう遅いから明日歩君とゆっくり今後の相談をした方がいい」

 母さんのすすり泣く声が診察室のドアから漏れ出した。

 ぼくは閃いた。

 農薬だったんだ!

 裏の畑で大根が辛くなったのは!

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