第45話「最高位階指定第九位」

 「パライソが……? どういう事です、サラ?」


 サラとレイとロメリア、3人と比べ、ただ一人状況が理解できていないナナ。しかしその指先はおぼつかず、声は小さく震えている。

怯えているのだ。


 「……今回の強襲、あの人達の目的はパライソを殺すことなんだよ」


 「殺す……」


 レイが顔をしかめて低い声を上げる。

想定していたよりまずい事態だ。降格魔術さえ解ければ事態は好転すると考えていたが、このままでは解く前にパライソが殺されてしまうかもしれない。

そう思ってレイはサラに問いかける。


 「……時間は?」


 「10……いや、7分くらい。それまでに魔力核呪殺結界式を解けば────ロメリア?」


 サラがロメリアの異常に気付く。

黙って話を聞いていたロメリアが、いつの間にか上空を見上げていた。正確にはさきほどの赤い光が放たれた地点、その上空を凝視しているのだ。

珍しく冷や汗をかいており、睨みつけているようにも見える。


 「どうしたの、ロメリア?」


 「……なにか、入ってきます」


 「!」


 サラはロメリアにつられ、自らも勢いよく上空を見上げる。

目に映るのは数機の爆撃機、漆黒の闇。

そして、ひびの入ったノエルの広域結界。


 「結界が……!」


 割れる。

爆撃機の侵入を許した時のように、結界が砕け散る。


現れたのは顔だった。

蛇のような、竜のような、黒い瞳を光らせる顔。 


 「……へ、蛇です?」


 「蛇……」


 違う。

緑色の鱗はまさに蛇のようだが、造形が蛇のそれとは異なっている。少なくともレイが知っている蛇にあのようなものはいない。頭部のみで10メートルを超えており、蛇にしろ竜にしろ、全身は果てしなく巨体であると想像できる。

そして予想通り、それはただの蛇ではなかった。

割れた結界の隙間から、が出現する。


 「竜の群れ、か? 何体いるんだ?」


 「いや、一体だ」


 困惑するレイを遮って、サラが小さく呟く。

頭は次々と結界内に侵入し、長い首をくねらせて徐々に地面へ近づいてきた。100メートル近い首がすべて侵入しきると、その奥にあった胴と思しき部位が顔を出す。


 「なっ……繋がってる……!?」


 サラの言うとおりだった。

その巨体が結界内に完全に入りきる。

複数の蛇は一つの胴体から生えていた。やはり蛇ではなく竜の類だったようだ。竜とはいっても翼は生えておらず、大量の首に対して尻尾は一本しか生えていない。

一つの胴に、数十の頭。

全長300メートルを超える怪物。


 「でか……」


 ナナはその巨体を凝視しながら、先ほどアルスが言っていたことを思い出す。神聖魔力でノエルを治療していた時のことだ。

『今空が夜みたいに暗いのって、結界の外を見えなくするためだと思うんです』

暗い夜空を見上げ、アルスはそう語っていた。


 「アレを隠すため、ってことなのですか……」


 「さ、サラ、アレはいったい……?」


 レイも驚愕をあらわにして、サラに情報を求める。

サラはたいていの生物の情報を記憶している。事実、このルーベル平原で出会った生き物たちのなかで、サラが知らないものは一種類もいなかった。

そもそも、サラは一般に公表されている生物のすべてを記憶している。


 「──分からない」


 「……え?」


 「本でも見たことないよ、あんなの」


 サラの発言に、レイは体を硬直させる。

サラは目の前の怪物を凝視して、レイと同じように固まっていた。

サラが知らないということは。

新種、もしくは一般に公表されていない生物ということで──


 「サラさん、あの」


 「……ロメリア?」


 固まっているサラに対し、ロメリアがおどおどと、しかし緊張感のある声で話しかける。


 「わ、私、アレ知ってます……パライソから、聞いたんですけど」


 「え……アレを?」


 「は、はい」


 ロメリアは頷いて、蠢きながらゆっくりと降下している怪物を見上げる。

そしてゆっくりと、その正体を告げた。


 「7年前にパライソと戦った、第八位階の魔物……簡単に言うと、アレはです……」


 「────」


 「赤い結界は簒奪魔法を封印するためのもの……たぶんあの人たちはあの魔獣を使って、パライソを殺すつもりなんです……!」





 「千首竜、だと……? なぜこんな所に……」


 上空を見上げ、驚愕をあらわにするアラスター。多頭の怪物はゆっくりと降下し、徐々にこちらへ近づいてくる。


 「私だけでは心許ないので、アレの力を借りることにしました。5分以内にアレを何とかできますか? アラスター」


 「お前……アレを保管していたのか……」


 アラスターは険しい表情で多頭の怪物を睨みつける。パライソを殺害しようとしているようで、数十の頭のうちいくつかが咆哮していた。

アカと怪物、両方を探りながら、アラスターは焦る頭を回す。

(私だけでは抑えられない……降格魔術を解きさえすれば、すべて解決するのだが……)

いまだ状況は好転しない。

降格魔術が解ける気配もない。

(……ん?)

アラスターはレイたちがいる方向を見据える。

距離約500メートル。

対して多頭の怪物は全長300メートル。

(……いけるか)


 「……アラスター、どうしました? 動かないのですか?」


 アカが疑問を投げかけてくる。煽っているように聞こえるが、本人にそんなつもりは毛頭ないだろう。


 「お前はこれで勝った気でいるのかもしれんが、そうはいかんぞ」


 「ほう?」


 強気で返すアラスターに、アカは首をかしげる。

アカからすれば、もはやパライソを救うすべなどないと確信しているはずだ。


 「何度でも言うが、私は一人ではない」


 手のひらを合わせて魔術式を組み、魔力を込めながら力強く言い放つ。


 「アレは私だけでは止められない。だから力を合わせる必要がある」


 「──!」


 パライソが一歩後ずさる。

アラスターの背後に、小さな二人の影が現れた。


銀色の髪をなびかせる、二人の少年少女。


 「あの怪物は降格魔術で生命力が下がっている。二人なら何とかなるはずだ。任せたぞ、アルス、ロメリア」


 「はい!」


 「は、はいっ」


 「いつの間に……」


 突如として現れたアルスとロメリアに、アカがわずかに焦りの色を見せる。

多頭の怪物とアカ。アラスターにアルスとロメリア。

ルーベル強襲事件、最後の戦いが幕を上げる。

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魔法使いになりたい! 星月ヨル @tukagi

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