第10話「出発」

 「アラスター」


 「どうした、レイ」


 ドアを開け、声をかけると彼は振り返った。

時刻は23時。レイはサラとナナが眠った後、アラスターの自室へ訪れた。

慌ただしい様子のアラスター。荷物をまとめているらしく、机の上には何冊かの分厚い本が並んでいる。それらを眺めた後、彼の方を見てレイは言った。


 「聞きたいことがあって」


 「そうか。まあそこに座れ」


 言われた通り机の横にある椅子に座る。アラスター用の椅子なのか、レイには少し大きい。

アラスターはこちらを見もせずに立ったまま続ける。


 「それで、何用かな?」


 「魔法使いの事だよ」


 それを聞いてアラスターは振り返る。

不敵に笑ってなどいなかったが、逆に沈んでいる様子もない。


 「魔法使いの技術や権力が必要だなんて言っていたけど、今更そんなもの役に立たない」


 「……そうだな。必要なのは戦力だ」


 アラスターの言葉にレイは眉をひそめる。

やはり予想は間違ってなかった。


 「戦争を止めるのが目的なんだろう?」


 「ああ。つまり我々が始めるのは、戦争を止める戦争」


 「それに魔法使いを参加させる、ということ?」


 「そうだ」


 それらを聞いたレイの心は沈んでいた。

戦争はもう散々だ。そう思ったからこの作戦に参加したというのに、また戦争になるという。

何度戦えば良いのか。

何より、サラを巻き込みたくはない。

 

 「他に止める手段は無いの?」

 

 「


 やけにはっきりと話すアラスターに言葉が詰まる。どうやら開き直っているようだ。

 

 「あのふざけた宗教には、こちらの話を聞く気が無い。話ができないならぶつかるだけだ」


 争い以外に道がないのはレイも知っていた。

それでも、それを認めたくなかった。


 「大勢死ぬよ」


 「ああ」


 「この道が正しいとは限らない」


 「ああ」


 「それでもやるの」


 「ああ、やるんだ。他に道はないのだから」


 「……そう。なら、仕方ないね」


 レイは引き下がる。それしかないのだから仕方ない。


 (そう、仕方ない。仕方ないんだ)


 そう、自分に言い聞かせて。


 



 「ルーベル平原?」


 教会の一室にて、机に広げられた地図をのぞき込むサラ。肩にはナナが浮きながらくっついている。レイは机の反対側から、アラスターと共に地図を見下ろしていた。

地図にはローグ街付近の地形が描かれており、周辺の街や山などの名称も記載されている。

ローグ街から数十キロ離れているその平原を、サラは聞いたことがあった。

地図を見下ろしたままアラスターが問う。


 「行ったことがある者はいないな?」


 「ないです。でも、こんな所にいるのです?」


 「もっと森とか、暗いところにいそうだよね」


 「ね」


 意気投合するサラとナナを置いて、アラスターは話を進める。


 「ともかく、最初はここだ」


 そう言ってアラスターは地図上のルーベル平原を指さす。

サラは目を輝かせて地図を見つめる。


 「『略奪』の魔法使いはここにいる」


 「略、奪……!」


 アラスターの言葉を酔いしれるように繰り返すサラ。もちろんサラはその名を知っている。

サラとは正反対で、ナナは不思議そうに首をかしげていた。


 「略奪の……? なんです、それ」


 「ええ、ナナ知らないの!? ええ!?」


 「え……」


 驚愕するサラに困惑するナナ。ナナはさほど魔法に興味が無いので、これははよく見る光景だ。

まあまあ、とサラを抑えながらレイが説明する。


 「魔法使いはみんな、なんとかの魔法使い、みたいな感じで二つ名があるんだ」


 それを聞いたナナの表情がさらに困惑する。


 「ええ……それってなんだか中二病みたいな」


 「ね! かっこいいよね、二つ名!」


 ナナが言い切ってしまう前にサラが飛びついてくる。

その目はキラキラと輝いていて、ナナはそれを否定することが出来ない。


 「そ、そうですね、かっこいいのです……」


 「だよねー!」


 サラに話を合わせるナナ。さすがに「ダサい」とは言えなかった。

幸せそうなサラから目を離し、無理矢理話を変えるためアラスターに助けを求める。


 「そ、それで、そのルーベル平原にみんなで行くのです?」


 「ああ、最初だからな。とりあえずついてきてくれ」


 「もちろんついてくよ! わあ、何着ていこう。あ、何か持っていた方がいいかな、えっと」


 「遠足かよ」


 アラスターのツッコミも今のサラには届いていないようだった。それこそ遠足前にはしゃぐ子供のようだ。

 そんなサラを見て少し微笑みながらレイが話す。


 「それで、今日出発するんだよね?」


 「ああ、なるべく早いほうがいい」


 「じゃあ色々準備してくるのです」


 「あ、私も私もー!」


 そう言ってサラとナナは部屋から出て行った。

レイは前日のうちに準備をあらかた終わらせておいたのでそのままそこに残っていた。

すると、アラスターがぽつりと話し出す。


 「嬉しそうだな」


 「まあ、憧れの魔法使いに会えるんだから、嬉しいだろうねえ」


 「いや、サラではなくお前のことだ」


 「え?」


 アラスターの発言にレイは戸惑う。


 「あそこまでサラがはしゃぐのは久しぶりだろう」


 「ああ、そういうこと」


 つまり嬉しそうなサラを見ているレイが、嬉しそうに見えたのだろう。

これからのことを考えると不安は尽きない。

でも今は。


 「きっと、大丈夫だよね」


 レイのつぶやきに、アラスターは答えない。

レイは目をつむって祈る。


まだ、まだ終われない。

もう少し、待ってくれ。





 「よーし、準備はいい?」


 サラが声をかけて、レイとナナが笑顔で頷く。

後ろにはアラスターが不敵に笑っている。


 「あれ、ご飯とか服とか、どうするのです?」


 「私が持って行くから問題ない」


 「さすが先生」


 持って行くというかんだろうな、と考えながらレイが賞賛する。

とにかく、準備は整った。


 「じゃあ、出発だ!」


 「「おおー!」」


 二人の返事が青空に響く。

希望の旅が、あるいは絶望の争いが。

今、始まる。

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