中 ── 俺たちは壁に突き当たった。



 俺たち4人はベックルズの〝読み〟に押し黙ることとなった。

 なるほど。この〝トロイの木馬〟は、確かにデバイス側をにいっている。

 そんなものが仕込まれている理由は、やはりネットワークから確実に切り離しておきたいからだ、と言われれば、そう思えてきた。……そして、通常、ネットワークの管理者はMA監視機構のAIである。


 たしかに〝ヤバい〟代物なのかも知れない。もうこれ以上、このメモリースティックについては詮索しない方がいい……。


 そんなふうに思うのが尋常だったろう。

 だが、俺はベックルズを見て言っていた。



「十分な大きさのサンドボックスが用意できれば、中を見れるのかな?」


 あの男は、確かに俺の顔を見てメモリースティックを取り出した。

 そのときの男の目が、どうにも気になっていた。

 男は、どうしても俺に、こいつを届けたかったのだ。


 ベックルズは、面倒事になりそうだ、というふうに口の端を引いて、それから言った。

「見れるよ。……そんなに気になる?」

 俺は頷いて返した。




 コネストーガ後方支援車のキャビンに場所を移し、俺たち5人はベックルズとメイジーの作業を固唾を飲んで見守ることになった。

 ベックルズとメイジーは、コネストーガの車載電脳空間内にサンドボックスを構築し、更にその内部なかに本格的なI/Fインターフェイスを模したエミュレーターを用意する。……かなりの手間だ。ここまでして(そんなことは無いだろうが)中身に何の価値も無かったら、目も当てられない。

 それはき、ベックルズとメイジーを中心に、時間が過ぎていく。

 やがて2人の作業が終わると、終にメモリスティックの内容にアクセスが果たされることとなった。

 車内のC4I情報処理系画面に3D立体表示のマップが映し出された。仮想戦場と同じフォーマット様式のものだ。


「おい……」

「……ああ」

「…………」


 それに、メイジーを除く4人には見覚えがあった。

 それぞれが、この場所でのそれぞれの体験を、脳裏に甦らせたかも知れない。


「──3SWC第3層南西区C……」

 ベックルズの漏らしたその擦れ声にメイリーが反応した。

 食い入る様な視線をマップに向ける。

 ダニーは、3SWCこの場所で消息を絶ったのだ。



 MAPは、俺たちの知っている──あのミッションに入る前に検討に使ったもの──よりもアップデートされていた。ベヒモスの制圧射撃を受けたビルは崩落していたし、ターンブル隊のコネストーガが路上に擱座している。ダニーのコネストーガの残骸もそのまま放置されているのが判る。

「MAPだけか?」

 珍しくキングスリーがそう訊いてきた。ベックルズが応える。

「ただの3Dマップ地図情報にこの容量は大き過ぎる。……いろいろ情報が埋め込まれてるみたいだね」

「解析できたりするのか?」 とリオン。

「もちろん……」

 ベックルズは応じるとプロンプトをコマンドラインに呼び出した。キーボードを叩く乾いた音が続いたが、すぐに舌打ちが一つ聴こえると、止まってしまった。

「…──そうだった……」 息を吐いてベックルズは言った。「外部そとのライブラリは使えなかった」


 〝この世界〟の電子情報はネットワークに繋がっているのが前提だ。基本的な処理はネットワーク上のグリッドに演算能力を分散するのが前提だし、処理系に使われるフレームワーク実装ライブラリ部品は、ネットワーク上に標準化されているものを相互に参照するように設計されている。


 いま、このMAPはコネストーガに構築したサンドボックスの内部に在る。

 外部の処理系にアクセスはできない。それをすれば、例の〝トロイの木馬〟が発動するだろう。しかもその場合はどういう結果を招くか全くわからない。最悪、内容が破壊されるかも知れない。

 必要な処理系を全て洗い出し、サンドボックスに取込んで実装系を再現することも出来ないわけではないが、それは時間と労力が掛かり過ぎる。


 結局ベックルズは前言を翻し、〝ケセラセラなるようにしかならない〟と両手を上げて見せた。

 俺たちは壁に突き当たった。



 それは当面これ以上の進展が望めなくなり手持ち無沙汰となった俺が、MAPを操作していたときのことだった。

 ダニーのコネストーガの位置を拡大しカーソルを当てたとき、それは起動した。……予めその動作が〝フラグ〟となり起動するように組まれていたのだろう。

 MAPにアニメーションで〝線〟が走り始めた。


 起点は大破したコネストーガの前方車輌……あの日のダニーの持ち場だった場所だ。

 そこから〝線〟は東の低層ビルへ伸びていき、裏手に回って階段を潜った。恐らく地階で街区の地下街に繋がっているのだろう。3Dマップの描画レイヤーをz軸垂直方向に移動させようとしたとき、ベックルズに声を掛けられることになった。

「ダニーの経路だね」

 いつから見ていたのかわからないが、やはり察しがいい。正確に、再生表示された〝線〟の意味を理解していた。

「たぶん……」

 俺は短く返してマップの操作を続けた…──。

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