phase 5 【助け】

#12 君なら信頼できる

上 ── アンタには借りもあるしね


 山の手に上れば風が渡っていく。

 それは空調の生み出した〝制御された現象〟だったが、ここに住む俺たちにとっては〝心地よい〟と感じる生理現象を呼び起こしてくれる。

 俺は墓地の門をくぐり、いつもとは違う区画へと歩いて行った。

 歩きしな首を巡らし、いつもの行き先──ジョーの眠る墓石の方を見遣る。

 カーリーの部屋を訪ねるようになって、ここへの足は遠のいている。

 ……仮にジョーが生きていたら、こんな俺に、やきもちぐらいはやいてくれるだろうか?

 ふと、そう思った。

 俺は歩速を速めた。さほど広くない区画が折り重なって段差のある墓地の、それぞれの区画を繋ぐ石段を模した階段をいくつか昇っていく。そこはトループスの墓石の並ぶ一画だ。

 視界の中に、墓石の列に向かう女の背姿が入ってきた。

 その俺の気配に、背姿の女が振り返った。


 清楚さの映える白いブラウスの上に縦じまのベスト、同じ色柄のリボンタイとクラシックスカートという出で立ちはノーマ・ベックルズだった。

 今日ここに彼女が居るのはキングスリーから聞いていた。

 にもかかわらず振り返った彼女を見たとき、俺はわけもなく慌てた。いつもはへそ出しのアーミージャケットか、さもなければプロテクトギアに包まれた姿しか知らなかったから、どこからどう見てもの〝英国のお嬢さん〟にしか見えないベックルズが、とても不思議なものに見えた。

 その表情が面に出たかも知れない……。

 ベックルズは顔を顰めると、露悪的に嗤ってその手の小瓶を振ってきた。それはウィスキーのポケットボトルで、墓地のロケーションに酒瓶を手にする〝英国のお嬢さん〟という組み合わせは、それはまぁ〝背徳的〟に見える。

 ……実際はそう言うんじゃない。

 彼女の先の墓石はターンブルのもので、その上にはショットグラスが2つ──1つにはなみなみと注がれ、1つは干されて…──置かれている。

 つまり、〝そういうこと〟た。


 俺は墓石の前に進み出て、故人と生き残った者のために神に感謝を捧げると、改めてベックルズの方を向いた。

「よくここに?」

 そう俺が訊くと、ベックルズは物憂げに目線を外し、頷いて返した。

「いいリーダーだった?」

 重ねてターンブルのことを訊くと、抑揚のないベックルズの声が応じた。

オトコ……だった」

 俺は黙って彼女を見返した。

 こういうときのベックルズの言葉だ。その真偽はわからない。だが、あのとき敢えてベヒモスにその身を晒した〝ソードマスターターンブル〟の行動に、ようやく説明が付いた気がする。

 そうこうしているうちに、彼女の口から溜息が一つ漏れた。

「……それで、あたしが〝欲しい〟んだって?」

 ひときわに挑発的に嗤いを浮かべたベックルズだったが、そう言ってすぐ、その表情かおは──自己嫌悪からだろう…──不機嫌になものにと変わっていった。

 俺も自己嫌悪している。そもそも彼女の出で立ちに俺が〝不躾な顔〟を向けなければ、彼女もこんな露悪的な反応をしなかったろう。

 自分のイメージを守るのにこんなふうな振舞いをする。そういう彼女の不器用な一面を知った気がした。


 ベックルズは鼻で嗤うような表情のまま、こちらを見返しながら言った。

「キングスリーから、だいたいのところは聞いてる。言っとくけど、あたしは安くないよ」

 俺はそういう自虐には付き合わず、真っ直ぐに彼女を向いた。

「戦場〝動かす〟ことのできる人材を捜してる」

 ベックルズは腕組みをして黙ることで先を促した。俺は正直に話を持ち掛けた。

「戦場を俯瞰して情報を扱うのに長けたオペレータは見つけた。あとはそれを適切なタイミングで取捨選択できる人材が要る。どうかな?」

「それってリーダーのアンタの仕事でしょお?」

 ベックルズは俺を小馬鹿にしたように嗤って肩を竦めてみせる。

 俺は黙って頷く。

「それはそうだが、現在いまの俺は人員ひとを動かすのに手一杯だ。動かすのをバックアップしてくれる人材が欲しい。……君なら能力的に信頼できる」


「…………」

 ベックルズは黙ったまま視線を他所へとやった。思案顔というやつだ。

 俺は話の流れを掴めたか自身を持てなかったが、ともかく言継いだ。

「ダニーのことでわだかまりがあるのは理解できわかる。あいつがあの時あそこから消えたことで4人が死んでる。だからあいつに落度責任がない、とは言わない。だが裏切ったかどうかは別の問題だ」

 ダニーのMIA失踪についてコミッションの裁定は未だに下されてなかった。だから計画的に俺たちを裏切ったのかどうか、その結論は出ていないのだ。


 逸れていたベックルズの視線がと戻り、真正面から俺の目をめ上げてきた。

 俺はそれを見返して言った。

「俺も知りたいんだ。あいつが何で〝消えた〟のか。 …──そのためにはあそこに戻らなくちゃならないし、そのために君の助けが必要だ」

 ベックルズの吐いた息が、小さく聴こえたような気がした。


「……いいわ」

 あっさりとそう言ったベックルズがクルリと踵を返したので、俺はオファーの諾否を測りかねることになった。

「え?」

 口から漏れた声が自分でも間抜けに聞えたと思う。

 ベックルズはすぐには応えずにターンブルの墓石の上のグラスを片付け始め、少ししてから落ち着いた声で言った。

「…──アンタにはもあるしね」

 どうやらベヒモスの鼻先からギアを引き摺って移動させていってやったことを言っているらしい。こういう義理堅い一面には好感の持てる女性だ。

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