下 ── パブで祝杯を上げた後だった


 今回は敢えて新参者を受け入れなかった。メイジーが要らぬ気を使わずに済むよう配慮したのだ。

 そうしたのには理由わけがある。

 あの後、メイジーは俺やリオンが止めたにもかかわらずイェイツの元に出向いたのだ。そして自分の失敗を詫び、パーティーに戻ってくれるよう懇願したらしい。イェイツは若かったが〝一本筋の通った〟男だったから、メイジーに対しても彼なりの所見をはっきりと伝えたようだ。


 その後のメイジーの様子は、目に見えて消沈している。

 パフォーマンスに影響が出なければいいが……。



 キャンペーン作戦は先陣として乗り込んだ俺たちの索敵行動で始まった。

 心配をよそに、メイジーは卒なくコネストーガからのドローンの管制をこなしている。

『…──ブッシュマンだ。デコイのドローンを上げてくれ』

 前衛のポジション配置についたキングスリーブッシュマンから、敵のセンサーを引き付ける各種の欺瞞情報を発信するドローンを飛ばすよう依頼がきた。

『こちらローグ、了解した。ソーサレス、やってくれ』

 今回は前回と違い、この手の依頼もリーダー分隊長である俺を経由してコネストーガのソーサレスメイジーへと伝わるよう伝達経路を改めた。

『……ソーサレス、了解』

 ただこの処置を、当のメイジーが曲解していないかどうか、それが心配だった。

 不甲斐無い自分が〝特別扱い〟されている、と思いはしてないだろうか?



 ミッション2日目。

 俺たちは9つに区切った戦区のうち、担当に割り当てられた1つをクリーニングローラー作戦し終え、2つめの線区に進入していた。同様に索敵任務にエントリーした他の2つのパーティーとも連繋し、順調に敵の潜伏地点を絞り込んでいた。まだ敵との接触はない。


 順調だった状況が一変したのは2つめの戦区のクリーニングを終え、3つめの戦区──俺たちの最後の担当域だった──にコネストーガを入れ進出させ、安全域の確保に入ろうというときだった。

 オーウェンの隊が初日にクリーニングした戦区に入った後続パーティーが、音信を途絶した。

 オーウェン達の索敵が不十分だったのか、それとも次の担当区に移動するタイミングで運悪く敵に浸潤されて入れ替わったか…──こういうことは完璧には防ぎようがない──……、何れにせよ後方の安全圏が失われ現状いま、俺たちは敵中に孤立する恐れも出てきた。

 ハンター専門で今回の攻撃担当だった重装備のパーティーが〝全滅〟したかも知れない。




 俺は即座に後退の指示を下した。

 このまま索敵を続けても意味はない。それよりも消息を絶った攻撃隊の最終位置に敵が現れたと思うべきだった。先行した索敵担当の3つのパーティーと連絡を取り合い、最短ルートで合流することにした。


 だがこの戦域を担当する〝AMA反MAの側〟側のAIは、かなりの策士だった…──。

 俺たちは合流するや敵の襲撃を受けることとなった。どうやら通信を傍受されていたらしい。


 プロテクトギアのバイザー越しにオーウェンとミルズのパーティーを確認したタイミングだった。

『…──オートマトン!』

 3つのパーティー全員のレシーバーに、誰かの叫び声が響いた。

 俺とレンジャーとブッシュマンは、互いにギアの背を合わせると周辺の視界を確保する。

 オーウェンとミルズの隊のメンバーも互いの死角をカバーし合うように動いているだろうが、注意喚起の声が上がったということは誰かが接敵したわけで、状況から推すに被害が出ていて不思議はない。

「──ソーサレスメイジー……状況を」

 俺は状況を質した。

『…──ミルズ隊の〝ポーン〟が負傷した模様……ライフチェック実行……反応が…──』

「……メイジー」 俺は状況を説明し始めた彼女を遮った。「──〝情報〟くれ」

 一拍遅れ、HUDに各隊のステータスが送られてきた。ポーンはKIA戦死となっている。

 戦術マップもリフレッシュ最新化されたが、そのマップ上に赤いもの敵性反応は見当たらない。熱も閃光も記録されてなかった。…──やはり熱光学迷彩か。厄介な相手だ。

 と、おどおどとしたメイジーの声が聴こえた。

『ごめんなさい……わたし……』

「いまは仮想戦場に集中しろ」

『はい……』

 まずい、と感じた。どうやら早くも彼女は動転し始めたらしい。



『…──ローグ』 ブッシュマンが割り込んできた。『俺は閃光弾を持ってる……そっちは?』

 戦術マップの変化にも意識をやりながら俺は簡潔に返した。

「持ってる」 そしてブッシュマンの〝言わんとしていること〟を理解した。「──レンジャー、聞いたか?」

『…──〝聞いた〟』

 その声音で、レンジャーもブッシュマンのアイデアを理解していることを確認できた。

「ソーサレス──」 俺はコネストーガ後方支援車に繋いだ。「敵の位置を知りたい。大まかでいい」

『──…オーウェン隊とミルズ隊の被害状況からAIに推定させることならできます……』

 このときすでに、オーウェンとミルズの隊それぞれに1人ずつの負傷者が出ていた。〝姿の見えない敵〟に闇雲にトリガーを引き出すヤツも現れて、混乱が拡がりつつある。

『それでいい』 俺は〝推定の精度〟を気にしただろう彼女に、有無を言わせぬ口調で命じた。『やってくれ』


 ほどなく、戦術マップの上に〝見えない敵〟の潜んでいそうな領域が色付けされ重ねられた。俺はそのなるべく中心にマーク目印を打ち、その位置情報をパーティー全員で共有させる。それからプロテクトギアに閃光弾の安全ピンを抜かせつつ、通話を開いた。

「ブッシュマン、3カウントでいく…──〝3〟……」

 背後からブッシュマンとレンジャーのギアが密集を解く気配を感じる。3人とも戦術マップ上に俺が目印を置いた場所の方を向いた。

『…──〝2〟……』

「……〝1〟」 俺が閃光弾を放擲しようとギアに腕を引かせたときには、もうブッシュマンは閃光弾の筒を投げていた。……〝1〟で投げるのか! 俺も慌てて放った。

 目印の近くの地表で、半径10メートルの範囲に100万カンデラを越える閃光が、2つ生じた。

 高性能の熱光学迷彩を備えた敵であったが、その膨大な光量を処理することができず、わずかに不自然な影を纏ってその姿を現すこととなった…──2体……。


 2体という数は想定外だったが、ウチの狙撃手は動じずに速射で2発ずつを叩き込み、この脅威を排除してみせた。




 思いがけず隠密オートマトンを排除するという〝殊勲〟を上げ、ミッションを終了することができた。

 アーマリー拠点に帰投しパブで祝杯を上げた後だった。珍しくキングスリーが俺を呼び止めたのだ。話がある、と。

 俺も〝何のことか〟何となく判っていたので、メイジーとリオンを返してキングスリーとカウンターに戻った。

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