異世界転生……できなかった……

青水

異世界転生……できなかった……

 ある日、信号が青になったので、僕はスクランブル交差点を渡ろうとした。そこへ、暴走トラックが信号無視して猛スピードで突っ込んできた。

 僕は避けようとしたけれど、もう遅い――トラックがすぐ目の前まで迫っていた。トラックの運転手の顔は狂気に満ちた笑みに包まれていて、目は吸血鬼のように血走っていた。危ない薬でもキメてるのかもしれない。


 ドン!


 衝撃と轟音。

 撥ねられた、と思ったときには、僕の視界は真っ暗闇。痛みに苦しむことなく、僕の生は瞬時に刈り取られた。


 暗闇に包まれた状態で、僕は考える。

 僕が読んでいた小説や見ていたアニメでは、こうやってトラックに撥ねられたりして死んだ後、天国的な場所に導かれて、そこで女神様的な美女に、


『ごっめ~ん! ちょっとした手違いであなたを死なせちゃった☆ 許してぇ♪』


 と、軽く謝罪されるわけだ。

 手違いで死なせてしまったわけだから、そのお詫びにチートスキルとかを与えてくれて、『俺TUEEE! 最強!』状態でもって、地球とは異なる異世界(そこは魔法なんかがあるファンタジー世界だ)に転生するわけだ。

 うん、僕の場合ももしかしてこのパターンか?


 期待に胸を膨らましていると、視界が段々と明るくなってきた。

 僕は白で包まれた世界に立っていた。神聖さを感じさせる純白の世界。辺りを見回していると、僕の前に魔法陣が展開されて、そこから女神様みたいな人が現れた。

 白い服に身を包んだ、見たことがないくらいに美しい人だった。僕が呆然と見惚れていると、その人は僕を見ながら口を開いた。


「佐藤太郎さん、ですね?」

「あ、はい」

「すみませんでした」女神様は謝った。「本来、あなたはまだ死ぬはずではありませんでした。しかし、ちょっとした手違い的な何かで、うっかりあなたを死なせてしまったのです」

「いえいえ、謝らないでください。誰だってミスの一つや二つありますよ」


 僕が怒らなかったのは、異世界転生できそうだったからである。

 僕の人生は悲惨なものではなかったけれど、かといって、特別すばらしいものでもなかった。いたって平凡な、退屈な人生。それならば、異世界転生したほうが楽しく過ごせる、というものだ。


「それで?」と、続きを促す。

「えーと……あなたを生き返らせるのは難しい――というか、私の力をもってしても不可能なので、どうか死後の生活を楽しんでいただきたいなー、と」


 ……ん?

 あれ? なんか……思ってたのと違うような……。


「あの……異世界転生は?」

「異世界転生?」

「……」

「……」

「……」

「いや、そういうシステムは実装されてませんね」

「……ええー……マジですか……」

「ええ、マジですね」


 僕は頭を抱えた。

 異世界転生できない。チートスキルをもらって、俺TUEEEもできない。ああ、なんてことだ……。

 さめざめと涙を流して泣いた。


「すみません。本当にすみません」女神様は僕の頭を撫でた。「でも、そう悲観しないでください。死後の世界も――天国もそう悪いものではないですよ」

「ううっ……」


 泣いている僕を立たせると、女神様は天国へと案内した。

 天国日本地区にある一軒家を僕は貰って、そこに住むこととなった。街を歩いているのは日本人ばかりだった。


「そういえば、佐藤太郎さん」女神様は言った。「お隣の方は確か、佐藤さんのお知り合いの方だったと思いますよ」

「え? 僕の知り合い?」


 早速、隣の家のチャイムを鳴らしてみた。


「はーい」


 女の子の声だった。

 すぐに、ガチャとドアが開いた。出てきたのは、僕と同じ年頃の少女だった。


「えっ!? もしかして、太郎ちゃん!?」

「えっと、君は……」


 見覚えがあるような、ないような……。

 誰だったかな、と首を傾げていると、彼女が名乗った。


「私、鈴子だよっ! 幼馴染の鈴子!」

「えっ……鈴子ちゃん!?」


 鈴木鈴子。

 隣の家に住んでいた幼馴染で、四年ほど前に事故で亡くなった……。あの時より、背が高くなっている。


「大きくなったね、太郎ちゃん……」


 鈴子ちゃんは泣いていた。

 まさか、死後の世界でこうして再会することになるなんて……。嬉しい気持ちはあるんだけど、ちょっと複雑な気持ちだった。


「ここに太郎ちゃんがいるってことは……太郎ちゃんも死んじゃったんだね……」

「うん」

「死因は?」

「トラックに撥ねられたんだ。だから、つまり、事故死だね」

「そっか……」


 後で知ったことだけど、死後の世界では会話の中で、死因を尋ねることが多い。みんな死んでいるのだから、死因は誰にだって存在する。でも、人によっては気軽に言えないような死に方をしている人もいるので、その質問をするときは注意する必要がある。


「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、太郎ちゃんに再会することができて、私、本当に嬉しい」

「僕も、異世界転生できないとわかったときはとても残念で悲しかったけど、こうして鈴子ちゃんに会えたから……」


 続きの言葉は出てこなかった。

 鈴子ちゃんが抱きついてきた。僕は鈴子ちゃんをぎゅっと抱きしめながら、わんわんと大きな声で泣いた。

 女神様は白いハンカチを目元に当てて、上品に涙をぬぐっていた。


 その後、異世界転生できなかった僕は、幼馴染の鈴子ちゃんと死後の世界で死後の生活を送ることとなった。ただの幼馴染ではなく、恋人として。

 僕は死んでしまったのだから、これがハッピーエンドだと言うことはできない。でも、だからといって、バッドエンドと言うこともできない。

 まあ、一番理想的なのは、僕と鈴子ちゃんが生き返って、現世で結ばれることだけど……理想を求めたって仕方がない。


 とにかく、僕は異世界転生することなく、鈴子ちゃんとここで暮らしている。


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