第10話 宇宙へ

「やあ。わたしたちの目的は玲奈さんの誕生日会。分かっているね?」

 理彩がそう言うと、奥からろうそくを持ってくる。

 計画停電の影響か、俺たちはこの世界でこそこそと生きている。

 すでに滅びの道を歩んでいる世界。

 宇宙人とやらが攻めてきて、ろくな食べ物もない。

 どうやら俺に人類の歴史を追体験させるのが目的らしい。

 そこまで理解したところで、俺は缶詰を開ける。

「今日の夕食分だな。少しわびしいがしょうがない」

「いやいや大和缶なんて贅沢だぞ」

「それもそうだな。葵も食べろよ」

「は、はい。分かりました」

 どこか元気のない葵に首をかしげながら夕食をいただく。

 ここは高校の空き教室。そこでみんなで集まり、食事をするのが通例である。

「玲奈の分も残せよ」

「分かってます。これで玲奈先輩の分を食べたら、本末転倒です」

「そう、だね……!」

 最後の一個に手を伸ばしかけた理彩が、ハッと正気に戻る。

「ぅぅ。ごはん……」

 小さくうめく理彩に同情してしまうが、この世界の食糧は少ない。

 そろそろ、俺たちも宇宙へ行く準備をしなくてはならない。だが、その前に、玲奈の誕生日がある。恐らく地球最後の誕生日だ。

 あとはスーペスコロニーへ行くことになるだろう。

「ただいま」

「お帰り、玲奈。どうだった?」

「うーん。こっちで確保したのはロケット一台。それに乗って出発しないと」

 玲奈はほっぺに指を当てて考える。

「いつ頃になりそうですか?」

 小首をかしげるのは葵。

「明日、あさってにはここを離れることになりそう」

「明日!? ちょっと明日は……」

「でも間に合わなくなる」

 明日は葵の誕生日だ。しかし本人がそのことに気がつかずに宇宙へ行こうとしている。

 これは止めるべきなのだろうか? どうしても俺には踏ん切りがつかない。

 だってこれからの時代は宇宙で暮らすことになる。地球は壊滅したのだ。

 ここらのビルも、もうそろそろ崩れ出す。亀裂が入り、その隙間に入った湿気がかびを生み、結果として建造物の経年劣化をもたらしている。

 人口の減った今、それを修繕する者もいない。

 地球からほど近いスペースコロニーに移り住むのは当然の結果だろう。

 地は落ちた。

 ボロボロになったアパートがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

「分かった。明日行こう」

「博人!」

「分かっている。だがみんなの安全が第一だ。それにこれを逃したらいつ宇宙に行けるかも分からない」

 黒いビルは徐々に崩れ始めている。

 このままではここが陥落するのも時間の問題。

「じゃあ、さっそく移動よ」

 玲奈は夕食を流し込むと、バックに必要なものを詰めていく。

 ビルから出て、黒塗りの車に乗り込むと、俺たちは宇宙ロケットを目指す。

 ここからだと一番近くて二時間ほど。

 舗装されていない砂利道を走り、街路樹が後ろに流れていく。


 到着したのは発射台。大きなロケットが一台、発射台にセットされている。ここから宇宙へ旅立つことができる。

「宇宙か」

「博人は不満があるのかい?」

「ああ。宇宙なんて行ったこともないからな」

「それは私も一緒よ」

 俺たち全員、宇宙へ行ったことはないからな。

「そうですね。あたしも不安です。だって暗くて無重力なんですよね?」

 葵が不安そうに呟く。

「ここから行くコロニーは疑似重力があるから大丈夫よ」

 玲奈には不安がないのか、そもそも憧れのようなものを持っているのか、宇宙に行くのに前向きだ。

「スーペスコロニーは1969年頃に提案されて、今では当たり前の技術になっているのだから」

 博識な玲奈がそう言い、施設内に入っていく。

 俺たちもそれに付きそうように入っていく。

「でも、まさか地上が宇宙人で侵略されるなんて……」

 不安な声を上げるのは理彩だ。

「しかたない。奴らは人間を主食としているのだから」

 お陰で地球での文明は退化の一歩をたどっている。

 そして奴らが人類の約87%を死滅させるという結果になった。

 俺たちが食われていないのは偶然にすぎないということ。

 宇宙人「スキア」が闊歩している地球にはもう住めないのだ。

「しかし、このロケットはよく残っていたな。スキアに壊されなかったのか?」

 俺が疑問をぶつけると、理彩がピタリと足を止める。

「そうね。スキアがいること前提で動くべきだったわ」

 目の前に影絵のような黒い物体が浮かび上がる。

 形を持たない生物。それはスキアしかありえない。

「す、スキアだ!」

 玲奈が叫び、理彩が驚愕する。

「こっちへ!」

 素早く対応したのは葵だった。

 葵の指示通りに、道を迂回するが、スキアはついてくる。

「マズいマズいマズい。どうすればいい?」

「わ、わたしに聴かないでよ! バカ博人」

 涙目になりながらこちらを睨んでくる理彩。

「なぁっ! バカとはなんだ。ぼんくら理彩」

 頭に血が上った俺はそんな返答しかできない。

「はいはい。おしゃべりはやめ。今は逃げるよ」

 玲奈が冷静に周囲を確認し、的確に逃げる。

「半間先輩は役に立たないですね。あたしの方が役に立っているじゃないですか」

 女の子よりも役に立たないって言われると正直傷つくけど、しかたない。

 俺は玲奈の指示通りに走る。

 スキアは道に迷ったのか追いかけてこない。

 ロケットまではまだ遠い。

「奴らは何で俺たちを判別しているんだ」

「熱ね。体温の高さで認識しているわ」

 理彩がそういい、ふくらはぎに隠していた拳銃をとりだす。

「あんまり意味ないけど」

 拳銃でスキアは倒せない。そもそも陰と戦うようなもので、銃の力を過信したアメリナなどははじめっからやられてしまった。

 ただ足止めはできる。再生する時間――とも言うべきタイムラグが生じるのだ。

「じゃあ、行って! 早く!」

「おう。足止めは任せたぜ」

「もっとかっこいい言葉を期待していました」

 玲奈の発破にかけられ俺は走り出す。

 なんだか葵ががっかりした様子を浮かべているが、かまいやしない。

 こっちは生きるのに必死なのだ。この世界で死ぬのはリアルで死ぬのと同義だからな。

 玲奈、理彩、葵、俺の順で走り出す。

 案内図によると、この先にロケットがある。

 そのドアを開け、中になだれ込む。が――俺が入ろうとした瞬間、後ろから殺気を感じた。

 ――スキアだ。

「撃て撃て撃て」

 玲奈が肩越しに拳銃をぶっ放す。

 スキアがその陰を散らし、再び再生していく。

「行け! 俺はここで足止めをする」

 落ちているパイプを手にスキアと対峙する。

 時間でドアが強制的に閉まる。

 これで良かったんだ。

 あっちの世界の保あたりが世界を変えてくれるだろう。


 ……いや、待て。この世界を保たちは〝夢〟と表現していたな。


 となれば、俺は……。

「試してみるか」

 俺は閉ざされたドアに手を当てる。

 これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。

 こんなドア一つくらい飛び越えられるはずだ!

 思いが通じたのか、ドアが透けて、俺は吸い込まれるようにドアの向こう側へ歩けていた。

「!! どうやったの? 博人」

 理彩があんぐりと口を開いて驚く。

「さ、さあな。俺にも超能力が使えた、ってことで」

 この世界が作られたものと、信じていない三人を驚かせてしまった。

 ごまかすようなことを言ったが、超能力の方が驚きだったかもしれない。

 俺たちはロケットの先端、人員輸送用の箱へと移る。

 そこには椅子が五つ用意されており、それぞれが腰をかけると、手前にある操縦桿を握る。

 といっても操作性に優れたゲームのような操縦桿で、システムは簡略化されている。

 発射までのシステムは簡単に操作できるのだ。

 俺たちは地球を捨て、スペースコロニーを目指す。

 そのための第一歩だ。

「発射まで」


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