第9話 黒いビル群

「被告人は自分の立場を理解していないと思われます」

「異議あり! 彼は私を助けるために気張らしに誘ってくれただけです。やましい気持ちなんて――」

 玲奈が先ほどの更衣室の一件を思い出す、と。

「あり、ません」

 もにょもにょと言葉尻が途切れる。

「お、おい。弁護人?」

 俺は弁護人がうつむくのを見て不安になる。

「い、いえ。私しか半間くんのことを弁護できないよね。頑張ります!」

 気合いを入れ直す玲奈。

「いやそれは嬉しいんだけど、なんだか理彩の不機嫌さが増したみたいだぞ」

 さっきからすごい形相でこちらを睨んでいるではないか。

 理彩は今にも爆発寸前。こちらが余計なことをすれば、その時点で噛みついてくるだろう。

「そ、そうだ。理彩も一緒に回ってみようよ! そうすれば気分も変わるでしょ? ね!」

 俺はありったけの善意を持ち、理彩に語りかける。

「ふん。そんなは当たり前よ! それよりも、玲奈さんとちょっとお話があるんだ。いい?」

「ど、どうぞ。ご自由に」

 どうなっているんだ?

 この世界では玲奈を救出するためにできた世界だ。そこになんで理彩がいる。

「あー! 半間先輩!」

 この声は……。

「こんなところで何をしているんですか? それに理彩先輩と玲奈先輩もいますね。みんなで遊んでいたのですか? 混ぜて欲しいです!」

 と快活に頼み込んできた葵。

「待て待て。なんでみんな集まってくるんだよ! おかしいだろ、この世界」

「半間先輩は誰に声をかけているのですか?」

 困惑する葵たち。

 しかしまだ五分前にはならない。どういうことだ?

 一端リセットしてもらった方がこちらとしては嬉しいのに。

 いちゃいちゃしろ――その意味は分かった。楽しいことで〝死〟の記憶を封印するようなもの。人間の脳はしっかりしているから、死という恐怖から逃げるため、記憶の一部を忘れることができるのだ。その理屈が正しければどんどん新しい世界にし、徐々に死の記憶を消していくのが最適な治療法のはずだ。

 だが、この世界は未だに残っている。

 一体どうなっているのだ?

「それでは、みんなで回ろう! おー!」

 と呑気のんきに構えているのは後輩の葵。

 他の二人といえば、

「今日は二人っきりのはずだったのに」

「葵さんが来るのは予定外だったぞ」

 悔しかったり、納得はできていないが、それしかないと思っているようだ。

「まあ、大まかに言えば、この店内で遊ぼうか? ということでいいんだな」

「そうなるわね」「そうだね」「はい。分かりました」

 話がまとまれば、そのあとは簡単だ。

「じゃあ、俺が決めておいた映画、なんてどうだ?」

「いいですね!」「なんだ。調べていたのかよ」「私のために!」

 三者三様の意見だが、概ね正しい選択肢だったようだ。良かった。

 一安心していると、俺の手を組み、歩き出す玲奈。

「さあ、時間がもったいないの。行きましょう」

「あのさ、玲奈って意外とぐいぐいくるよな?」

 俺は何げなく言ったのだが、玲奈は振り返り、ついてくる理彩をジト目を向ける。

「……ただ、待っているよりはいいかと。ねぇ? そこの幼なじみさん?」

「はー! わたしは大器晩成型、どっしりと構えているだけなんだから!」

 どんっと音がしそうなしこをふんだ。

「どっしりしているのは体重のせいかな? それでますます太って見るも無惨な姿になるがいいの」

 この二人、あまり会ったことがないが、意外と仲が悪いみたいだ。

 今度からは注意しよう。

 映画館前につき、ポスターがずらりと並んでいる。

 今やっているのは、恋愛ものがふたつ、ゾンビ系がひとつ、戦争ものがひとつ。他に映画はあるがもめぼしいものはない。

「恋愛ものの、ライトなのがいいか?」

「そうね」

「えー。わたしは戦争ものをみたい」

「知っています。『その戦争は苛烈を極める』は現在39位。あまり楽しくはないみたいですよ」

 葵がスマホで調べてくれたらしく、高評価の恋愛ものに決まった。

 四人でチケットを買い、その映画の開演時間まで暇になったので、一緒に売られているグッズや飲食を見て回る。

 最終的にはポップコーン二つとそれぞれの飲み物を買い、上映時間まで大人しくした。

 すでに日が暮れそうな頃、帰りは20時を超えるかもしれない。

 高校生ともなれば当たり前なのかもしれないが、この密室の暗がりで、そんな時間までいていいのか? と疑問に思ってしまう。

 映画が始まり、数分のこと。


 ザザザッ。

 耳鳴りがする。

 激しい頭痛がする。


「くそ。ようやく落ち着けると思ったのに!」

 苦々しいものを感じながら、俺は次の世界を見渡す。

 黒いビル群がいくつも建ち並ぶ。そしてその屋上に俺は立っていた。

 夜風が吹き抜け、肌寒さに身を震わせる。寒いのは苦手だ。

 記憶を探ってみると、この世界では近未来的な技術が進歩しているらしい。

 サイコ粒子、スペシャルDNA。

 それらの知識が一気にたたき込まれる。その痛みを受けて今ここにいる。

 どうやら待ち合わせをしているらしい。

 この屋上で葵と。

「ごめんなさい! 遅れました!」

 そう言って屋上のドアが開かれる。

「いや、そんなに待っていないよ、葵」

「そうですか?」

 そう言って近寄る葵。

 その俺の腕をとり、肌と肌を重ねる葵。

「やっぱり! 冷めているじゃないですか。そうとう待ったようですね。ごめんなさい」

 怒ったと思ったらすぐに謝る。コロコロと忙しい子だ。

「それで今度、玲奈先輩の誕生日をお祝いするのですよね?」

「あ、ああ。そうだな」

 記憶を探るのが浅かったか。そんな話になっているなんて、ちょっと意外だ。

「今、西暦何年だっけ?」

「やだな。忘れたんですか? 今は2409年ですよ」

「そう、か。ありがとう」

 この世界では400年近く経っているのか。それは近未来にもなるか。

「でも、なんでここを待ち会わせ場所にしたのですか?」

「知るか」

 あいつらに言ってくれ。外で作業をしている保たちに。

 しかし、向こうと連絡がとれないのは参ったな。

 こっちで学んでこい、って意味なのかもしれないが。

 だがやることは決まっている。今は玲奈の誕生日会を開くこと。

 単純だが、お祝いされるのは嬉しいはず。

 これで〝死〟の経験が失われればいいが。

 そんなに記憶深くに根付くとは思いもしなかった。

 でもお陰で今は生きている。また出会えた。

 この幸福感を逃さずに行きたい。いや生きたい。

 こっちで生きるのはいけないことなのかもしれない。

 たもつが言っていたように、俺は人類の救世主になれるかもしれなかった。その可能性を捨て、俺はこちらの世界へ入り込んでしまった。

 人間の脳髄――その電気信号のやりとりをコンピュータで分析、フルダイブ型の完全仮想空間に、選出された人を送り込む。

 これにより、食物の循環が楽になったそうだ。他にも余計なことをしていないので生産性も少ないが、それに比べ圧倒的に消費量が少ない。

 スペースコロニーという閉鎖空間、それも宇宙に浮かぶ。そんなところで生きるには画期的なアイデアだったのかもしれない。

 一部をコールドスリープで寝かせているのも、同じ理由からか。

 とにもかくにも、この世界で俺はサイコ粒子とやらで玲奈を回復できるのだ。

 見捨てるわけにはいかない。

 新人類?

 世界のため?

 そんなことよりも俺は目の前で泣いている女の子を助ける。

 今の俺にはそれができる。

 だったら前に進め。

 玲奈たちと一緒に過ごすのが最良だ。


 ……本当に?


 いや参ってはいけない。このまま俺は彼女らのそばにいたいんだ。

 いさせてくれ。

 お願いだ。

 頼むから俺は玲奈を、理彩を葵を見捨てられないのだ。


 ――こんな俺は嫌いか?

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