明日、世界が終わるから

キノハタ

今日リンゴのタネを植えようか

 とある小さな国の、とある村。


 明日、世界が終わるそんなころ。


 私はリンゴのタネを植える人と出会った。


 ※


 明日、世界が終わるらしい。


 一か月ほど前、どこかの遠い国のお偉いさんがそう発表したそうだ。


 なんでも『かくみさいる』っていうとんでもない世界が終わる兵器を世界中に向けて放つんだって。


 そうしたら、この村も、この国も、山も、川も、あの雲も。


 何もかもなくなってしまうそうだ。


 最初はみんな全く信じなかったけど。国でいちばん偉い政治家さんが村に三つしかないテレビで頭を下げているのを見て、みんなようやく実感がわいた。


 あ、本当に、終わりなんだって。


 その政治家さんは泣きながら、自分が無力なこと。最後の時間は家族と一緒に過ごさせてほしいこと。政治家の集まりはもう行わないこと。みんなどうか、人を傷つけず、最期の時まで幸せに過ごしてほしいこと。


 それだけ言って、政治家さんは壇上から降りた。


 村中から集まって、それを見る私たちも、テレビの中に映っている他の政治家さんたちも。


 誰も何も言えなかった。


 どうやら世界は本当に終わるらしい。


 そんなことだけ理解して。



 それから20日とちょっとが経った。



 『かくみさいる』を撃つって言った人は、詳しい日付を教えてくれなかったから、そろそろ撃たれるのかもしれないし、まだもうちょっと先なのかもしれない。


 そんなだけど、私の身の周りは実はあんまり変わってない。


 村に一つしかない、小さな学校は閉鎖になった。


 うちでやってる果物屋は一週間くらい前から、新しいものを仕入れてない。おかげで、ちょっと店先の匂いが酷い。


 お父さんは機嫌よくお酒を飲んで、お母さんと一緒に古いアルバムを眺めている時間が増えた。


 お母さんは私に会うたび、よく意味もなく抱きしめるようになった。ご飯は毎日、家族の誰かが好きなメニューが必ず一つは出てくる。


 私はもともと無口で、上手く喋れないから友達とも遊ばず。


 村のはずれで一人、ぼーっとしていた。


 ただ、学校があっても、よくそうやってサボっていたから。


 正直、あんまりやってることは変わんないのかもしれない。


 明日、世界が終わるかもしれないけど。


 私は、あんまり、変わってない。



 ※



 そんな日のお昼頃。


 私が空を見てぼーっとしていると。


 村の外の道から男の人がやってきた。


 ちょっと髭の生えた顔で、小さいリュックを背負って、片手にはスコップを持っている。


 強盗? 山賊?


 一瞬、そんな予感がしてひやっとしたけど、歩き方から何か違うなって想った。


 強盗も、山賊もあんなゆっくり、時々近くの木を眺めながら、寄り道して歩いてこない。


 男の人はゆっくりしたまま、私に近づくと軽く手を上げた。


 私も軽く手を上げ返す。はろーって、遠くの国の言葉で挨拶してみる。


 「はろー。やあ、そこの女の子。ここらへんで果物のタネが売ってるお店、知らない?」


 あ、私の家が果物屋だよ。もう売り物は大体腐っちゃったけど。


 「本当かい、いやタネが欲しいだけなんだ。実が腐ってても全然いい」


 じゃあ、ウチに来たら良いよ。お父さんもきっといいって言うよ。


 そう言って、私は男の人の前を歩きだした。男の人はぱんぱんと私を大げさに拝むと。


 「ありがたい」


 と言ってついてきた。


 ただ、時折振り返らないとすぐ寄り道してはぐれそうになった。変な大人だった。


 ただ、ふと気になって、私は首を傾げた。


 ところで、果物のタネなんてなんの役に立つのだろう。どうあがいても、あんなもの実がなるまで2・3年はかかるのに。


 明日、世界が終わるかもしれないから、当然、収穫なんてできっこないのに。


 振り返った男の人は、道端に生えた花を何やら一生懸命、見つめていた。


 

 ※


 

 「タネ……? 別にいいが、何に使うんだい?」


 「何ってそりゃあ、植えるんですよ」


 「植えるってあんた……」


 「ところで、リンゴってどんなところで育つんですか?」


 「ん? ああ、えっとな————」


 お父さんとそんなやり取りをして、店売りの果物からタネをたくさん集めた男の人は、礼を言って店から去っていった。


 私はお父さんに、ちょっとあの人見てくると言って、その背中を追いかけた。


 お父さんは、ちょっと心配そうだったけど、ああ、気をつけてなと言って笑って私を送り出した。


 一か月ほど前までは、とても見られそうにもない笑顔だった。



 ※



 ちょっと見失ったけど、男の人はすぐ見つかった。


 寄り道して、道端の草や花ばかり見てるから、簡単に追いつくことができた。


 私が追いついても気づく感じがないから、そのまま無言で後ろを引っ付いていってみる。


 男の人は村を出たころにようやく私に気付いたみたいで、スコップを肩にかけたまま不思議そうに首を傾げた。


 「どうしたの?」


 何するのかなって思ってついてきたの。


 「別に面白くないよ? 友達と遊んできた方が多分いい」


 私、友達いないから。


 私がそう言うと、男の人はちょっとこまったように肩をすくめて。


 「じゃあ、好きにしなよ」


 そう言って、近くの山を登りだした。


 薄く生えた林と草を抜けて、山をゆっくりのぼってく。


 男の人は時折、草を掻き分けて地面を触ったり、生えてる木を眺めながら、うんうんと唸っていた。


 それから少し開けた場所に出た時、じーっと地面を眺めた後、背負っていたスコップで地面を掘り始めた。


 私の膝が入るくらい、ちょっと深めに地面を掘ると、さっきのリンゴのタネを植えてそこに土をかぶせた。


 隣にもう一つ、こっちはさっきよりちょっと浅いくらい。


 その隣にもう一つ、今度はもっと深く掘って、またタネを植えた。


 そんなことを山をぐるぐる回って、ひとしきり、時折何かを必死にうんうん考えながら、スコップで土を掘っていた。


 川に辿り着いて、水筒に水を入れてちょっと休憩しているころに思い切って聞いてみた。


 なんでタネを植えてるんですか?


 私がそう問うと男の人は最初は、私がしゃべったことにちょっとびっくりしたみたいだけど、すぐに微笑んで教えてくれた。


 「友達に影響されたんだ」


 友達? と私は首を傾げた。


 「そう、友達。変な奴でさ。世界が終わるって発表されて、しばらくしたらさ塹壕ほるスコップもってあちこちにタネを植えだしたんだ」


 男の人は楽しそうに、懐かしい何かを想い出すみたいな顔をしてた。


 「なんで、って聞いたらさ。俺たちの世界が終わった後に役に立つかもしれないからって言うんだよ」


 なんでか、ちょっとだけ泣きそうな顔をしながら。


 「俺たちの世界も意外と悪くなかったんだって、未来に残すんだって言い張ってさ」


 未来、未来なんてあるのかな。


 「さあ、わかんないな。実は世界が終わるときにめちゃくちゃ地下まで穴を掘って、一年くらい引きこもってたら生き残れるらしいんだけど」


 ……それは難しいかな。ごはん腐っちゃう。


 「だろ? 俺もそう思ったし、そいつから話を聞いたみんなそう思った。でもさ、きっと遠い国のどこかにはそうやって生き延びる人たちもいるかもしれないって」


 「そうやって、もしかしたら、ここにいつか誰かがまた来るかもしれない」


 「その時にさ、リンゴとか。麦でも芋でもなんでもいいけど、残ってたらさ、きっとその人の役に立つだろ」


 ……それにどんな意味があるの?


 「さあ、わからん。でもそいつはそっちの方がいいと思ったし、俺や他の何人かもそっちの方がいいと思ったんだ」


 男の人は休憩を終えると、再びゆっくり歩きだした。私もそれについていく。


 「明日、滅ぶかもしれない、ろくでもない世界だけど、意外と俺たちは悪くないって思ったんだよ」


 スコップの音がする。


 「俺も、友達も、もともとみんな兵士でさ」


 「一杯殺して、一杯殺された」


 「内紛を何年も。もうなんでやってんのかわかんなくなるくらい。勝ってんのか負けてんのかもわからなかった。もうこんなの絶対終わらねえって想ってた。だから、こんなろくでもない世界、さっさと終わっちまえばいいって、明日なんかこなけりゃいいって、ずっと、そう想ってた」


 タネを植える。


 「大統領が政治から降りた日にさ、上官から命令があったんだ。『もう命令にしたがうな。戦いは終わりだ』って」


 「え? って感じだった。みんなぼけっとしてさ、戦わなかったら、そんなの相手に撃ち殺されるじゃんって」


 「だけど、怖くなって相手の陣地行ってみたら、もぬけの殻なんだよ。そんでようやく、俺たちは気づいた。もう、みんな帰っちまったんだ。生まれ故郷とか別の国に、敵はもうどこにもいなくて、だから戦いは終わったんだって」


 「あんだけ終わりが見えなかった戦争が、世界が終わるって知れて、バカみたいにあっけなく終わった」


 「来なくていいって想ってた明日が、本当に来なくなった」


 「そうなって、帰れるところがあるやつらは帰っていった。面倒見のいい奴らが、少年兵も連れてった。残ったのは家族に売られたり、故郷が燃えた行く当てのない奴らばっかりだった」


 日の眩しさに目を細めた。疲れていたみたいだから、穴を掘るのを手伝った。


 「誰もが俯いてた」


 「そしたら、例のやつがタネ植え始めた」


 「それがきっかけでさ、やりたいことやろうってみんなちょっと立ち直った。どうせ終わるんだから、想いっきりやろうって」


 「とりあえず、酒が飲みたいから近くの村に行ったんだ」


 「俺たち正直さ、ひでえことになってるって思ってた。警察も軍も解散したから、きっとひでえことになってるって。弱い奴は犯されて、焼け野原になっててもおかしくないって」


 「だけどさ、君の村もそうだけど以外とみんな、なんかまともなんだよな」


 男の人は笑いながら私を見た。タネもくれるしなって。


 「警察がわりに気の強いおっちゃんとかおばちゃんが棒もってさ、暴れたやつ取り締まってんの。そこに元警察の兄ちゃんとか、熟練の老兵みたいなじいちゃんが加わってさ。町を守ってんだ」


 「酒屋は普通に開いてるし、マスターは金もないの景気よく飲ませてくれるし」


 「俺たちの隣の席で、孤児とか物乞いの子らが一生懸命、飯かき込んでんの。お金要らねえからって、どうせもう食料ケチらなくていいからって、食いたいなら食えってさ。そんでとなりで爺さんが飢えてるのに食い過ぎたら、腹壊すだろうがって、物乞いの子らに説教してんの。物乞いの子らもさ、素直に聞いてさ、よく噛んで食べたりしてんの」


 楽しそうに笑ってた。本当に楽しかったんだろうな。


 「見知らぬおっさんやおばさんと仲良くなった。名前も知らない兄ちゃんや姉ちゃんと話した。親の顔も知らない子供と思いっきり遊んだ」


 「町総出で炊き出ししててさ。今日はどこそこの家の〇〇ちゃんの好物ですって大々的に宣伝してんの、そしたらその子が恥ずかしそうにありがとーって言ってさ」


 「子どもたちが突然路上で歌いだしてさ、俺らもそれに一緒に交じって歌ってさ。歌詞もわかんねーから適当に」


 「そうやって歌ってたら、意外と人間も悪くないなって想った」


 男の人とタネを植えた。たくさん、たくさん。


 「そりゃあ、世界を終わらせちまうような、どうしようもない奴らだったのかもしれない。こんなことにならないと、戦争の一つも終わらないような、情けない奴らだったのかもしれない。くだらねえことで争うし、意味もねえことで喧嘩するし、分かり合えないし、足引っ張ってばっかだし」


 「でもさ、世界が終わりそうになってようやくだけどさ。気づけたんだ」


 「俺たちの世界も意外と捨てたもんじゃ無かったなって」


 「こんな時になって、ようやく気付いたんだ」


 リンゴを、レモンを、麦を、芋を、たくさん植えた。


 「そっから先は、おのおの、好きなことしようってなってさ」


 「元漁師だった仲間は、海に行ったよ。最期は海の上がいいって、あいつ川漁師だったはずだけど、うまくついたかな」


 「元彫刻家だった奴はさ、死ぬまでに自分の像を作るって意気込んで村に残った。そんなでけえの爆発で全部吹き飛ぶし、そもそも間に合わねえって言っても聞きやしねえ」


 「タネ植えだしたバカはさ……なにしてっかな。野垂れ死んでるか、それかまだどっかでタネ植えてっかな」


 男の人は、最後のタネを土に植えた。


 きっと、いつかに誰かの希望になる様に。


 ろくでもない人間だけど、捨てたもんじゃないんだって想いを遺すみたいに。


 どうか、ここで全てが終わらないようにと。


 どうか、どこかで未来が続くようにと。


 未だ見ぬ明日に祈ってた。




 ※




 「いいですね、リンゴって」


 「なんで?」


 「だって、どっかの宗教で原罪の象徴でしょ? 人間の良いも悪いも全部詰め込んであるみたいじゃないですか」


 「へえ、博識だね」


 「そんな人間の全部が、未来に残るかもしれないんでしょ? いいじゃないですか、ロマンチック。あ、ブドウでもいいなあ」


 「……ところで、君、本当によかったの? 俺なんかについてきて」


 「はい。親にもちゃんと言いましたし、大丈夫です。余ってたタネもいっぱい貰ってきましたしね。あ、もしかしてご迷惑でした?」


 「そういうわけじゃないけど……」


 「私ね、本ばっかり読んで学校も行かないで、仕事もサボってたから、怒られてばっかだったんです。役立たずなんて呼ばれちゃって、仲のいい子もいなくて、一か月前まで、両親とも仲悪かったんです」


 「……」


 「でもね、世界が終わるってなったら、そんなどうでもよくなっちゃって。お互い素直に話せるようになったんです。それからはちょっと仲良くなれて」


 「……そっか」


 「はい。それでね、私が昨日、本気であなたについていきたいって言ったら、泣かれちゃったけど。やりたいなら行ってきなさいって、そう言ってくれました。ちゃんとお別れもしてきました、だから大丈夫です」


 「大丈夫って……目、赤いけど」


 「はい、たくさん泣きましたから」


 お父さんにもお母さんにも。


 仲の良くない友達も、近所のおじさんもおばさんも。


 この村も。


 もう二度と出会うことはないんだろう。


 だって世界は終わってしまうのだから。


 そんなに好きじゃなかったのにな。


 なんでこんなに涙が出てくるんだろう。


 困ったもんだねと笑いながら。


 「そんだけ泣いて……なんで」


 「そんな大した理由じゃないですよ。ただ、あのまま終わり待ってるより、私も未来に何か遺してみたくなったんです」


 それでも前を向いていよう。


 いつかどこかの誰かへと、このタネが、この想いがどこかできっとつながる様に。


 ねえ、未だ見ぬ明日の知らないあなた。


 タネを遺すよ。


 希望を遺すよ。


 だから繋いでね。


 だから忘れないでね。


 どうしようもない人間私達だけど。


 意外と捨てたもんじゃ、ないからさ。


 頑張れ。


 頑張って。


 世界の終わりで生き残っても、それはそれできっと大変なんだろうけど。


 頑張ってね。


 諦めないでね。


 終わらないでね。


 私も今を頑張るからさ。


 そうやって今日、歩くからさ。


 「ところでおじさん」


 「なに?」


 「世界っていつ終わるんでしょう?」


 「さあ、いつかな。明日か、今日か、実は来年かも」


 どこか遠い国のお偉いさんはもう、かくみさいるを撃ったのでしょうか。


 それとも失敗して、実は撃てなかったりしたのでしょうか。


 実は今でも思うのだけど。


 死にたくなんてないのです。


 そんなの誰もがわかってて。


 そうして誰もがそれを、どう受け入れればいいかわからないのです。


 だから正直、まだ、想うのです。


 何事もなく明日がくればいいと。


 このみんなが優しい気持ちのまま、また明日がくればいいって。


 でもきっと、そういうわけにはいかないから。


 だからせめて、たくさんの想いを込めて、たくさんタネを植えましょう。


 きっといつか届くように。


 どこかの誰かに届くように。

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