第9話

「お母さん、お母さん、お母さんっ!!」


 姉さんの鬼切安綱が、郁美ちゃんの母親であった妖魔を斬った。斬られた妖魔がゆらりと水蒸気の様に空気中へと溶けて消えて行く。


「これがお前の母さんの魂だよ」


 妖魔の立っていた場所に虹色に輝く魂玉が落ちていた。それを拾い上げた姉さんが、郁美ちゃんの元へと差し出した。


「なんで……お母さんを……」


泣きじゃくる少女は、万葉の差し出した魂玉に目もくれず、睨むようにして見ている。しかし、万葉はそんな少女へと優しく微笑み語りかける。


「まだ綺麗な色をしてるだろう?この世にずっと居続けていると魂は色褪せて、最後にはぼろぼろになってしまうんだ。そうすると、お前のお母さんは……どこにも行けなくなって……消えてしまう」


「消える……?」


「そう……消えちゃうんだ。消えちゃったら、お前が歳を取って天国に行っても、もうお母さんとは会えない。どんなに悲しくても、辛くても……お母さんを天国へと旅立たせなきゃ駄目なんだよ」


 魂玉に恐る恐る手を伸ばし、郁美ちゃんが優しく触れると、ほわりと微かな光りを発した魂玉が郁美ちゃんの手の中で光りの粒となり、郁美ちゃんの体を包み込んでいく。


「ありがとう……」


 光りの粒から声が聞こえた様な気がした。


 郁美ちゃんは空へと消えていく光りの粒を泣きながらじっと見つめている。


 あの声は、郁美ちゃんのお母さんの声だったんだろう。





「すまんな……彩葉。私はお前に任せると言っておきながら」


 万葉の言葉に首を振る彩葉。


「ううん……姉さんが来なかったら、私はまた妖魔を取り逃していた……」


 鴉丸も九十九姫の二人は御影様の待つ神社へと、一足先に帰ってしまっており、闇の中を歩く万葉と彩葉の姉妹。


 ふと立ち止まる万葉。


 そして月のない空を万葉が見上た。


 彩葉も足を止め、万葉の隣へと並ぶと同じように空へと視線を移す。


「なぁ……彩葉、人を……魂を喰い続け大きくなった妖魔の魂玉は斬られた後、どうなると思う?」


「魂玉が魂に戻り、常世に行くんじゃないの?」


「違う……消えて無くなる。常世にも行けず、現世にも残る事も出来ずに……ね」


「……そんな……あれはあの子の為に言った嘘じゃないの?」


「嘘じゃない……だから……だからこそ、妖魔となった魂をすぐに斬らなければならない。人を、魂を喰らい大きくなる前に……」


 だから斬る。ただ黙々と。


 ずっと姉さんを誤解していた。


 無慈悲で容赦ない討伐士。


 そう思っていた……


 知らなかった……


 私は妖魔を倒しさえすれば魂玉から魂を解放でき、常世へと送れると思っていた。だから姉さんは斬るのだ。例えそれが生前にどんな思い出を持っていようが、死んでも別れられない人がいようが。


 常世に送れれば、また逢える。しかし、常世にも行けず、現世にも残れずに消えて無くなってしまうと、もう、その人を感じる事さえも出来なくなってしまうのだ。


 ただ、妖魔から人を護るだけではなく、その人の魂を救う為に斬る。それが、妖魔討伐隊の使命である事を姉さんは熟知し、覚悟を決めている。


 私なんか、姉さんの足元にも及ばはいではないか。


 そう思うと、彩葉は悲しくなってきた。今まで自分のやってきた事の全てが、ただ何も知らず空回りしていたからだ。


「焦る事はないさ……お前は良い腕をもった討伐士なんだから」


 ぽんっと彩葉の肩に手を置いた万葉。


 その肩に置かれた手に、姉の温もりを久しぶりに感じた彩葉であった。

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魔剣少女と呼ばないで~鬼丸彩葉編 ちい。 @koyomi-8574

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