第7話

次第にはっきりと具現化していく妖魔。ついこの間みた姿とは違う……とても禍々しいその姿。まるで昔話に出てくる山姥や鬼女である。あの、少女の前に現した姿とは別の妖魔かと思ってしまう。


「……あの時と全く違うわ」


ぎりりと小狐丸の鞘を握りしめる彩葉の手に、鴉丸がそっと手を添える。


そんな鴉丸の方へと視線を向けた彩葉に、鴉丸も同じように彩葉へと視線を向けており、無言で頷いた。


「そうや……あれが人を喰らう時の姿や……どっちがほんもんの姿かは分からへん……でもな……やっぱり妖魔なんや。喰らうんやからな」


彩葉の手に添えていた鴉丸の手が震えている。


あまりにも大きく禍々しい気。


最近、猟奇殺人と呼ばれる陰惨な事件の犯人であり、幾多のを喰らい続けている妖魔。


魂玉こんぎょくが穢れている……


そう呟く九十九姫がぎゅっと彩葉のスカートの裾を握りしめる。


ああああああああぁぁぁっ!!


耳を塞ぎたくなるような妖魔の雄叫び。


びりびりと大気を震わす振動が彩葉達にも伝わってくる。


「……討伐する」


小狐丸を鞘から抜く彩葉。


「まだや」


それを止める鴉丸。


「まだ……待つんや」


「なんで?早く妖魔を討伐しなくちゃ……犠牲者が」


「大丈夫やって……ここにはうちが結界張っとるさかいな」


ゆらゆらとした足取りで進む妖魔の後を、一定の距離を保ちつけて行く彩葉は、妖魔が同じ道をぐるぐると回っている事に気がついた。


初めは妖魔が同じルートを歩いているかと思っていたがそうじゃなかった。


鴉丸の言う結界の中で先に進めず、ずっとループしているだけなのだ。


「気づいたけ?これなら妖魔は誰も襲うことが出来へんのや」


「それで……あの妖魔をどうするの?」


「取り敢えず今日はこのまま消えて貰う。そしてな……また、あの少女の前で出てきてもらわなあかん……その時が勝負の時や」


彩葉は鴉丸の言う通りに、その後も妖魔の後をつけてまわるだけにした。結界の中をぐるぐる、ぐるぐると回るだけの妖魔の後ろを。


かちん……


時刻が子の正刻を過ぎた頃だった。


それまでうろうろと歩いていた妖魔が元の現れた場所にたどり着くと、ゆらゆらと蜃気楼のように揺らめきその姿を消した。


「取り敢えず、この結界はこのままにしとくわ……心配せんでもええよ。普通の人間にはなんの効力もあらへんから」


ふわりと欠伸を一つすると眠たそうに目を擦りながら鴉丸が言った。


そして……それから数日後の事である。


亥の正刻を回った頃である。


あの少女をみた路地の広場の一角に彩葉達が身を潜めていた。


鴉丸の話しでは、今夜、必ずあの少女が姿を現す。


遠くから小さな足音が聞こえてくる。子供の足音である。


「……来たわ」


暗闇に目の慣れた彩葉が広場の入口へと視線をやると、あの少女が広場へと入ってきた。


「お母さん……いるんでしょ」


少女の言葉が終わると同時に、広場の中心辺りの空間がぐにゃりぐにゃりと歪み始め、魚の腐ったような臭いが漂い始めた。

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