第6話

 今夜も暗い裏路地で妖魔の気配を探る彩葉、鴉丸、九十九姫の三人。しかし、綾と一緒ではない九十九姫は裏路地の闇よりもどんよりと暗く、とぼとぼと歩いている。


「なあ、綾から捨てられたから言うて、そないに落ち込まんといてや。こっちまで暗なるさかい」


「きぃーっ!!私は捨てられてませんからっ!!少しの間、離れるだけですっ!!」


 掴みかからんとする程の勢いで鴉丸へと言い返す九十九姫に対して、ふふふんっと余裕の笑みを浮かべている鴉丸。さらに鴉丸のその顔が意地悪そうな表情へと変わっていく。


「ほんまか?もしかしたら綾の奴、もう戻ってけえへんかもわからんで?新しいもふもふでまん丸の狸娘捕まえて……」


「た、た、た、狸娘……」


「しししっ、狸は狐より人懐っこいさかい……なぁ」


「……」


 意地悪をいう鴉丸に押され、じわりじわりと九十九姫の大きな瞳に涙が溢れてきている。すると、彩葉がそっと九十九姫の側に寄り添い頭を撫でてやる。その手をぎゅっと握り締める九十九姫に、彩葉は優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ、九十九姫。鴉丸、いい加減にしなさいよ?もしかしたら姉さんも今頃、小鷹丸こだかまると仲良くいちゃいちゃしてるかもよ?」


「……んな事あるかいな、うちと万葉は切っても切れん関係やで?」


「そう言えば昨日、姉さん、小さな山伏姿の子と楽しそうに並んで歩いてたわ……栗色の髪をした」


「……!!」


「手も繋いでいたわね……小鷹丸、寝るとこないからって姉さんと一緒のベッドで寝てたし」


 彩葉の言葉に動揺する鴉丸。小刻みに体が震えているのが分かる。そして、九十九姫のように涙ぐみながら彩葉を見上げ、その顔をじっと見詰めている。


「……嘘よ。でも、嫌でしょ?だから鴉丸、あなたも九十九姫にそんな事言わないでね。一緒に妖魔討伐する仲間なんだからさ」


 ふうっと一つため息をつくと鴉丸の目線の高さまで屈見込むと、鴉丸のどんぐり眼をじっと見つめている。


「しゃあないなぁ……ほんならこの任務の間は仲良くしたるわ」


 頭の後ろで両手を組み、そっぽを向いてむにゃむにゃと呟くように答える鴉丸。そんな鴉丸の様子を苦笑いを浮かべて見ていた彩葉が、今度は九十九姫の方に体を向けた。


「九十九姫もよ?」


「……分かりましたわ」


 何とか無事に丸く収まり、妖魔探索を再開しはじめた時である。


 一歩先を歩いていた鴉丸が立ち止まると、二人にも止まるように片手を上げ合図を出した。まだ、彩葉と九十九姫には何も感じる事ができない。そんな妖魔の放つ僅かな気を鴉丸は察知した。


「……」


「どうしたの、鴉丸?」


「……気付かへんか?今夜はあの女の子がおらへんのや」


 確かに鴉丸の言う通り今夜はあの少女がいない。少女が母親を呼ぶ事で妖魔が出現するのが今までのパターンであった。


 ぞわり……


 鴉丸の全身に鳥肌が立つ。両腕をさすりながら闇の奥を見詰めている。


「いつもの気とちゃう……」


「違う妖魔ってこと?」


 彩葉の問いにぶるぶると首を振る。そして、なにやら印を結ぶとむにゃむにゃと呪いを唱えだした。鴉丸の額に大粒の汗が吹き出してくる。


 ぞわり……


 彩葉の体を禍々しい妖気が駆け抜けていった。ちらりと九十九姫の方を見ると、いつの間にか耳と尻尾が出てきている九十九姫。その可愛らしい小さな口が裂けて開き鋭い牙がにょきりと伸びてきている。妖気にあてられた九十九姫は、無意識のうちに人間の姿から妖狐ようこの姿が混ざってきているのだろう。


 妖狐の中でも最下位の野狐やことは言え、それでも九十九姫は妖狐の端くれ。いずれは仙狐せんこになる為の修行は綾と欠かさず行ってきている。


 ちろりちろり……


 九十九姫の裂けた口の端から小さな炎が、まるで舌のように出てきていた。


「……鴉丸。あれはあの時の妖魔と同じ妖魔だよね?」


「多分なぁ……妖気の感じはだいぶ禍々しくなっとるが、根っこは同じや」


「……同じよ。間違いなくあの妖魔」


 ぼそりと九十九姫が呟く。


「なんではっきり言えるんや?」


魂玉こんぎょくよ。魂玉はぜったい変わらないから……」


 そうか……綾の話しでは、九十九姫は魂玉を見つける能力に長けていた。それを思い出した彩葉。


「……でも、早く……早くあの妖魔を倒さなきゃ……手遅れになっちゃうよぉ」


「手遅れ?」


 その九十九姫の言葉の意味が分からなかった彩葉が尋ねる。その問いに九十九姫が答えようとした時である。


 まだ完全に具現化していない妖魔がゆらゆらと揺らめきながら移動し始めたではないか。


 その後を追い始める三人。


 彩葉の隣を走る鴉丸がちらりと彩葉をみた。


「……やっぱり、知らんかったんやな」


 ぼそりと呟く鴉丸。しかし、その声は彩葉へは聞こえていなかった。

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