エンギ。

アカサ・クジィーラ

ヒカリの下にて

『なあ、知ってる?演劇って、おもろいぜ?』



中学3年の夏、今年は例年よりも暑い年であった。そんな中、俺は最後の試合に勤しむ。この試合に勝てば、名門校へ進出、甲子園への切符を得られる可能性が上がる。しかし、そんな希望を裏腹に刻一刻と、絶望のカウントダウンは始まっている。中学生最強バッターとして、今投げられる球を打つ。心臓の鼓動が鳴り響く。さあ投げた。そのボールは少し曲がったような気がした。その時、少し目が眩んだ。暑さのせいだろうか。今になってはわからないが、もうすでに遅い。そのボールは、ただまっすぐに俺の肘にぶつかった。相手が悪かった。相手は俺と対を成すぐらいの選手、俺と同じ名門校推薦組であった。そう俺と同じだった...


俺は、もう二度とあの甲子園という舞台は立てない。どうしても・・・

俺はあの名門校に入ることは叶わなくなった。学力的にもそこは到底届かなかったから。だから、俺は近所にある雪羅せっら高校に入学した。そこには野球部がなかった。もうこれでいいのだ。完全に俺は諦めた。大粒の涙を流して。

だから、今はここで、あんな事なんか忘れて、青春を謳歌したくなった。人生を共にした野球とはここでおさらばである。


新たな人生の夜明けへ、さあ、始まる。今日は雲がない快晴。

この正門をくぐれば、俺も晴れて高校生。本当はもっと野球をしたかった、けどもうあきらめた。二度とに立つことはないだろうし、を握ることはない。さらば青春、来れ青春。



ひとしきり入学式を終えて、いよいよクラスの発表である。この学校は少し変わっていて、先に入学式をやるらしい。席順は、名前順。

正門から見えていた校舎の入り口、生徒用玄関に先生が数人立っている。

その人に聞くと、俺は1年4組らしい。場所は汚めの本館、目の前に見えている建物だ、ここの4階である。基本一年は四階らしく、みんな受験期に運動してなかったせいか、ゼイゼイと息を吐いている。もちろん俺もそうである。

そして、4組についた時、少しばかりの汗を拭き、教室に入る。

入ってすぐの瞬間だ。

初手から喧嘩をおっぱじめている茶髪の少年と黒髮ショートの少女がいる。喧嘩の内容を盗み聞きしながら、教室の扉のチラ紙を見て、自分の席へ座った。その現場の真隣だ。


「あんたに何がわかるのよ!私は二度と、演技なんかしないの!」

「何でだよ!君はあの超人気子役だったのでしょ?いいから、一緒に演劇部入ろうよ!」

「だから、やらないって行ってるでしょ!」


何だろうか、新手のナンパかと思いながら聞いていると、ふと少年が俺の方をちらりと見た。


「お願i...あ!君は!」


いきなり矛先がこちらに向いた。


「あの持斗じっと中学の伝説的打者、赤崎雄一ではないか!いや〜、まさかこんな天才の間挟まれてるなんて、俺ちゃん、超嬉しい〜」

「キモっ...」


その少女がぼそりと言って、そのまま教室を出て行った。少年は、追いかけようとしたが、俺は疑問に思ったことをぶちかました。


「なぜ、俺を知ってる?」

「そうか〜?そりゃ、知らねえよな。俺っちは、緑丘煕みどりおかひろし。なぜ、君のことを知ってるのかは、中学の時はスクープ部だったからだ!」


自慢そうにしているが、疑問は積もる。スクープ部たるものが一体どこにあったのか、校区内または校区外を頭の中で検索したが、ヒットしない。


「そうか...」


そう呟くだけだった。彼は、そのまま俺にとってのイタイ言葉の羅列がマシンガンのごとく俺に突き刺さる。撃たれる。

周りの生徒らは聞こえてないのか、なぜ急に出て行った彼女に誰も目をくれないのか。甚だ疑問だが、俺は穏便に過ごしたいと、頭を下げようとしたとき、彼は言った。


「なあ、知ってる?演劇って、おもろいぜ?」

「は?演劇?」


急に言われた”えんげき”という4文字。いきなり言われたので、頭が真っ白。


「演劇とは、”役者、音響、照明、などなど...一致団結して、創り上げる表現の舞台”だ!こりゃ、面白いに決まってるでしょ?」

「いやいや、急に言われても...」


彼はニヤリとした。その顔は何か企みを持つような顔だった。


「”青春は舞台にあり。目指せ、表現の甲子園!Tell to come inside!!”」

「...え?」

「これは、ここの演劇部のスローガン的なヤツさ。なあ、興味、出ない?」

「いや...」


急な勧誘に驚いた。もちろん、答えはNOだ。誰が人前で自分とは違う姿を見せなきゃいけないのだ?表現の甲子園って何だよ?確かにそこに入れば、青春を謳歌できるかもしれない。しかし、だからといって、演劇部に入って、青春が始まる保証があるのかはわからない。そんな危ない橋を俺に渡れるのか、不安であった。でも、気になる。


「いきなり、何だよ...俺は、別に入る気はないから...」

「いや〜そこを何とか、君が入ってくれたら、彼女も入りやすそうだし!」


理由が不順。まさかそれだけの理由で、俺を誘ったのかと残念と思った。そもそも入る気は無かったが、少し落胆した気がする。気がするだけ...

それに、僕が入ることと彼女が入ることが一致するのかもわからない。



そして、我ら1年4組の担任がやってくる。女の先生だ。推定30歳前後、比較的スタイルは良い方である。清純派女優にいそうな顔立ち。クラスの男子は少し熱気が上がる。二つ隣の席はまだ空いている。彼は先ほどの熱気がまるで嘘かのように静かになる。なんなら冷や汗らしき液体が額に存在する。


「ええ〜...さあ、皆さん、雪羅せっら高校へようこそ!私の名前は、緑丘明梨あかりです。えぇ〜...そこの緑丘煕くんとは、れっきとした姉弟です。」


全ての線が繋がった。なるほど、だからあの冷や汗は...冷や汗?


「さて、自己紹介でもしてもら...あれ?そこの席の〜青谷世奈さんは?」

「...あね、先生!おそらく〜...トイレだと...思います...」

「ふ〜ん、トイレね...」


強烈な邪気を感じる。怯える弟。周りの生徒は若干引いている。

ここは、俺が和ませたい。別にただの気まぐれなんだが。


「あの〜...」

「よし!煕、今すぐにその子を連れ戻しなさい!...ん?君も行きたいのか?じゃあ煕と一緒に、さあ行きなさい!」

「え、ちょっと!」

「ちょっと?」

「いえ、なんでもありません...」


途轍もない邪気を感じたので、しぶしぶ彼と一緒に探すこととなった。なぜに?

無言で教室を出る。背中からも感じるあの先生のオーラは酷しいと思った俺であった。

少し廊下を歩いて、


「すまんな、さっきは...」


さっきの勢いはまるでない。


「...怖いお姉ちゃんだね...」

「...実は、血は繋がってないんだ...」

「え?さっきは血が繋がってるって、」

「あれは姉貴の虚言だよ。本当は、血が繋がってないし、ただの義姉さ。」

「そうなんだ」

「興味なさそうだね」

「うん」

「...あはは、すぐに肯定されたら、何も言えなくなるじゃないか」

「まあ、すぐに断ち切るのもおかしい話だよな...どういうことか、聞かせてくれないか?」


興味は多少あった。けど、別に聞きたいほどでもない。ただ彼が悲しそうな目をしていたのが、少し気になっただけだ。ただそれだけ...


「・・俺が生まれたとき、本当のお母さんが亡くなったんだ。その後の数年間は、父さんが男手一つで育ててくれた。ただ、俺が小2の時に、父は再婚した。その時の、義母さんの娘がその先生ってだけだ...」


俺は何も言えずにいた。そして、無言の空間がただひたすらに続く。

しかし、その空間を断ち切ったのは、紛れもなく彼女であった。


「ん?何か、物音がする...」

「確かに...聞こえる」


周りを見渡すと、4階から3階へ下る階段と、男子トイレと女子トイレがある。トイレの方から聞こえる。しかし、もちろん女子の方から。


「姉貴は、バカだよな...俺らに、女子トイレをのぞかせたいのかよ。」


彼は少々の愚痴を呟きながら、前に立つ。


「お〜い、青谷〜?いるか〜?」


その奥の個室から聞こえる。女の声が。


「は〜...何で、あんたが来るのよ!」

「仕方ないだろ?姉貴に言われたんだもん!」

「え...姉貴?」

「俺らの担任、俺の姉貴らしいぜ」


すぐに個室の扉を開け、銀髪美少女が闘牛の如くダッシュしてきた。どこかでみたことはある。既視感を感じる。


「アンタ!それを早く言いなさいよ!もう、これだから、煕は...あれ?アンタは?」

「え、あ、俺は...」

「彼は、赤崎雄一。俺と一緒に演劇部、入るんだ!」

「おい、俺はまだそんなこと、同意してないぞ!」

「また、煕は勝手に勧誘してる...」

「だから、世奈も〜」

「いやって言ってるでしょ!もう演技はしないって!」


また始まる喧嘩、なるほどこういう経緯でさっきの騒動は完成したのか。

それから数分、止むことはなく。チャイムが鳴る。

後ろから、鋭いハイヒールの音がコツンコツンっと鳴るのが聞こえる。後ろを振り向きたくない、そう感じた。


「アンタたち!!一体、いつまでそんなことしてるの!!!」


その怒鳴り声により、彼らは死期を悟った魚の顔になった。俺はこの状況がいまいち飲めてない。頭の中の人物関係図はグチャグチャだ。


「...早く、教室に戻りなさい...」


そう言って、先生はスタスタと帰っていった。その行動に驚いたのか、彼らはキョトンとした態度をとり続ける。


「いつもなら、もっと、鬼の形相になるのに...」

「そうね...」


俺だけがその場で取り残された。いや物理的ではなく、精神的に。

大きな雲が快晴の青空に一つ置かれた。


■放課後


入学1日目から、昼まで学校はある。まあ午後の方はほぼ部活体験だけど。

俺は部活に入ろうか迷ったが、やっぱり入る気は無い。別に部活に入らずとも、青春はできるから。そう思い、さて帰りの身支度をしていたら、あの男が来た。


「...今日はごめん...」

「え...あ〜別にいいよ。まあ...ありがとう、わざわざ言いにきてくれて」

「そうか...なあ、お前は部活体験に行かないのか?」


さっき決めた通りに、それでもやはり少し崩しながら話す。そしたら、彼の顔が明るくなった、何やら企みを持ってるような顔へ変わった。


「それは、もったいないよ!だったら、少し俺に付いてきてくれないか?」

「...演劇部に連れて行く気?」

「え...いや〜別にそんなことじゃないよ〜」


明らかに怪しい見え透いたワナ。でも、俺はひっかかってしまう。根が単純純情だから。そして、俺の予定は崩れ、学校の別館二階(別館は本館2階の渡り廊下を通った先)にある空き教室の前に連れてこられた。その中からは、大きな声が聞こえる。あ!い!う!え!お!っと。ここが演劇部、そう思って、その扉を開ける。この扉の先に何が待ってるのか、少しの期待感と不安感を持ちつつ、中へ一歩足を踏み出した。


そこには、金髪の如何にもギャルっぽいお姉さんと茶髪の如何にも陽キャっぽいお兄さん、そして黒髮で一瞬いるのかわからなかったメガネをかけた陰キャっぽいお兄さんがいた。彼らは扉の方をすぐに見る。そして、顔つきがコンマ数秒の間に変わっていくのを感じた。


「おやおや、もしかして入部希望者ですか〜?」

「よくやったな!煕!仲間、増えたじゃねえか!」

「どうですか?先輩!このひと、絶対に才能あると思うんです!だって、あの持斗じっと中学野球部エース、赤崎雄一ですよ!こんな有名人、絶対に才能あるに決まってるじゃありませんか?」

「なるほど...そりゃ、興味深い逸材だな〜」


何やら、俺はここから逃げれないようだ。後ろには、煕が立ち、近くからじろじろとなめ回すようにお姉さんが見て、前にあからさまにリーダー格のお兄さんが立つ。遠くからは、ちらりっと黒髮のお兄さんもいる。この四面楚歌な状況、突破すにはそれ相応の勇気が必要である。そしてまた、その勇気を俺は持っていたのであった。


「あの〜、俺...入るって一言も、」

「でも、君は入りたくない。でしょ?」


前のお兄さんが俺の気持ちを透かしたように言う。


「君は、中学の時に、野球に絶望を抱いた。だから、今後は全く別のことをしようとするが、大してこの演劇部には、興味は出てこない。あながち間違いではないか?」


彼の言う通り、あながち間違いではない。というよりも、俺の気持ちをそんなにも見透かした彼を恐ろしく思う。


「その顔は、見透かされたって顔だな?フハハ、俺様に任せば人の感情、もとい登場人物の心情ぐらいすぐに見透かせられる。こりゃ、天賦の才ってやつかな?フハハ!!」

「バッカじゃないの?あんたより、純希くんの方が数倍すごいよ」

「...早希さん、あまり僕を褒めないで〜...」


奥のお兄さんは、隠れた。一瞬顔を見たが、赤くなってた気がする。


「おいおい、お前らったら...まあ、ええや!とにかく、一回俺らの演技、芝居を見てくれや!すぐに気持ちが変わるさ!」


内心、早く帰りたいと思っていたが、少しばかりの興味の方が勝り、少しだけ見ることにした。ここで、自分だけの青春が送れるのか、見るために。後ろに隠れていたお兄さんは少し動き出したのに気づいた。その時、コメディチックのbgmが流れ始めたのだ。そして、照明が暗転して、明転。


●たこ焼きの店主

店主『へいへい、らっしゃっせ〜!!大きくて立派な金たこ焼き焼いたますよ〜!』

お客『...え?いま、なんて、』

店主『おっと、お客さん!もしかして、うちの大きくて立派な金たこ焼き、食べに来たんですか?』

お客『え、いや...そういうわけでは、』

店主『なんだ、冷やかしか...最近、客足が遠のき、赤字続き...苦肉の作として、下ネタに手を染めたのに。』

お客『あ、自覚はあったんだ...っていうか、それだと、逆に客足、遠のきますよ。逆効果です。』

店主『だからといって、どうしたらいいのかわからないんだよ...!!』

お客『...わかりました、私にお任せください!』

店主『え?』

お客『私ね、こう見えて、たこ焼きコンサルタントなんですよ!』

店主『たこ焼きコンサルタント?そんな奴が、何をしに来たのだ?』

お客『だから、あなたのたこ焼き屋を長続きさせますから!』

店主『いや、うち、たこ焼き屋じゃなく、中華料理店だよ!』

音響、チャンチャン♫


終始ハテナでいっぱいだが、少し感心させられた部分もある。脚本はともかくとして、音響のタイミング、そして照明のコントラストはすごいと感じた。まるでここがただの教室ではなく、立派な劇場かのようだ。俺にも、できるかなとさえ思うようになった。


「ふう...やっぱり、台本なしはきついな?」

「そうね、エチュードは結構きついよね。」


なんと、脚本はなかったのだ。まさか、即興でこの劇を創り上げたのだ。脚本はダメだなと思った俺がばかばかしかった。彼らは役者としてはプロ顔向けなのではと思った。


「まあ、これでも、俺ら、アマチュアだ。たまに演技指導に来るとある先生のやつ、見たらお前は必ず度肝を抜くぜ。」

「...あの先輩、ふと思ったのですけど、まだ名前言ってませんよね?」


そういやすっかり忘れていた。この素晴らしい演技に感銘を受けすぎて、少し冷静でいられなくなってるようだ。ここに新たな世界がある。ここにいれば、俺はあの時と違う青春が得られるのではないかとさえ思うようになった。


「俺は、成瀬孝典。ふつうに、孝典って言ってくれ!」

「私は、更科早希。みんなから、早希ねぇって言われてるよ。あと、あそこの隠れている人は、影宮純希くん。恥ずかしがり屋だけど、音響照明の知識はぐんと抜いているわ。」

「(遠くより)...影宮純希です」

「この3人で、この演劇部は成り立っている。そして、そこの少年は、昨日に入った、」

「緑丘煕!驚いた?実は、すでに入部しているのです!まあ、姉貴のコネで...」

「おっと、それ以上は言うなよ?」


この高校の入部は必ず入学式後だ。今日初めて、入学式を終えたので、これはれっきとした校則違反。だが、別にどうでもいい。


「さあ、入ってくれよ?頼む!」


四人の目により、断りにくい空気を作り出す。でも...いや、決心した。


「...わかったよ、そんなに入って欲しいなら、入ってやる。だが、一つ条件がある!」


一同喜びの目をしたが、すぐについさっきの目に戻る。


「俺は、役者はしない!人前に立つなんて、恥ずかしくてできないから...」


一同はどっと笑い出した。なんだそんなことかとばかり考えている様だ。


「良かったじゃない?純希くん、後輩できたよ。」

「...良かった」


後ろから覗き込んでた先輩は顔をあからめて、隠れた。その教室は瞬く間に笑いに包まれた。

これからの青春と僕の決断が間違いでないことを祈って。

その後、簡単な演劇ワークショップを多数やって、一同は笑いの渦に包まれた。


その笑い声の中、そしてその外、一人の少女が立っていた。しかし、すぐに逃げるように行ってしまった。一筋の涙を留めて。



雲はなくなり、真っ暗闇になった。最終下校の放送が入る。いつの間にか俺は、最終下校の時間までこの演劇部員と一緒にいたのだ。そして、扉があいた。そこに立っていていた鬼面形相の女教師。緑丘明梨だ。演劇部員一同、顔が真っ青になっているの気がついた。


「あんたたち...勧誘は三日後って、言ったでしょ〜?」


本当の鬼は実在したのだ。そう思えるほどの顔。先輩方もとい、煕も...


「煕は別枠として、新入生、勧誘は3日後の新入生勧誘会でやるのよ!それなのに、先に彼を勧誘して...部活停止されるわよ!生徒会のゴミクソ野郎に!」

「...ま、まあ、バレなきゃ、」

「あ?」

「いえ、すみませんでした!」

「まあ、別にいいけど...わたしの仕事、増やした罪として、明後日の通しはなし!通しとか無しで、本番に勤しみなさい!!」

「え?先生、それは...」

「なんか、文句ある?」

「いえ...」


先輩達の背中が惨めに見えてきた。おそらく顧問の先生のようだ。そして、明梨先生の形相がそのまま俺の方を向いた。そして、俺の方を向くごとに他所向きの顔になって、話しかけてきた。


「ごめんね〜あいつら、勝手なことして...」

「いえ、別に構いませんよ。なんか、楽しそうな雰囲気で良さそうですし、」

「でしょ?だったら、入部してくれる?まあ、入部届は3日後の新歓後になるけど。」

「あ、はい...入ります...」

「...言ったね?」


徐々に先ほどの顔になっていくのに感づいた。

その後、俺たちがどうなったのかは分からない...



雲のない真夜中の電車、家の方向が同じだと煕と一緒に帰っている。そこで、少し気になったことを問いてみた。


「なあ、今日、はじめに喋っていた女の子は誰?」


少し動揺したような気がしたが、何の躊躇なく話してくれた。


「あいつは、青谷世奈。元天才子役と謳われたただの少女だ...」

「そんなやつと、知り合い?」

「ああ、幼稚園からの腐れ縁さ。あの時から、超有名だったから、優越感に浸っていて、同級生から忌み嫌われていたよ。でも、中学2年の夏に、彼女...演技をしなくなった...」


中学2年の夏、俺が絶望した時と重なっていて、俺も少しつらくなった。


「年齢を老うことに、人気が下がりだすように、彼女を批判するようなコメントがネット上で書き出され始めた。そんな最中に事件は起きた。」


事件?俺は、一つの心当たりを思いついた。それが合ってるのか、わからないが問いてみた。


「超人気子役ストーカー殺傷事件...」

「...知っているのか...」

「連日、ワイドショーで話題になっていたから...」

「メディアの言ってることは、半ば嘘を言ってる場合があるよ...彼女はただ殺傷されただけでない、ネットでも言葉の刃物により傷つけられていたのさ。だから、彼女は芸能界を引退、普通の暮らしに戻るようになった。でも、未だにその名残は取れない。人間不信と芝居に対して恐怖を感じるようになった。俺は彼女を助けたい...!!でも、どうにもできなかった...」

「...俺も、中2の夏に未来に絶望を感じたことがあったが、それは壮絶だな...」

「彼女の本心は俺には、わかる!!きっと”もう一度、あの舞台に立ちたい”って...!!」

「...なあ、先輩の劇を見せてあげたら?」

「え?」

「俺とは比類ないぐらい大きな絶望を持ってるけど、俺は先輩のあの劇を見て、何か救われた気がした。だから...!!」

「でも...」

「諦めないでくれ!お前は彼女の何なんだ?」


彼は黙ってしまった。少し他人事に首を突っ込みすぎたと心の中で謝罪をする。

でも、本当に思ったことが口に出てしまった。ただそれだけのことだ。


「...俺は、確かに諦めていたかもしれないな。でも、先輩らだけでは...無理かもしれない...」

「...これは父さんから言われた言葉だが...”自分が諦めたら、周りも諦める。周りが諦めたら、自分も諦める。それが集団で生きている人間、人生そのものさ”って」

「自分が諦めたら...そうかもな。先輩たちなら、何とかしてくれるかもしれないな。よし、帰ったら、先輩に相談してみる。」

「それなら、良いかもね」

「ありがとう...」


その後は何も関係のない世間話や連絡交換の話で終わり、帰路を終えた。

そして、明くる日、事件は起こったのだ。



俺が学校に着いたとき、何やら中庭で大勢の生徒、先生がざわついているのが目に見えた。その集団は、何やら上を気にしてる様子だったので、上の方を見上げる。そうすると、屋上のフェンスの外に、一人の少女が立っていた。そして、集団の中の一人の少年が叫ぶ。


「...世奈!お前、一体何やってんだよ!!!!」


煕と世奈のようだ。雲行きが怪しくなってきた空の真下で彼女は落ちようとしてる。そう見えた。


「おい、世奈!!話を聞けって!!世奈〜!!!」

「...ごめん、煕」


そう小声で言ったような気がした。そして、落ちる。

しかし、落ちる寸前手を差し伸べてくれた一人の男がいた。孝典先輩だ。彼がなぜそこにいたのかはわからなかったが、俺はただそこで呆然と見てることしか無かった。


「馬鹿野郎が!おめえ、何、死んじまおうとしてんだ?」

「離してよ!私には、もう生きる希望はないの...」

「生きる希望か...俺は、元々生きる希望ってのは、なかったさ。10年目に...でも、俺は生きている。別の人間に憑依してな。」

「は?何を言ってるの?」

「なあ、演劇部に入れよ。楽しいぜ?」

「...いやよ、もう舞台で芝居、したくない...」

「そうか、そうか...こりゃ、手強いな。だったら、今死ぬのは、やめてさ、2日後にある新歓に来てくれよ!そこで生きる希望はいくらでも与えてやる!だから、今死ぬのは、やめろ!」

「2日後って...そんなの待てるわけないよ」

「...下を見ろ」


彼女はぶら下がりながらも、怯えた表情で恐る恐る下を見る。そして、煕と目が合った気がした。


「あ、煕...」

「あいつは、お前を救けたいんだとよ。昨日、あいつが話しに来たんだ。昔の頃のお前をもう一度、見たいって!だから、先輩、どうにかお願いしますって...良いファンじゃねえか?良かったな。」

「煕...」


彼女は急に死ぬのが怖くなった人間味溢れるような表情をした気がした。だから、先輩は思いっきし屋上に持ち上げた。彼女の自殺は未遂に終わった。ただ、後で話したところ、2日後の新歓で先輩は彼女に生きる希望を与えるというハードルが加わったそうだ。

そして、下の彼は一つだけの涙を流す。


「...あの、あなたの名前は?」

「あ〜...俺は、成瀬孝典!演劇部部長、そして、いつか最高の役者になる漢だ!」

「そうですか...」


彼女は、ただ無気力な顔で何かを訴えてくるような顔をしたと先輩はのちに語る。そこで、先輩が思ったことは”何かを決心した”と語る。しかし、このことは一切何も言ってくれなかった。ただ一つ言えることは、彼の夢につながる何かだということ。


■2日後


新入生勧誘会の日になった。場所は学校の講堂、有名な建築家が設計したらしいがそんなに興味は湧いて出てこない。そこでは、運動部の10部、文化部の10部の計20部でそれぞれ何かしらの出し物をするらしい。演劇部は毎年いつも最後になるという。なぜなら、一本の小劇をやるのに、最低でも5分はかかるから。そして、新歓が始まる。初めは運動部部門、サッカー部から始まり剣道部で終わった。次に文化部部門、漫画研究部から始まり、そしてついに始まる。2日前の出来事があったおかげか少し新入生一同はざわつきだす。自分の席の左方向、一番端に彼女は座っている。果たして、彼女は救われるのか。俺はあまり彼女のことを知らないにもあげく、胸が引き締まる思いである。俺がこんな思いをするので、さぞ彼は気が気でない思いでもしてるのだろうと彼が座ってるであろう席の方を向くが、なぜか彼はいなかった。

さあ、始まる。

緞帳が上がり、照明が差す先に一人の少女がいた...


●キボウ


少女『...誰も、私に構わないで!!』

(暗転)

おじさん『(暗転の中)お嬢ちゃん、君はきっと強いヒトだ。とても強い信念を持つ立派なヒト...ただその信念が強すぎて、一度折れてしまったら、修復するのは難しいだろう。(明転)でも、君はネットでしか叩かない奴より素晴らしく立派で、最高なヒトだ!!だから、諦めるな!!いつでもおじさんがついているよ...』


少女『(泣きながら)...私はダメな子、ダメな子...』

おじさん『お嬢ちゃん、君は一切ダメな子でも何でもないよ』

少女『...おじさん、誰なの?』

おじさん『私か?私は、お嬢ちゃんの味方だよ』

少女『味方...私、味方なんて欲してない!!もうやめてよ、味方味方、うるさいんだよ!!もう、ほっといていてよ...』

おじさん『...ゆうちゃん、おじさんは味方だよ』

少女『...!?なんで、私の名前...』

おじさん『最後に優ちゃんの顔を見られて、本当に良かった...幸せに生きてね、バイバイ(はける)』

少女『え...あの!あなたは...?私、幸せに生きられないよ。どうしたら...』

少年『優ちゃん!』

少女『あ、まさる君!どうして、ここに?何で来たのよ?』

少年『...変なおじさんの後を追ったら、優ちゃんがいたんだよ。』

少女『...そう...』

少年『なあ、優ちゃん、何かに怯えているような顔だよ。僕で良いから、言ってくれないか?』

少女『...(はけようとする)』

少年『(手を握る)お願いだ!僕はいつでも、君の、』

少年『もう離してよ!私のこと、もうほっといてよ!』

少年『嫌だ』

少年『もう、どこかに行ってよ!あんたなんか、嫌いだから!』

少年『嫌だ』

少女『もう...』

少年『...優ちゃん、今から、話すことは真実だ!僕、優ちゃんのことが好き!ずっと好きだったんだよ!』

少女『(驚きと嬉しさと悲しみの表情になる)』

(暗転)

おじさん『私の演劇部では、このような人生にとって大事なことを別の人物を創り上げ、表現して、伝えます!そして、今回やった劇は、ほんの一部です。すべての物語がわかる時は、今年の演劇の全国大会で上演予定です。

甲子園より遠い場所の光の先で私たちは...目指せ、表現の甲子園!!(明転)Tell to come inside心の内へ伝えろ!!!』



演劇部の新歓は終わった。その瞬間、大勢の生徒からきらやかな拍手が浴びせられた。まさかあいつも出ていたなんて思いもしなかったが。さて、彼女の心にはどう響いたのか。俺には、これからの演劇部生活に”希望”が満ち溢れている気がしたのだが、彼女は一体どう感じたのか。

ここから、俺たちの物語はどうなっていくのだろうか...

夢を追い越す青春?夢が破綻する青春?それとも、ただ日々を過ごすだけ?



それから、俺はその演劇部に所属して、高校生活の毎日を同じ仲間たちとともに過ごした。合宿や自主公演、そして先輩たちとの別れ、新入生との出会い...様々な思い出が想い起こされる。そして、ついに俺らは演劇のトップへ昇り詰めようとする。

俺が夢見たあのに!!

舞台に立つ茶髪の少年と黒髮ショートの少女を輝かせて!

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