必要なもの


マイリィの店を出た三人は、「じゃあ次は防具屋さんに行きましょ」とアルフォンソに誘われて大木の傍に戻って来ると表通りに並ぶ店の一つに入っていく。


「あら! アルフォンソ。久し振りじゃない」


 防具屋に入ると、マイリィと同じ背丈で少しばかり細身の女性ドワーフが嬉しそうに出てきた。

 頭には三角巾を付け、淡い色合いのピンク色のエプロンを着けている。


「ほんと久し振りね、レイニー」

「全然遊びに来てくれないんだもの。お茶の準備出来てるのに。あ、そうだ。今日はお茶をして行くでしょ? ね?」

「あらぁ、せっかくなのにごめんなさい。今日はお茶をしに来たんじゃないのよ。この子たちに防具を見繕ってもらいたくって来たの」


 そう言ってアルフォンソが稔たちを案内すると、レイニーと呼ばれたドワーフはまるで今初めて気が付いたとでも言うような、驚いた顔をして見つめてきた。


「この子たち、影の住人じゃない!」

「そうよ。私が連れてきたの。さっきこっちに来たばっかりよ。仲良くしてね?」

「……」


 にっこりと笑うアルフォンソに対し、レイニーは稔の顔を見た瞬間先ほどまでの朗らかな表情とは打って変わり不機嫌そうな顔を見せた。

 稔にはそれがなぜなのかが分からず、ただ首を傾げるしかなかった。


「……しょうがないわね。今回はアルフォンソの頼みだから仕方がなく聞いてあげるけど」

「ごめんなさいね。こっちがノルで適性はソルジャーなの。そっちの子はソラでシーフよ」

「ふ~ん……」


 あまりのその態度の変貌に、美空は稔の服の裾を引っ張る。

 稔はそれに気付いて美空に視線を向けると、美空もまたとても不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「何あいつ……態度コロッと変えちゃってさ。露骨過ぎない?」

「……うん。そうだな」

「ああ言うやつってさ、クラスに一人はいるよね。人の見かけとか何となく気に入らないだけで一方的に攻撃してくるやつ。あたしそう言うやつ大嫌いなんだけど」

「み、美空、聞こえるよ」


 よほど腹が立ったのだろう。美空は物凄く不機嫌な表情を浮かべて文句を言う言葉が自然と大きくなり、稔は慌ててレイニーを見る。だが、彼女はアルフォンソと二人でカウンターで色々な防具を見て話をしている為、こちらに気がついてはいないようだ。


 美空は昔からそうだ。正義感が強く、訳も分からず人を攻撃することをとても嫌う。


「稔もさ、優し過ぎるんだよ。さっきの態度ムカつかないの?」

「そりゃムカつくけど、ここで事を荒立てたら防具売って貰えないかもしれないじゃないか。それにアルフォンソの顔だって潰すことになるかもしれないし……」

「はぁ? そんな人の顔色ばっか窺ってたら良いように利用されるかもしれないじゃん。あたし、そう言うの嫌だからね」

「美空……」


 つい大人のように立ち振る舞ってしまう稔に、美空はじろりと睨みつけながら頬を膨らませる。そんな彼女に何も言えなくなった稔が困っていると、アルフォンソがこちらを振り返って手招きをしてきた。


「ソラ、ノル、良さそうなのがあるわよ」

「……」

「あら、どうしたの?」

「べ、別に何でもないよ。ほら、美空行こう」


 黙り込んだ美空の手を引いて稔がカウンターに近づくと、何も知らないアルフォンソは二人の空気の悪さに首を傾げるが、稔は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 レイニーもまたムスッとした顔のまま、そんな稔の前に選んだ防具を差し出してくる。


「まず、ノルって言ったかしら。あなたにはこれを売ってあげるわ」

 

 差し出されたのは、肩胸を覆う頑丈ながら軽い革製の胸当てと、やはり片方のみ肩を守る肩当て。そして剣の鞘を収めるホルダー付きの腰当てだった。


「あなたたちの所持金の話は聞いたし、スキルは赤子同然だってことも聞いたわ。そう考えるとせいぜいこれが限度ね。アルフォンソの顔利きって言うのもあるし、本当なら2万ペアンのところを1万8千ペアンで売ってあげる」

「あ、はい。じゃあお願いします」


 稔がそう言ってお金の入った袋を取り出し、マイリィの時と同様に必要な分だけを取って貰う。するとレイニーは今度ソラに対しても防具を差し出して来た。


「あなたシーフだって言うじゃない? あんまり重たいものを身に着けられないだろうからこれで充分だわ」


 差し出されたのは稔と同じ肩胸を守る胸当てとバンダナだった。


「……ショボ」

「何よ。文句あるって言うの? だったらそのまま戦場に出ればいいわ。もっとも、そのままじゃ致命傷にな……」

「ああああの! すいません、それ下さい! 幾らですか?」


 バチバチと散る火花が大きくなりそうで、稔は慌てて二人の間に割って入った。

 二人の険悪なムードを何とかしようとするが、レイニーもまた稔を物凄い剣幕で睨みつけながら「8000ペアン」と吐き捨てるように言った。


「あ、分かりました。お願いします」


 8000ペアンを支払い、稔は美空の手を掴んで慌てて店を飛び出すと大きなため息をこぼした。


「い、いくら何でもあれはダメだろ」

「だってムカつくんだもん。あいつ、一発殴ってやった方がいいと思う」

「だ、ダメだよそれは。いくら何でも手を上げたら美空の方が悪くなるんだから」


 慌ただしく店を後にした二人を追って、アルフォンソが店を出て来る。

 慌てふためく稔に不機嫌な美空を見て目を瞬いたアルフォンソは、ぽんと二人の頭の上に手を置いてにっこりと微笑んだ。


「さ、これで武器と防具が揃ったわね。ついでにレイニーにあなたたちの仕事先も紹介してもらったから、今日はそこに挨拶に行ってから宿に行きましょ」


 何も気付いていないかのようなアルフォンソは、二人の手を掴んで仕事を紹介してくれたと言う場所まで歩いて行く。

 稔が紹介された場所は鍛冶屋だった。溶鉱炉に溶かす鉄くずを運び入れる仕事で、一日当たり150ペアンの手当が出ると言う。熱さと重労働であると言う事で、比較的賃金の高い仕事先ではある。早速明日から働くことになった。


「ここならノルの筋力トレーニングにもなるし体力も付くから一石二鳥だわ。次はソラよ。あなたにはちょっと大変な仕事かもしれないわね」


 そう言って連れて来られたのは、稔の働く鍛冶屋から大通りを挟んで斜め向かいにある酒場だった。お客さんの注文を取ったり運んだりしながら、調理の手伝いをすることになっていた。この酒場は酒場とは言え、昼夜問わず開いている。


「えぇ~? こんな仕事出来ないよ」

「あら、必要なことよ? お客さんの相手をしながら、相手がどういう人でどんな癖があるのか、あとは色んな情報を得る事が出来るわ。あとは、簡単な処世術ね」

「処世術?」

「そ。上手く世の中を渡っていくための技を学ぶのよ。分かってくればずっと今より楽に物事が進められるはずだわ」


 バッチリとウインクをするアルフォンソに、美空は「うえ~……」と顔を顰めていた。

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扉の向こう 陰東 愛香音 @Aomami

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