ベイビー・マイ・スコーン

門前払 勝無

第1話

「ベイビー・マイ・スコーン」1


 季節外れの豪雨の中ー。

 僕たちは市役所の裏口から狭い通路を通り、小さな窓口で婚姻届を出した。

 警備員のおっさんが「おめでとう」とニッコリした。


 僕達は繋いだ手に力を込めた。


 僕のうちは表が駄菓子屋で裏がスナック、昼は近所の子供達が毎日たむろしている、夜は近所のおっさん達がたむろしている。店先のイーアルカンフーが人気で上手くなることが子供達のステイタスになっている。スナックは母親が経営している。

 母子家庭で育った僕は、一応不良をしていた。一応と言うのは荒れ暮れた少年時代を過ごしておけば何かと話題は作れると母から教わったのである。


 昼頃から夕方まで駄菓子屋をやって、夜になると母親のスナックの手伝いをしている。プラプラした生活である。

 酒とタバコはやるが、ギャンブルはやらないー。


 銀杏の葉が落ちる頃に昔からの友人のタカシから合コンの誘いを受けた。急遽、欠員が出たから来てくれとの事だった。

 滅多に繁華街へは出掛けないのだが、その日はなんとなくオッケーした。


 合コンは個室になっている居酒屋で行われた。

 男が僕を入れて三人。女も三人。全員どこにでも居そうな人達だ。

「コイツ、俺の小学校からの同級なんだけどね。めっちゃ不良だったんだよ」

タカシが僕の昔を語りだした。

 女達は僕を見て目を丸くしている。

「長ランにボンタン履いててさ、タバコくわえながら授業受けてたよ」

タカシが勢い付いてきた。

「隣の中学に一人で乗り込んで不良を一人づつタコ殴りしたりさぁ…駅前のゲーセンを仕切ってて暴走族も挨拶に来るような奴だったんだよ」

「怖い人だったんですね」

一番化粧の濃い女が言った。

タカシが頷いた。

「…てか、お前なんでその服できた?女の子と合コンって言わなかったっけ?」

「言ってたよ…」

「なんで、寝癖!そしてスウェット!」

「寝坊したからだよ!うるせぇな…」

タカシが舌打ちをした。

 女達は笑っている。

「小判さんって珍しい名前ですよね?」

二番目に化粧の濃い女が言ってきた。

「母親がカートコバーンが好きで、俺は加藤だから小判…カート…コバーンって事ですよ」

「じゃあ、彼女はコートニーを探さないとですね…」

気合いが良からぬ方向へ行った化粧をしている三番目の女が言った。

「コートニー何て言う名前は中々居ないでしょうね」

「ですね」

女は笑っているー。


 モモとの出会いであった。


 モモはお菓子屋になりたくて田舎から上京して、夢を諦めて東京でなんとなく暮らしていると言っていた。

 俺とモモの付き合いも“なんとなく”であった。モモには男がいて、つまり俺とは浮気の関係であった。


 母親はモモを気に入っていて、うちに来るとスナックを休んでモモと俺と母親でスコーンを作ってお茶会をするのが定番になっていた。

 モモは唯一スコーンだけは拘っていた。俺もモモの作るスコーンが大好きで色んなリクエストをして色んな種類を作って三人で食べた。


 キン消しパート21の発売日ー。

 俺とモモは試しにスコーンを子供達にあげてみた。皆が喜んで食べてくれて、何人か持って帰ってくれた。


 その夜はモモは嬉しそうに、でも悲しそうに帰っていった。ラム酒に浸けたドライフルーツのような甘さの中にアルコールの刺激のある夜であった。

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