第30話〈エール〉1

ライブ当日、この日は朝から忙しかった。


メンバー全員で自分達の機材搬入を終えると、マイクテストと音合わせのリハーサル。


先輩バンドに挨拶周りと機材の搬入手伝いをしている合間に、自分達が呼んだ客と場所等の電話のやり取り。


とても休憩する時間なんて無かった。


「お前ら手伝ってくれてありがとうな!今日は一緒に盛り上げようぜ」


先輩バンドの機材を運び手伝う虎太郎達に、先輩達は気さくな笑顔で感謝を伝える。


ライブハウスには会場毎の特色と傾向が有りそれぞれジャンルが違うのだが、其れ故に同じ会場を選んだバンドは好みが似て仲間意識が強い。


この先輩バンドも虎太郎が客として通ううちに、いつの間にか仲良くなった相手だった。


「お前らも頑張れよ、今日は注目されてる高校生バンドを見にレーベルの人が来るらしいからな!」


「ウッス」


意外な程に礼儀正しい返事を返す虎太郎に秋人は大口を開け驚いているが、それだけ虎太郎が先輩の実力を認めている証拠だった。


虎太郎達の出番は二組目。


陽が落ち始めるとライブハウスの周りに客が増え始め、普段は30人も居れば多い位の客が一組目高校生バンドの友達でハウス内は埋め尽くされていた。


「ヤバいっス!めっちゃ客来てるっス!」


「何や?出る前から緊張してんのか!人書いて飲んどけ」


大した問題でもなさそうに虎太郎は雑なアドバイスするが「もう飲み過ぎて吐きそうっス」と答えるマルの顔は笑えない位に青ざめている。


「来てたか?」


マルの体調なんてそっちのけで千夏を探す虎太郎は秋人に聞くが「こんなに人多いと見つけられないよ~」と一緒に探す秋人も困り果てている。


一組目のバンドは演奏を始めているが携帯に連絡は無く、渡せなかったチケットは受付に頼み預けるしかなかった。


裏口で次の出番をスタンバイする状況では、これ以上どうする事も出来なかった。


「そろそろ出番だよ~」


緊張を紛らわそうと自分の顔を叩く秋人を尻目に「ステージで見つけるしかないか・・・」と呟く虎太郎は覚悟を決めたようにステージを見つめる。


演奏を終えた一組目の盛り上がりは学園祭さながら異常な程で、鳴り響くアンコールに応え二曲追加演奏した。


 二回目のアンコールは契約時間外でステージを暗転して対応したが、そんな事を知る由もない客はノリのまま盛り上がり続け。


鳴り止まないアンコールはまるでアウェイのように響き、虎太郎達のプレッシャーを跳ね上げていく。


「おっしゃ~!!行くぞ!!」


負けじと円陣を組み気合いを入れ直す虎太郎達に、スタッフが出番を促す。


その間に一組目の客は帰り始める者もいたが、其れを差し引いても溢れる程の客数は虎太郎達にとって大きなチャンスだった。


 虎太郎達四人がステージ上に上がるとメンバーはライトで照らされ、期待と否定を織り交ぜたような観客の視線に晒される。


メンバー内の打ち合わせでは虎太郎の合図で演奏を始めるはずだったが、ステージ上でも千夏を見つけられない虎太郎は歌い始めようとしない。


「虎君・・・、みんな待ってるよ・・・」


不安げに秋人が小声で呼び掛けても、虎太郎は客と向かい合い仁王立ちしたまま動きだそうとはしない。


短いようで長い数分が過ぎ、不思議がりざわめく客を気にする事も無く虎太郎は千夏を待つ。


「お~!演出か」


仲の良い友人客が気を聞かせ声を掛けるが、それすら冷やかしにしかならず。


会場のスタッフが見兼ねて急かすが、それでも虎太郎は自分の意思を曲げはしなかった。


 ライブハウスの扉が開き千夏が来たのは其の時だった。


「すみません、すみません・・・」と満員の客をかき分け千夏が先頭に来ると、拳を突き上げる虎太郎の合図で鈴はドラムを叩き演奏が始まる。


何の動きも無く待たされていたのが効いてか、客のテンションも変わらず高い。


虎太郎が歌いだすと其の歌声に驚く客のノリは更に過熱していく、其れは初ライブとは思えない程の盛り上がりだった。


「dragon diveとjump starでした」


二曲を歌い終えた虎太郎が息を切らしながら曲名を言うと、地響きのように大きな歓声が会場とメンバーを包む。


「気に入ってくれたか!?」


観客を煽るような虎太郎の問いかけに観客達は再び大きな拍手で応えるが、虎太郎の視線は千夏しか見ていない。


「俺と一生付き合ってくれ!!」


客はバンドのこれからに付き合ってくれと勘違いして歓声を上げているが、もちろんそんな意味ではなく。


其の理由はバンドメンバーと千夏だけが理解していた。


 千夏の返事を待つ少しの沈黙がメンバー全員の緊張を高め、其れは千夏にも伝わっていた。


 千夏は周りの客に気付かれないように両手で小さく丸を作り、照れくさそうに頬を赤らめ頷き返す。


「おっしゃ~!次の曲行くぞ~!!」


その場で飛び上がり喜ぶ虎太郎は再び客を煽り、顔を見合せるメンバーは自分の事のように喜び笑顔を見せる。


鈴のドラム音がリズムを刻みだし、演奏の再開を待っていた客が拳を上げ応え。


三曲目を歌いだそうとした虎太郎が大きく息を吸う。


最前列に立っていた千夏が倒れたのは其の時だった。


 ステージから飛び降り千夏を抱き抱える虎太郎。


「早く救急車呼べ!」


マイクを投げ捨てていた虎太郎の叫び声は、まだ気付いていない鈴のドラム音に掻き消され誰にも届かない。


何が起きたのか解らない後ろの客はまだ盛り上がっていたが、ドラム以外の演奏が再開されない事で気付いた客達もざわつき始める。


意識の無い状態のまま千夏は救急車で運ばれ、こうして虎太郎達のファーストライブは幕を閉じた。

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