第7話〈オレンジと男らしさ〉2

「着いたぞココや!」


誘われるまま秋人がシャッター付きのガレージに入ると、虎太郎は原付きに被せていたカバーを外す。


「何かスゴイね‥‥」


あからさまに違法改造を施された原付きを見て、秋人は思わず呟く。


「改造しまくったからな!原付きやけど軽く90は出るぞ!」


誇らしげに虎太郎は原付きのシートを叩く。


二人が食い入るように原付きを眺めていると「それロンや‥‥」と建物の奥からどすの効いた声と、数人の笑い声が聞こえてくる。


「アレッ‥‥?今日家族休みなんだ‥‥」


意識して声を弱める秋人に「いつもやけどな‥‥、ええから行くぞ」と虎太郎は原付きのエンジンを掛けず、押し歩いて外に運びだす。


何故歩いて運ぶのかと秋人は不思議そうな顔をしているが、その事に気付かない虎太郎は説明するでもなく先に進んで行く。


家から見えない場所迄運びきると「もうええぞ!乗れ!」と虎太郎は後部座席を指差し、原付きのエンジンを掛ける。


秋人は少し躊躇うが、断れないのを理解してか静かに乗り込む。


二人が移動した先の公園はガレージが広く遊具が少なく子供も居ない、練習場所には最適の場所だった。


「オイッ、乗ってみろ」


何の説明も無く原付きの鍵を渡そうとする虎太郎に「無理だよ~、教えてくれないと、どう動かすか解らないよ~」と秋人は大袈裟に両手を降って、中々受け取ろうとはしない。


「マジで言ってんのか?こんなもんコレでエンジン掛けて、ココ廻すだけや」


「へ~、以外と簡単なんだね‥‥」


嫌みな発言と気付かず嫌みを言う秋人に「ええから早う走ってみろ」と虎太郎はいらつき急かす。


「解った!行くよ~!」


男らしさのカケラも無く秋人の運転で走りだした原付きは、子供が歩いても勝てる程遅く。


「何やソレ!もっと廻せ!」


大声で叫びながらも、虎太郎は思わず吹き出す。


「そ‥‥!それよりもこれ止まれないよ!」


必死な形相で秋人は何とかバランスを保っているが、虎太郎はその姿を見て余計に腹を抱えて笑い。


「ハンドル戻してブレーキレバー握れ!」


見兼ねた虎太郎の一言で、何とか止まれた秋人の表情は完全に青ざめていて「もう死ぬかと思ったよ~」と力無く原付きにもたれ掛かっている。


「アホか!あんなスピードで死ぬ訳無いやろ!」


虎太郎は呆れ気味だが「でも‥‥、これで大分男らしくなったんじゃないかな~!」弱々しく原付きを降りた秋人は、誇らしげに原付きを見つめ呟く。


「こんなもんまだまだレベル1や!もっと練習するぞ!」


如何にも限界な秋人の状態なんてお構い無しに、原付きに乗り込んだ虎太郎のスパルタ教育は終わりそうにない。


「俺が手本を見せたるから、そこでよう見とけ!」


さも当然のようにウイリーで走りだした虎太郎は、8の字で一周すると後輪を滑らして秋人の前に止まった。


 違いを見せつけられた秋人は唖然としているが「男やったら、コレ位はやれるやろ!」と虎太郎の求める基準は遥かに高い。


「そんなの絶対出来ないよ~」


秋人はバタバタと両手を交互させ否定するが、虎太郎の問答無用な一睨みで再び原付きに乗り込む。


「とりあえず、もうちょっと早く乗れるように頑張ってみるよ~」


宣言どうり少しずつ速度を上げ周回する秋人に「まだまだや~!もっと飛ばせ!それでも男か!」とからかい半分な虎太郎の声援にも熱が入る。


まるで野次のような虎太郎の指導が効果を成したのか、数十分後には秋人の運転もそれなりに様になっていた。


「どう?絶対上手くなったよね?」


やっと原付きを降りて一休みする秋人には思わず笑みがこぼれる。


「まあまあやな!俺の教育が良かったんやろ」


少しは納得出来るレベルに達したのか、タバコに火を着ける虎太郎の表情も満足げだった。


 休憩を終えて二人が虎太郎の家に移動すると、虎太郎は何やらタンスの中を物色し始める。


「座って、ちょっと待っとけ」


もう父親達は居なくなっていたが、ウロウロと落ち着きが無い秋人を虎太郎は無理矢理座らす。


それでも挙動不審なままの秋人は、キョロキョロと室内のあらゆる所を見つめて「へ~、スゴイね~」と呟いている。


「何がスゴイんや普通やろ」


物色する手を止めるでもなく聞く虎太郎に「ほら!ソレとか普通は持ってないよ!」と秋人は無造作に掛けられた刺繍だらけの特攻服を指差した。


「そら~そうやろ!チーム入らなアカンし、金も結構掛かってるからな」


秋人が羨ましそうに眺め続けていると「お前にはコレやるわ!」と虎太郎は雑に衣類一式を投げつける。


「本当に~?お金無いよ~?」


サイズの確認しながらも余計な心配する秋人に「シバくぞ!金なんかええわ」と虎太郎は睨みを効かす。


「着てみろ!俺が中学の時着てたやつやけど、ソレよりは気合い入ってるやろ!」


虎太郎は改めて秋人の着ている服装と見比べ、確信するかのように一人頷いている。


早速ヨレヨレのTシャツと安物のジーンズを脱いだ秋人は、虎太郎から貰った服に着替えるが「それにしても似合わんな‥‥」と虎太郎は確認する為に回転させた秋人を眺め、呆れた表情でため息を吐く。


「ちょっと大きいからかな~?」


秋人は鏡に映る変わり果てた自分の姿を、満更でもなさそうに覗いているが「サイズの問題ちゃうわ!」とその場に倒れ込む虎太郎の様子は、秋人の改造を諦めかけている。


「邪魔するで‥‥」


玄関の鍵がしていなかったとはいえ、竜也はまるで我が家のように虎太郎の家に入り込んで行く。


「どうせ負けたんやろ?」


「何も聞かんといてくれ‥‥」


部屋に入って来た竜也は、不機嫌そうにタバコの火を着ける。


「オイ?どうしたんやイメチェンし過ぎやろ!」秋人の異変に気付いた竜也が笑いだすと「失敗や失敗!」と虎太郎は鼻で笑う。


そのまま竜也に送られて二人は病院に戻ったが、秋人を見る周りの患者達反応は当然のごとく冷ややかなものだった。


「お前‥‥、やっぱりソレ脱げ」


虎太郎は耐え兼ねたのか、ベットでくつろぐ秋人に忠告するが「え‥‥、何で?」と秋人は何も気にしていない。


「さっき看護婦にも笑われてたぞ」


「でも‥‥、これ気に入ってるから」


そう言って全く着替えようとはしない秋人に「お前は変わった奴やな‥‥」と珍しく褒めた虎太郎は、笑いながら貰ったオレンジを食べた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る