第6話 佐須杜さんと隣人

「もしもし」

さて、勝手に電話に出て大丈夫だろうか、私にしては大胆な行動をしているが、それだけ動揺しているのかもしれない。

『え!? あの、どちら様で?』

「驚かせてしまい大変申し訳ございません。私、マルバマンション702号室に住んでおります目島誠司めじませいじと申します』

できる限り穏やかな声を、相手に警戒心を抱かせないような雰囲気を作るように心がける。まさか会社生活で培ったスキルがこんな形で活かすことになるとは思わなかった。

『はあ……。それが何故、えー、人栄さんのお電話に出られているのでしょうか?』

もっともな疑問だ。できる限り正直なことを言おう。

「もっともな疑問ですし、大変失礼なことをしでかしてしまっているのかもしれません。しかし、私としてもどうして良いのか分からず、みっともなくも少々混乱してしまっているようです」

『……何か人栄さんがしでかしてしまったでしょうか?』

彼女の声には怒りが滲んでいるようだが、それが私の方に向いていないことを心から願う。

「恐らく、ヒトエさんと思われる方が目の前で、その、マンションの廊下で倒れていらっしゃいまして。救急車を呼ぶべきかと迷っているところで、お電話が鳴りまして。もしかしたらお知り合いの方かと思い、電話に出させて頂いた次第です」

彼女からは返事がない。一瞬のはずの沈黙が妙に長く感じる。

『うちのバカがたいっへん失礼致しました! 確実に寝ているだけだと思いますので、救急車は大丈夫です!……あの、そちらにすぐに向かいますので、大変不躾なお願いで誠に恐縮の至りで、厚顔無恥なことは重々承知なのですけれども――』

その修飾語の多さから彼女、佐須杜さんが本当に申し訳なく思っているのが良く伝わってくる。彼女が言いたいことは何となく察したので、言葉尻に被せるように私は発言する。

「では、流石に廊下に放置しておくわけにもいきませんので、ひとまず私の部屋に運んで寝かせておきたいと思います」

女性の身体を弄って鍵を探すわけにもいきませんから、私はそう言葉を続ける。

『ほんっとうに申し訳ございません! 恐らく一時間程度で到着するかと思いますので、何卒よろしくお願い致します!』

おそらく彼女は電話に出たまま頭を勢いよく下げているに違いない。若干風切り音が耳に届いたきがする。

「いえ、お気になさらず。では失礼致します」

『はい、重ね重ね申し訳ございません!失礼致します!』

そこで通話は終了する。

「さて、まずは鍵を開けて……運ぶか」

とんだ休日になってしまった。とりあえず、ベッドというわけにもいかないからリビングのソファーに寝かせてあげよう。

と、とても軽い彼女をリビングのソファーに仰向けに寝かせる。彼女は大きなウェリントンフレームのメガネを掛けており顔の印象がそこに吸収されてしまう。しかし、かなり整っているように見えた。

あまり見つめているのもどうかと思うので、とりあえず自分のコーヒーと本を取ってくる。一口飲んだコーヒーはすっかりぬるくなってしまっていた。

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