3 友と敵

 その後、すぐに試験は終わった。敵方が全滅したからだ。

 相次ぐ奇襲をことごとく撃破。もちろんそれは最大戦力であるスヴェン自ら別働隊を率いていたからというのもあるが、何より敵がバラバラで襲ってきたからだった。中には単騎で挑む者もいたほど。

 まったく取れていない統率。策があるかと思いきや、正面の守りもほぼ同じ調子だったらしい。やがてモニターには攻め手側の魔力波長マナパターン信号しか映らなくなった。

 そして教官からの試験終了を告げる号令の元、後片付けの始まり。怪我人の確認や動けなくなった機体の回収などなど。スヴェンたち三人は攻め手側の目的である発信機付きの旗の回収役を仰せつかった。ちなみにそれが、本来の勝利条件の代物。せっかく用意してやったのにという怨嗟えんさのセリフが教官の重苦しい声で頭の中を流れた時、隣から別のやや甲高い声がかかった。


「それにしても、あっけなかったね。二年間の集大成がこれで終わり? って感じ」


 右隣を歩く若い女性が、肩まで伸ばした赤毛をフワリと揺らして首を傾げる。スヴェンと同じ、フード付き黒ローブとカーキ色の軍用ズボンに長靴ブーツの格好。フィー・ヴァレンタインだ。

 最後は対人戦も想定されていたらしく、スヴェンたち三人は魔杖機兵ロッドギアから降りて古城の廊下を歩いていた。


「まぁ俺も、あんまり手応えみたいなのはなかったかな」


 スヴェンは肩をすくめながらフィーを盗み見た。

 冷たい石壁と蜘蛛の巣が張った古い燭台に映える、さみしげな横顔。元気に跳ねる髪が頬に影を落とし、冷たい石の床へ向けるパッチリとした茶色ブラウンの瞳からは光が失われている。いつも威勢よくしゃべる口からは、うれいを帯びたため息。この魔杖機兵ロッドギアパイロット訓練部隊で初めて会った時は少女の面影を残すあどけなさがまだあったのに、こうして見るといかにも花盛りの女性らしくなった。

 しかし、活発な彼女にそんな表情は似合わないと思い、スヴェンは励ますことにした。


「フィーなら大丈夫だろ。最初はどうなるかと思ったけど、後半に調子も上がってたし。きっと一週間後には、俺たち三人とも晴れてマスターだ」


 ギムリア帝国軍の階級は三つに分かれている。

 下がソルジャー。次がマスターで、上がロード。その中でもさらに分けられるのだが、正式な魔導師として認められるのはマスターの中で最も低い階級である「導師」からだ。

 魔杖機兵ロッドギアのパイロットは基本的に導師としてあつかわれるため、三等導士であるスヴェンは五階級も一気に昇進。同時期に軍へ入隊した――そして以前所属していた歩兵部隊でもいっしょの――ジンも同じだ。

 魔導師として、自分たちはこれから破格の待遇が受けられる。もちろん受かればの話だが。


「給料も今の倍なんて話じゃない。戦場でも肩身の狭い思いをしなくて済むし、魔杖機兵ロッドギア乗りなら大抵の人間には威張れるしでいいこと尽くめだ」


 スヴェンは意気揚々いきようようと語った。完全勝利なのだから、攻め手側の訓練兵が落ちることはないだろうと高をくくっていたのだ。導師へ昇進は間違いなし。

 そんな上機嫌のスヴェンに、フィーが首を振る。


「ううん、違うの。そういうことじゃなくて……」


 言葉をにごして、さらにがくりと落ちる首。慰めたつもりだったのに。

 頭の後ろで組んでいた手を放したと同時に、ハッと気付く。


「そうか、フィーは魔導技師マギナー志望だったな」


 魔導技師マギナー。初代皇帝ガーディの知識を継ぐ者たち。わかりやすく言えば技術屋兼学者だ。

 魔導技師マギナーになるためには魔杖機兵ロッドギア乗りとしての資格がる。ゆえにマスター階級の軍人でもあったのだが、彼らは専ら研究などに精を費やし、出世などには興味がない。もちろん戦場に出ることも。

 だから彼女に戦場の話や、威張れるどうのこうのなんて慰めは的外れだ。ましてや金の話など。


「でも、やっぱり良かったじゃねぇか。これで夢に近付けたんだから」

「うん……まぁ、そうなんだけどね…」

「? そんなに不安か? お前はそこまで当落線上じゃなかった気が――――いっ!?」


 に落ちない彼女の様子をいぶかしんで見つめていると、左の脇腹に衝撃が。

 ジン・ヘンドリックスの肘打ちだった。


「相変わらず鈍いな。こと、戦闘以外に関しては」


 同じ格好をした、砂色の髪と青い瞳をもつ青年。短く刈り込んだ髪型は精悍せいかんさよりも幼さを際立たせ、したり顔の似合うその顔立ちはどこかいたずら好きな少年のようにも見える。

 痛む脇腹を押さえたスヴェンは、ニヤニヤ笑うジンへといら立ちのままに尋ねた。


「どういう意味だそりゃ」

「そっとしといてやれって。フィーはさ、感傷に浸ってんだよ」

「感傷?」

「訓練部隊は解散だろ? 離ればなれってやつさ」


 スタスタと前に出たジンの方を見ると、中庭の背景が目に飛びこむ。

 欄干らんかんの向こう側には同じ廊下と、間に吹き抜けの大きな庭。そこには石畳が敷き詰められており、日差しが差しこむ荘厳そうごんな雰囲気はまるで舞台。ぐるりと囲む三階建ての建物の廊下がすべて観客席にでもなっているかのようだった。


「あぁ、そうか。でも同じ魔導技師マギナー志望のやつは結構いたし、そこまで落ちこむことじゃ――」

「バカだなお前はほんと」


 ジンが鼻で笑う。地下への階段を先に下りるその背中を蹴飛ばしてやろうかと思ったが、自分がを下すまでもなかった。


「フィーが離れたくない相手なんてそんなの、どっかの鈍い誰かさんに決まって――」



――ドンッ、ガラガラガッシャーン!



「みんなだから! みんなと離ればなれになると、さみしくなるなって! ね!?」

「……そ、そうか」


 鬼気迫るフィーの様子にたじろぐも、まぁ元気になったみたいで良かった、とスヴェンは思うことにした。ひとり犠牲になったが。

 そしてその犠牲者へ、階段の上から声をかける。


「ジン、大丈夫か?」

「ダメっぽい……」


 しゃべったのはたる。もとい、たるに頭から突っこんだジン。そうか、ダメか。惜しいやつを亡くした。

 突き落とした張本人が「キャーッ! ジンごめーん!」と叫んで階段を駆け下りるのを見送りながら、スヴェンは鍵杖キーロッドに備わる通信機能で負傷者の追加を報告した。






 担架で運ばれることのなかったジンが、頭に巻いた包帯のあまりを揺らしながら言う。


「だいたいさ、感傷に浸るのはまだ早いと思うぜ?」


 松明たいまつが灯されていた薄暗い廊下に映るのは、肩を落としたフィーの影。


「すみません、反省してます…」

「いやフィーのことじゃなくて……」


 スヴェンは渡された地図から顔を上げ、沈黙する場に顔を向けた。いたずらっ子のようなジンの目つきがこちらへ。


「……俺?」

「そーゆーこと」

「別に、感傷になんかひたってねぇよ」

「でもちょっと浮かれてただろ?」


 それについてはぐぅの音も出ない。


「浮かれたっていいだろ。合否はともかく、これでやっと訓練じごくが終わるんだ」


 合否は明日、言い渡される。それからそれぞれの配属先が決まるまで、一週間ほど基地で待機。つまりひと時の休暇だ。

 落ちた人間はすぐに去らなければならないが、少なくともこの二年間で味わった地獄のような日々からは解放されるだろう。


「違う違う。俺が言ってんのはそーゆーことじゃないんだなーこれが」

「いちいちもったいぶるなよ。お前の悪いとこだぞ、それ」

「お前の悪いとこはその鈍感さだな」

「そればっかしつこすぎ……おい、何うなずいてんだよフィー」

「うぇっ!? い、いや、なんでも…」


 ひとにらみするとフィーは慌てて下を向き、ジンは肩をすくめて先頭を歩き出した。


「守備側のやつら、動きがバラバラだったろ?」


 狭い地下通路にジンの平坦な声が反響する。

 怪しげな、秘密の地下通路。地図どおりに向かってはいるものの、本当にこの先に例の旗とやらはあるのかと不審に思う。守備側は悪の秘密組織か何かという設定だったのだろうか。


「バラバラというか、みんな勝手にやってるって印象だったな」

「そう、みんなアピールに必死だったんだ。少数で徒党を組んでるのもいたけど、まぁ……船頭が多いとなんとやらってやつだな」

「でも、守備側の指揮官は確か……」


 言葉を切り、チラリとこちらの様子をうかがうフィー。ジンは楽しそうだ。

 スヴェンは思いきり顔をしかめた。


の話はやめろよ」

「だからの話をしてんだよ、さっきから」


 ジンが手でひさしを作り、廊下の先を見通す。曲がり角だ。「俺の予想だと、この辺り…」とつぶやく彼を追い抜き、その背後にフィーがついてくる。


「絶対スヴェンに突っかかってくると思ってたのに、姿も見せなかったね」

「守備側の指揮官だからな。下手に動けなかったんだろ」

「違うね。あいつは放棄したんだ」


 ピタ、と立ち止まって振り向けば「わぷっ!?」とフィーがぶつかってきた。

 鼻を押さえる彼女を間に挟んだまま、ジンへ尋ねる。


「放棄って……指揮官をか?」

「いや、試験自体をさ」

「え!?」


 フィーの大声に揺れる松明たいまつの火。明かりが伸び、廊下の先の曲がり角を照らした。

 彼女がそのまま呆然と問う。


「そんな……なんでそんなこと?」

「それはもちろん――」



――カツッ…。



「! 待てっ…!」


 靴音が聞こえ、鋭く制止。思わず伸ばした手がフィーをかばう。


「ス、スヴェン? いきなりどうしたの?」

「しっ…! 誰か来る…!」

「え…?」


 怯えたフィーが背中に隠れ、こちらのローブをギュッと掴みながら前方の様子をうかがう。スヴェンもいっしょに目を凝らした。

 曲がり角から伸びる影。段々と、確かな足音まで聞こえてくる。

 そして緊張感のない声でジンが言うと――


「そら、おいでなすった」



――カツンッ!



――ブーツの固い底を鳴らし、その人物は姿を現した。


「待っていたぞ、スヴェン・リー」


 こちらと同じ格好。すでに外で点呼を行っているはずの訓練兵。怪我で取り残されたかと思ったが、そんな様子は微塵みじんもない。遠くからそれがわかるほどにその人物は居丈高いたけだかで、暗闇でも輝くその銀色の長い髪とともに異様な気迫を放っていた。

 近付くにつれて見える相貌そうぼう。細身で背は高く、中性的で、男にしては美しすぎる顔立ち。

 全員に心当たりはあったが、スヴェンはいち早くその名を口にした。


「アルフレッド・ストラノフ…!」


 眉をひそめ、歯ぎしりでもしそうなその呼び声に満足げな様子を見せ、アルフレッド・ストラノフは高らかに宣言した。


「これで最後だ、スヴェン・リー……さぁ、決着をつけようか!」

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