天使の中の悪魔たちと、悪魔の中の天使たち

ちびまるフォイ

天使と悪魔の議論

あるき回ったすえに、道路に財布が落ちているのを見つけた。

男が財布を手に取ると頭の中に天使と悪魔が浮かび上がる。


「きっと誰かが財布を落としたのでしょう。警察に届けないと」


と天使。


「バカ言え。警察なんか届けたら金は手に入らない。

 中身だけ抜こうぜ。どうせバレやしないさ」


と悪魔。


「そんなことでお金を得てなんになるというのですか」


と天使。


「そのアドバイスするのが本当にこいつのためになるのか」


と、天使の中の悪魔が言った。


「なりますとも。私は天使として人間の善行を助言する役割があります」


と、天使の中の天使が言った。


「それは天使としてわかる。でももっと具体的な事を言うべきなんじゃないか」


天使の中の悪魔は、天使の中の天使に対して反論した。


「具体的とはどういうことですか」


「お財布を警察に届けることでのメリットを伝えるべきだ。

 そうすることで気分が晴れるよ、とか。持ち主が喜ぶよ、とか」


「そういう見返りを求めるような形で人間にアドバイスすることは、

 真の善行をさせることにはなりません!」


「理由も話さずに"財布を警察に届けましょう"と悟らせても、

 悪魔に行動権を奪われたらなんの意味もないです!」



「おふたりさん、ちょっといいかい」



「あなたは……悪魔の中の天使!?」


天使の中の天使と、天使の中の悪魔の会話の中に

悪魔の中の天使がわって入ってきた。


「そっちもそっちでもめているようだが、

 悪魔のこっちもこっちでもめているんだ」


「どういうことですか」


「財布から金だけでなく身分証すべてを抜くのがいいと、

 悪魔の中の悪魔は言っているんだが、悪魔の中の天使の俺はさすがにそこまではせずに金だけ抜くべきだと思っているんだ」


「そんなのどっちもどっちじゃないですか」


「それはこっちのセリフさ。

 あんたら天使が言い争っている内容も同じに聞こえる」


「いいえ! これは真の善行とはなんなのかを決める大事なことなのです!」


「どっちでも最終的な結論が同じになるなら、

 その伝え方なんてどうでもいいじゃないか。

 天使がふたりもごちゃごちゃ話しているからうるさくてかなわない」


「私達だって、悪魔の中の天使と悪魔の中の悪魔が話していることで

 どうにも気が散って話がまとまらなかったんですよ」


「なんだ、俺達のせいだっていいたいのか」


「そうは言っていません」


天使の中の天使はそういったが、


「そのとおりです!」


天使の中の悪魔は断言した。



「ややこしいんだよ! 頭の中に天使がいるから、この男は優柔不断なんだ!

 こうなったら天使を追い出してやる!!」


と、悪魔の中の悪魔は叫んだ。


「そ、そこまでしなくていいんじゃないか。

 天使と悪魔が両立しているからこそお互いの存在感が出るわけだし」


と、悪魔の中の天使はブレーキをかけた。


「あなたはどちらの側なんですか!」

「お前はどっちの味方なんだよ!」


天使の中の悪魔は、天使の中の悪魔に詰め寄り

悪魔の中の悪魔は、悪魔の中の天使へと掴みかかった。


そのとき、まばゆい光が空から差し込み神様が降り立った。


「この声が聞こえますね……無用な争いはやめるのです」


「か、神様!?」


天使の中の天使と、天使の中の悪魔は大いなる存在に姿勢を正した。

悪魔の中の天使と悪魔の中の悪魔も思わず頭を下げる。


「我々の目的を忘れたのですか。

 この人間に考える方針を与えて真の結論を引き出すのが目的。

 どれだけ自分の意見が正しいかを揉めることではありません」


「おっしゃるとおりです、神様」


「しかし、どうにも話がまとまらなくて……」


「ああ、神様。こんなおろかな私達のかわりに今回は結論を出してくれませんか!?」


「しょうがないですね。今回は私が完璧なる結論を出しましょう」


神様はまだまだ未熟な天使と悪魔たちに変わって、頭の中の声の発言権を得た。


「人間よ、この声が聞こえますね。私はあなたの頭の中の神です。

 今拾った財布をどうすべきか悩んでいることでしょう」


神様はすべてを見透かしたように語りかける。


「その財布はそのまま道においておくのです。

 財布をなくした人は慌てて同じ道をたどることでしょう。

 警察に渡してしまえばたらい回しにされてますます見つかりにくくなる。

 

 あなたはその財布を見なかったことにし、そのままにしておくことが

 あなた自身をはじめ落とした人にも得となる完璧なる結論です」


善行でも悪行でもなく、誰もが得をするありがたい言葉を神様は述べた。


「さあ、私の完全無欠なる言葉に従うのです」


神様が念押しすると、財布を拾った男はやっと動き始めた。




「財布落としたことすぐに気づいてよかった」


男は道に落とした自分の財布を拾って、ポケットに入れた。

見当違いな完璧なる結論を述べた神様は耳まで赤くなっていた。


「殺すのです! 私に恥をかかせたこの男を殺すのですーー!!」


「落ち着いて神様! なにもそこまでしなくても!!」


神様の頭の中で天使と悪魔によるせめぎあいがはじまった。

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