第8話 研究所

 トン、と軽い音を立てて研究所の屋上に着地したウルフは屋上から下を見渡した。研究所周辺には傭兵達が警備を行っており、夜襲を行われないよう至るところに灯りをともしている。


 特に研究所へと続く一本道には強固な金属製のゲートが新たに建設され、ゲート前には武装が施された魔導車と共に傭兵達が警備を行っている。唯一の入り口であるゲート、地上を照らす多くの光源、どれも敵が部隊単位で攻めて来るのを想定してだろう。


 確かに研究所敷地内にいる100人を超える傭兵達を殲滅するには同数かそれ以上の戦力が必要となる。ただ、ウルフが単独でやって来て、更には空を飛ぶように屋根伝いに侵入して来るのは想定外といったところか。


『研究所内にいるアイザック・ホプキンスという研究者を探したまえ。彼はアガムに誘拐された身だ。話せば協力してくれるだろう』


 ランディとの距離が離れすぎているせいか、通信にはノイズが含まれていた。肝心の内容は聞き取れたので問題は無かったが。


 とにかく、今回のミッションはアガムが製造するエーテル・ボムの奪取、もしくは破壊である。地上にいる傭兵達を観察し終えたウルフは屋上にあったドアから研究所内に侵入する。


 研究所内は真っ暗だった。屋上へ続く階段を降った直後の廊下――ウルフが現在いるのは最上階である4階だが、4階にある廊下や小部屋には明かりが無い。廊下にある非常階段を示す緑色の光だけが灯っていて、警備すらも行われていないようだ。


 その事を通信機越しにランディへ伝えると『恐らくは地下じゃないかね?』と返答がきた。


 彼曰く、エーテルの圧縮化には専用の大型設備が必要で運転させると騒音が凄まじいらしい。相当な爆音なので運転音を密閉できるよう地下に設備を作るのが一般的だそうだ。


 話を聞いたウルフは下の階へ続く階段をゆっくりと下って行った。3階、2階……と階段を降りていき、2階へ続く踊り場に到着すると廊下には光があった。


 壁に沿うように移動しながら灯りのある廊下を覗き込む。すると、廊下を歩く丸腰の傭兵が一人いた。彼はタンクトップにズボンといったラフな格好で酒瓶を片手にフラフラと個室へ消えていく。


 どうやら2階は傭兵達が生活を行うフロアのようだ。


「…………」


 ウルフはその場で片膝をつきながらじっと黙り込む。


 ここまでは問題無い。だが、問題はランディの言っていた研究者がいるであろう地下の入り口がどこにあるかだ。出来る事ならば静かに目標へ近づいて、敵に気付かれないままエーテル・ボムを無力化したい。


 さて、どうするか。じっと考えるウルフの耳にドアが開く音が聞こえてきた。廊下を覗き込むと顔を真っ赤にして酔っ払った傭兵がフラフラと廊下を歩きながらウルフのいる方へ向かって来るではないか。


「あ~……チックショウめ……。すっからかんだぜ……」


 どうやら酔っ払った傭兵は小部屋の中で開催されていた賭けの大会にエントリーしていたようだ。金を毟り取られたのか、小言を繰り返しながら向かって来る。


 どこに向かう気だ、とウルフが廊下の先を探るとトイレのマークが印された看板が天井からぶら下がっているのが見える。


 ウルフはスッと立ち上がり、酔っ払った傭兵が来るのをジッと待つ。コツコツ、と傭兵が鳴らす靴底の音が大きくなっていくのを聞きながらタイミングを計り――


「あ? ムグゥー!!」


 通り過ぎようとした瞬間、片手で口を塞ぎつつ腕を絡めて拘束。拘束された傭兵は暴れながら叫ぶが、口を塞がれているせいもあって叫び声は仲間達に届かなかった。耳元でウルフに「黙れ」と言われながら腕を捻り上げられると、観念したのか大人しくなる。

 

「地下の入り口はどこにある? 言わなければ殺す」


 ウルフはそう言いながら口を塞ぐ右手に収納されたナイフの刃を伸ばして傭兵に見せつけた。驚いたせいか、それとも脅されたせいか、傭兵の股間に染みが出来ていく。トイレに行く手間は省かれたらしい。


「ち、地下への階段は西棟の奥だ」


「警備の数は?」


「い、入り口に何人か……」


 怯えを含ませた声で告げる傭兵の答えを聞き、ウルフは「そうか」と短く返した。


 傭兵は拘束する力が緩んだことにホッと胸を撫でおろすが、次の瞬間には頭を両手で押さえつけられる。まさか、と顔色が変わった瞬間にはもう遅かった。


 ウルフは傭兵の頭を無理矢理回転させて首の骨を折る。魔導外骨格のパワーアシストのおかげもあって、木の枝を折るよりも簡単に人の骨を折る事ができた。首の骨を折られた傭兵はダラリと力が抜け、ウルフが頭を話すと地面に崩れ落ちる。


 死体となった傭兵の手を掴み、そのまま3階まで引き摺って死体を隠すとウルフは再び階段を降って1階へ。死んだ傭兵の言っていた西棟を目指し、警備の目を掻い潜りながら進んでいく。


 西棟に到着し、そのまま奥まで進むと地下へと続く階段の前には分厚い金属の扉があった。扉には回転式のハンドルが付いていて、地下への入り口を密閉するような構造となっている。


 ただ、問題は入り口を守る傭兵達だ。先ほどとは違って酔っ払ってもいない。魔導銃を下げた正常な4人の傭兵が扉を守っている。


 殺害した後に死体を隠せるような場所は無い。例え隠せたとしても、重要な場所を守る人員が4人も消えたとなればいずれは異変に誰かが気付くだろう。


 時間の問題だ。


 ウルフはそう言わんばかりに扉へ続く廊下に姿を晒す。黒いアーマーに狼を模したようなヘルメット、それに黒いコートを羽織った『正体不明の何者か』が廊下に現れれば、敵は嫌でも気付く。


「おい! お前、何モンだッ!」


 真っ先に気付いた傭兵が魔導銃を構えて銃口をウルフへ向けた。対するウルフは廊下の中央に立ったまま、静かに腰からブレードを抜く。


 ブレードを逆手に持ち、そのまま一直線に猛ダッシュ。踏み込みの瞬間に廊下の床が弾けるような勢いで、驚く傭兵に向かって瞬時に肉薄した。


「ギ――」


 肉薄すると同時に一人目の傭兵の首を刈った。断末魔を叫ぶ暇すらも無く、傭兵の頭部が宙を舞う。そのまま隣にいた傭兵の顔面に肘鉄を喰らわせて鼻の骨を粉砕。傭兵の鼻から血が噴き出したのと同時に3人目の懐に飛び込む。


 飛び込んだ瞬間、右足を軸にして体を半回転させた。コマのように回転しながら3人目の喉を切り裂き、ウルフの背後に位置していた4人目の傭兵に向かってブレードを投擲。


 投擲されたブレードは4人目の傭兵の右目に突き刺さる。右目から突き刺さったブレードの刃が脳すらも破壊したのか、4人目の傭兵はゆっくりと背中から倒れていった。


「ぐうう……ギャ!?」

 

 最後に鼻を粉砕されて悶絶していた傭兵の顔面に全力パンチ。頭蓋骨を粉砕する感触を装甲越しに感じながら、パワーアシストで強化された拳が相手の頭部にめり込んだ。


 血塗れになった右手を相手の頭部から引き抜き、突き刺さったブレードも回収する。4人殺害までに掛かった時間はおよそ30秒も満たない。相手には一発も撃たせずに殺害するという華麗な芸当を見せた。


 ただ、ってしまえば時間が無い。ウルフは右手とブレードに付着した血を拭う時間すらも惜しいと、すぐに扉のハンドルを回して重厚な扉を開ける。


 重厚な扉を開けた先には地下に続く階段があった。階段は薄暗く、壁に取り付けられた赤いランプが回っていて、赤色の光だけが唯一の光源だった。


 ウルフは急ぐように階段を駆け下り、階段の終点まで向かう。向かった先には巨大なフロアがあって、中にはランディの言っていたエーテル圧縮作業に使う様々な魔導設備が備わっていた。


 ただ、運転音は鳴っていない。まだ設備は稼働していないのだろうか。


「ランディ。地下に到着したが、設備は稼働していなさそうだ」


『それは……った……研究……連れ出し……』


 地下施設に侵入したウルフが通信するもノイズが大きくてランディの声はほとんど聞こえない。地下にいるせいで阻害されているのか、それともこのフロアにある設備のせいかは不明だが、とにかくここからはウルフが独断で判断を下す事になりそうだ。


「そこにいるのは誰だ!?」


 通信機のノイズを聞いていると、フロアから人の声が聞こえてきた。声の方へ顔を向けると、そこには白衣を着た中年男性が立ってウルフを見つめている。


「アイザック・ホプキンスか?」


「あ、ああ、そうだが……。アガムの使いか? まだ設備のメンテナンスが済んでいないと言ったろう?」


 どうやらウルフをアガムの仲間だと思い込み、作業の催促をしに来たと思っているらしい。  


「違う。俺はエーテル・ボムを無力化しにきた」


「無力化……? ああ! まさか、ガーランド国軍の軍人か!? 助かった! 私は無理矢理奴等にやらされて――」


 アイザックは勤め先である研究所から帰宅途中に拉致されたらしく、この場にいる経緯を矢継ぎ早に説明し始めた。今度はウルフをガーランド国軍の者だと思い込んでいるようだが、ウルフはこれを利用することにした。


「説明は後だ。時間が無い。エーテル・ボムを無力化したいのだが、どうすれば良い?」


「あ、ああ。そうだな。……エーテル・ボムはまだ製造されていない。製造の準備をしているところだ」


 アイザックは正面にあった巨大な筒型の箱を指差した。


「エーテル圧縮炉が旧式なのが幸いしてね。私はあれの調整を行っている段階だったのだ」


 悪魔の兵器を製造せずに済んだ、とアイザックはため息を漏らす。どうやら製造に使う設備が旧式だったせいで、未だ1発も作られてはいないらしい。


「マナストーンはあるか?」


「マナストーン? マナストーン本体は無いよ。砕いた破片の一部は運び込まれてきたがね。一体、あんな希少な物をどこで手に入れたのやら」


 保管場所に案内しよう。アイザックがそう言った瞬間、フロアには魔導銃の銃声が響いた。


「え? あ……」


 銃声が鳴り、発射された弾はアイザックの腹部を撃ち抜いた。アイザックの服に赤い血のシミが広がっていき、彼が床に崩れ落ちる。すると、背後には一人の男性が立っていた。


「やはり時間稼ぎをしていたか」 


 濃い緑色の戦闘服に赤いベレー帽。ベレー帽から零れる金髪と切れ長の目。アイザックを撃った者の正体はガーランド国陸軍少佐スタンリー・ネイソン。


 ウルフは彼を知っている。ガーランド国軍時代に何度か作戦を共にした。ただ、深く話し合うような仲でもない。顔を知っている、程度だろうか。


「貴様も大佐の邪魔をしに来たのだな」


 スタンリーは魔導拳銃をウルフに向けながら、彼の黒い全身を見て眉間に皺を寄せた。見た事も無い装備を身に着けるウルフを警戒しているのだろう。


「あの方の崇高なお考えを邪魔させるわけにはいかない」


「…………」


 崇高な考え、と聞かされた瞬間、ウルフは拳を強く握った。同じ組織に属する部下を殺し、更にはその身内までも巻き込むような外道。その外道の考えが『崇高』などと笑えない。笑えないどころか、更に憎しみが増すばかり。


「貴様は包囲されている。逃げ場は無いぞ。所属はどこだ? どこの組織がお前を雇った?」


「…………」


 スタンリーの言う通り、地上から続々と傭兵達が雪崩れ込んで来た。傭兵達はウルフから距離を取りながら囲み始め、一部の者はフロアの上部にあった設備観察用通路に昇って上からウルフへ銃口を向ける。


 並みの人間ならば突破できないような包囲網。一斉射されれば簡単にハチの巣となるだろう。だが、ウルフは命乞いなどしない。スタンリーの疑問にも答えてやらない。


 ウルフは右側にいた傭兵へ顔を向けながら、左手で右腕を撫でた。撫でた右腕を見つめていた傭兵に向けて――


「くたばれ」


 一言だけ言葉を発すると同時に右腕にはエーテルの光が収束して、槍の先端を模したエーテルの塊が撃ち出された。エーテルの塊は傭兵の腹部を貫通し、腹部に大穴が開く。


 腹に穴を開けた傭兵は白煙を漂わせながら地面に倒れる。


「撃てええええ!!」


 ウルフの一撃が戦闘の合図となった。スタンリーの叫びと同時に傭兵達の一斉射が始まる。吐き出されたエーテルの弾はウルフに殺到するも、魔導外骨格の装甲に弾かれて致命傷とはならない。


 致命傷にはならないが、いくら耐性を持つ魔導外骨格といえど浴び続ければどうなるかは分からない。といっても、ウルフがジッと弾を受け続けるわけないのだが。


 ウルフは右手にブレード、左手にはホルスターから魔導拳銃を抜いて応戦を始める。まずは手近の者を排除しようと、先ほど殺した傭兵の方へ走り出した。


 4人一塊で行動していた傭兵達の中に突っ込んでブレードを振るう。一振りすれば肉が切り裂かれ、体を翻しながら拳銃を撃てば相手のミソが床に飛び散る。


 人間離れした圧倒的な機動力と防御力。ただの傭兵にウルフを止められる術などない。まさにこの場において最強の位置に君臨しているのはウルフただ一人。


 一人、また一人と傭兵が肉塊へと変わっていった。次々に仲間を殺される傭兵達は魔導銃を撃ち続けるも、ウルフの機動力に狙いをつける動作がついていかなかった。


「ギャッ!?」


 フッと視界から消えたと思えば既に真横に接近され、喉か心臓をブレードで一突き。仲間がやられている隙に魔導銃を撃つも、今しがた殺された仲間の死体を盾にされて防がれる。


 そしてまたウルフに狙われた傭兵が一人殺されていくのだ。


「クソッ! クソッ! 化け物がッ!」


 フロアの上側から魔導銃を乱射する傭兵が恐怖のあまりに吼え散らかした。その声が大きすぎたのか、それとも上から飛んで来るエーテル弾がいい加減鬱陶しくなったのか、ウルフは顔を見上げて叫んだ傭兵の顔に視線を向ける。


 ウルフはその場でジャンプして、上にあった通路まで飛び上がった。通路には落下防止用の鉄壁が腰の高さまであるのだが、その壁に腕から伸びた爪を喰い込ませながら一気に登りきる。


 通路に足を着けると前方と背後には傭兵の姿が。自ら挟み撃ちされるような登り方をしてしまったが……当然、問題は無い。


「うわああああッ! 来るなッ! 来るなああああ!!」


 連射されるエーテル弾を装甲で受け止めながらウルフは前方にいた傭兵に向かって走り出す。ブレードで喉を貫き、殺した傭兵を肉盾にしながら他の傭兵達を魔導拳銃で仕留めていく。


 だが、ここでウルフの撃つ魔導拳銃がカチンと音を鳴らして発砲できなくなった。魔導銃のエーテル切れだ。


 ウルフは拳銃と肉盾にしていた傭兵の死体を投げ捨てると、ブレードを下段に構えながら傭兵へと走る。走り出した瞬間、傭兵の背後には巨大な釜があるのが見えた。


 釜はフタが開いていて、液状化したエーテルがグツグツと煮だっているのが見える。そもそも、この上部通路はエーテル炉の様子を見るための観察用通路なのだろう。


 ウルフは傭兵に接近すると持っていた魔導銃を奪い、腹に蹴りをお見舞いした。


「う、うわあああ!?」


 腹を蹴られた傭兵は背後にあったエーテル炉へと落下していく。煮だったエーテルの中に落下した傭兵は断末魔を上げながら、溶けるように釜の中へ沈んで行った。


「何をしているッ! さっさとヤツを殺せッ!」


 下からスタンリーの怒号が聞こえ、ウルフが視線を向けるとスタンリーは二人掛かりで長い筒を持つ傭兵達の傍にいた。


 スタンリーはともかく、フルプレートメイルのような防具を身に着けた大柄な傭兵二人が持ち上げている兵器が問題だ。長い筒状の魔導兵器の名は魔導ランチャーと呼ばれる対魔導装甲兵器用の武器である。


 スタンダードな魔導銃が放つエーテル弾よりも強力な弾を撃ち出すランチャーだ。携行兵器基準に搭載されたセーフティのギリギリまで圧縮したエーテルを撃ち出すそれは分厚い装甲を備えた軍用車に大穴を開けるほどの威力を持つ。


 射手と補助を行う二人がフルプレートメイルのような形をした特殊防具を着込んでいる事から、使用者すらも対エーテル防御を施して銃身の半ばから後ろ側に位置していないと、圧縮エーテル弾が放つ余波で自傷ダメージを負ってしまう。


 ただ、先ほども語った通り威力は凄まじく、自傷しない為の対策さえしていれば優れた兵器と言えるだろう。


 しかし、そんな物を室内でぶっ放せば建物だって無事では済まない。むしろ、研究所の設備があるような場所で撃てば大事な設備が壊れる可能性が高い。


 早く撃てと叫ぶスタンリーを見る限り、この研究所を捨てる選択をしたのだろう。研究所よりも、ここでウルフを始末する方が重要だと思ったのかもしれない。


「撃てええええッ!」


 大柄の男一人が膝立ちになりながらランチャーを肩に担ぎ、もう一人の男がランチャー後部にある照準器を覗きながらスタンリーの合図と共にトリガーを引いた。


 ランチャーの大きな銃口内にエーテルの光が収束していき、吐き出されたエーテルの塊が高速でウルフに迫る。


「チッ」


 さすがのウルフもこれには舌打ちを漏らす。


 人間離れした機動力で直撃は免れたものの、十分な距離は稼げなかった。掠ってもいないのに弾から放たれるエーテルの残滓が左腕の装甲を溶かしたのだ。


 ミスリルによって耐性コーティングされた装甲をジュワリと融解させ、内部機構が露出してしまう。溶けた左腕からはバチバチと緑色の火花が飛び散り、魔導具化されていたウルフの左腕が機能不全に陥った。


 しかし、被害はそれだけでは済まない。


 避けた事でランチャーの弾は壁に衝突。衝突と同時に大爆発を起こし、爆発の余波でウルフは吹き飛ばされてしまう。上部通路にいたウルフは下に落ち、ゴロゴロと床を転がる。


 転がる彼の背中には左腕と同じく装甲の融解が始まっていて、魔導外骨格の機能停止は免れたものの、それでも大ダメージは受けてしまった。


「ぐッ!」


 だが、無様に床へ這いつくばっている場合じゃない。


 エーテル弾は地下フロアの壁と天井に大穴を開けた。壁と天井が崩壊した事で地上まで穴が開き、上にあった土やコンクリートなどが地下に流れ込む。


 雪山で起きた雪崩のように崩れ落ちてくる事態に飲み込まれないよう、ウルフは背中に痛みを感じながらも足を動かしてその場から逃れた。


 研究所がダメージを受けたせいで地下フロア内には『ビービー』と鳴る警告音と赤いランプがいくつも光を放ち始め、地下施設がいつ崩壊するかも不安要素の一つとして急浮上する。 


「…………」 


 態勢を整えたウルフはヘルメットの中で顔を顰めながらも自分と敵の状況を見比べる。


 現状、ウルフのヘルメット内にあるディスプレイには『魔導外骨格に深刻なダメージ』と警告の文字が赤く点滅していた。


 警告される通り、ウルフの左腕は全く動かない。同時に背中には火傷のような痛みが広がって、融解した装甲の一部がウルフの生身を焼いたのだろうと推測できる。


 対し、敵は――


「次弾装填!」


「援護しろ!」


 再びランチャーを撃つためのリロード作業に入っていた。残りの傭兵達は魔導銃でウルフが近づかないよう牽制射撃を続ける。


「…………」


 ウルフは右手に持つブレードを強く握りしめた。またランチャーを撃たれてはたまらない。ここで勝負を決めるべきだ、と。


「――――!」 


 ウルフはランチャーを守る傭兵達に駆け出した。しかし、魔導外骨格がダメージを受けているせいもあって、走るスピードは明らかに落ちている。


 だが、前面の装甲は無事だ。エーテル弾を弾きながら接近してブレードを振るう。一人ずつ確実に仕留めていき、ランチャーまでの人壁をこじ開けていく。


「装填完了!」


「撃てッ! 撃つんだよォォォッ!!」


 ウルフが到達するまであと少し。焦るスタンリーは仲間を犠牲にしてでもランチャーを撃てと命じた。命じられた傭兵は一瞬だけ躊躇するも、ここで撃たなければウルフに殺される。自分の命と仲間の命を天秤に掛けて、震える指でトリガーを引いた。


 ヒュウウン、と銃口内でエーテルが収束していく音が鳴り響く。あと数秒でランチャーは再び弾を発射するだろう。


 しかし、射手が抱いた一瞬の戸惑いがウルフに時間を与えた。彼は弾が完全に放たれる前に人の壁を抜け出す事に成功する。


 壁を抜けたウルフはランチャーの射線から逃れる事無く一直線に走る。収束が終わる瞬間に到達したウルフは、勢いそのままにランチャーの銃口を天井に向かって蹴り上げた。


 蹴り上げた瞬間、ランチャーからは再びエーテル弾が放たれる。放たれた弾は天井に向かって飛んでいったが、銃口間近にいたウルフの胸部装甲が一部融解し、魔導外骨格内にある彼の生身が露出してしまう。


 直撃を受けた天井には大穴が開いてしまったが、幸いにも一発目のような雪崩は起きなかった。


「ぐうううッ!」


 燃えるような痛みを胸に感じながらも、歯を食いしばって痛みに耐えるウルフは一歩踏み出しながら右腕を振るう。 


 振るった右腕に持つブレードの刃がランチャーを支える傭兵の首元に吸い込まれる。一刀で首を断ち、そのまま二歩、三歩と踏み込んで今度は射手の首元に向かってブレードを振るう。


 間近でそれを見ていたスタンリーの目にはスローモーションのように見えたかもしれない。傭兵の首が二つ宙を舞う中、目の前には傷だらけになった黒い狼が迫って来るのだ。


「この――!」


 スタンリーは持っていた魔導拳銃を構え、ウルフに向かって撃つ。だが、放たれたエーテル弾はウルフのヘルメットに当たるも弾かれてしまった。


 となると、結果は……もうお分かりだろう。


「ぐはッ……」 


 スタンリーに接近したウルフはブレードを彼の腹部に突き刺した。至近距離で二人の視線が合わさると、ウルフはスタンリーに問いかけた。


「アガムはどこにいる?」


「が、がはッ! だ、だれが、言うか……!」


 死に際に抵抗するスタンリー。だが、ウルフは何としても吐かせようと腹部に突き刺したブレードをぐるりと回転させて、彼の臓器を破壊する。


「ぎ、ぐは……」


「どこだ! どこにいる! 答えろッ!!」


 スタンリーの口から大量の血が吐き出され、彼の体は小刻みに痙攣し始めた。だが、訪れる死に対抗するスタンリーはウルフの顔を見ながら最後の瞬間まで口を堅く閉じ続けた。


「クソ……」


 ウルフはブレード引き抜き、雑にスタンリーの死体を床に捨てる。最後までアガムに忠誠を尽くした彼から居所を吐かせる事は出来ず。ウルフは身を翻すと、胸の傷を抑えながら地上に向かって行った。

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