第7話 運び屋ジョニー

倉庫襲撃から翌日。再び夜の闇に紛れてウルフは行動を開始した。


 レクトラシティにあるレッド・マテリアル社の医療施設からガーランド国東部にある田舎街へ向かう事となる。首都からは随分離れた場所に向かうとあっては移動手段が必要だ。


 ウルフとしてはランディが移動手段として魔導車か魔導バイクでも用意してくれるのだと思っていたのだが……。


「…………」


 ランディは確かに移動手段を用意してくれた。それも運転手付きで。


 ただ、ウルフが乗車する軍用車――SUVのような大きなタイヤを持つ装甲付き輸送車両――の車内には東大陸で有名である陽気なカントリー音楽が流れていた。しかも、運転席に座る男は金髪モヒカン頭に黒のサングラス。それにスカイブルー色をした華柄シャツを着る男。


「YO! アンタ、これから派手におっぱじめるんだろう? どんな気分だ?」


 加えて出発当初から何度もしつこく質問してくる。ウルフが短く答えて、話しかけるなといった雰囲気を出していても気にする様子もなく。


「そのカッチョイイ装備もレッド・マテリアル社の魔導具なんだろう? いいよなァ! ひと昔前に流行った『黒毛のウルフマン』みてえでたまんねぇよ! ところで気になるんだがよ、一人ぶっ殺したら幾ら貰える契約なんだ?」


 契約次第じゃ、俺も『運び屋』から『殺し屋』に転職しようかと思っててよ! そんな事を言いながら、運転手である『運び屋・ジョニー』はバックミラー越しに後部座席に座るウルフを見る。


「……契約はしていない」


「おいおい、マジか!? これから人様のを床にぶちまけて人肉展覧会を開こうってのに報酬の約束してねえってのか!?」


 ランディと個人的な目的で結ばれているウルフは金銭報酬を得る気はない。ただ、復讐が出来ればそれで良い。


 しかし、その事を知らぬジョニーは両目をひん剥いて驚いた。


「まさか、人殺しが趣味なイカれ野郎なんじゃねえだろうな? それとも傭兵として名を揚げる為の奉仕活動か?」


 前者は勿論違うが、後者も違う。ウルフが反応せずにいると、ジョニーはニッと笑いながら再びバックミラー越しにウルフを見た。


「はっはーん。なるほど。アンタ、傭兵として名を揚げてになるつもりか? だから、そんな特徴的な鎧を着込んでいるんだろう?」


 ジョニーが言うネームドとは傭兵界隈の中での『有名人』を指す。所謂、二つ名で呼ばれるような強者のことだ。


 例えば、ひと昔前に存在していた『聖剣』という二つ名を持つ傭兵は、正義の味方と自分を評する傭兵だった。剣型の魔導具を武器に侵略戦争を仕掛けられた弱小国に味方する凄腕の傭兵だった。


 例えば、闇の住人・カリーニ。そう呼ばれていた傭兵は依頼であれば対象が善人であっても躊躇い無く殺害する暗殺者だった。


 現在の世界において『傭兵』という存在は光にも闇にも存在する。聖剣のように民衆や国家から称えられる善人的な傭兵もいれば、闇の住人・カリーニのように国際指名手配されるような悪人だって存在する。


 こういった有名・特徴的な傭兵には傭兵界隈の中で自然と二つ名が付く。彼等のような存在を界隈では『ネームド』と呼ぶのだ。


「……違う」


「ハッ! 当てられたからって照れんなよ! 傭兵なら誰でもネームドに憧れるもんさ! なんたってクライアントの金払いが良くなる! 俺の知り合いもネームドになった瞬間、依頼料が10倍に跳ね上がったとよ! 10倍だぜ!? 10倍! そいつは1万ルクセント札で自分のケツを拭きながら “俺もようやく有名人……" なーんて感動してやがった! HAHAHA!!」


「…………」


 いい加減、会話を終わらせたい。そんな雰囲気を漂わせるウルフだが、ジョニーの軽快なトークは目的地付近まで続く事になる。


 ただ、ジョニーは目的地まで最短ルートでウルフを運んだ。しかも、アガムの雇ったセイバーが敷く警戒網を華麗に掻い潜りながら、敵が占拠する地域に潜入したのに一度も会敵する事すら無く。


 まるで敵の警戒網を事前に把握しているような、彼のと同じ軽快さ。一度も魔導車を停める事無く、隙間をスルスルと通り抜けるように『荷物を運ぶ』腕は見事としか言いようがない。


「どうして敵の警戒網が分かるんだ?」


 目的地付近に到着した時、ウルフはジョニーにそう問うた。


「長年の勘さ。兄弟」


 ジョニーはバックミラー越しにウルフを見ながらニッと笑う。


 成功の秘訣は決して口にしない。口にしてしまえば、自分の強みを他人にマネされてしまうからだ。特にジョニーのような運び屋であれば猶更だろう。


「ところで、兄弟。こんな辺鄙な廃工場前で良いのか?」


「ああ、構わない」


 クライアントであるランディから言われていたのは敵が占拠する研究所から数百メートル離れた場所にある元食料加工工場だった。


 数十年前はこの地域を支える主力工場だったようだが、新工場が街の中に建設されたせいで閉鎖されたらしい。閉鎖されてから数十年経っているせいか、建物自体はちょっと小突いてやれば崩れそうなほど老朽化している。


「YO! 帰りもアンタを乗せて帰るよう言われてんだ! 帰る時は信号弾を打ち上げな!」


「ああ。了解だ」


 ウルフは後部座席にあった信号弾入りの魔導拳銃をコートの内ポケットに入れつつ、ジョニーに礼を言いながら降車して空を見上げる。


 彼の目線の先には長い煙突があった。ウルフはその場から正門の上にジャンプ。そのまま工場内にある建物の屋根へと飛んで、勢いそのままに煙突の側面へ向かって3度目のジャンプ。


 両腕から飛び出した爪を煙突の外壁に突き刺し、ブーツの底に生えるアイゼンを喰い込ませた。そのままウルフは爪とアイゼンを使いながら50メートルはあろう高さの煙突を器用に登って行く。


 地上に残されたジョニーは愛車の窓から身を乗り出し、掛けていたサングラスを外しながらウルフの姿に釘付けとなっていた。


「……ワオ。最近の狼男ウルフマンは煙突まで登るのかよ」


 車内に身を戻したジョニーは「狼型の獣人にだってマネできねえぜ」と言いながら肩を竦めた。

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