音楽世界は現実世界より居心地がよかった

あかり紀子

第1話 僕はカラオケに行きたいんだ!

 世界中が、新型コロナウイルスに侵された。

多くの感染者、犠牲者のニュースも連日報道されている。


最初は、正直、こんな未来が訪れるなんて想像もしていなかった。そう。最初は、「外国で流行ってる病気」という認識でしかなかったのだ。日本で感染者が出たというニュースを見ても「そうなんだぁ。へぇ~」くらいだった。


 そんな、「そうなんだぁ。へぇ~」から程なくして、日本での感染者が爆発的に増えていった。今では、全国に感染者が拡がってしまっている。


総理大臣が、

「これ以上、拡大しないように対策をしっかりととって参ります!」

と強い口調で言っている。そんな言葉を聞いても僕の中では、まだ他人事だった。


 連日ニュースで「不要不急の外出を控えてください」「感染予防対策としてマスクの着用を…」なんて言ってても、僕には危機感がなかった。それどころか、連日のそんな言葉を聞けば聞くほど、反発したい気持ちがあった。


「カラオケは不要でも不急でもなく、必要で急だ!」


なんて、テレビに向かって文句を言っていた。あの日が来るまでは…


 総理大臣が、生中継で神妙な面持ちで宣言を出した。

”緊急事態宣言”

だ。


この発出によって、日本は一気に鎮まりかえった。学校は休校になり、仕事は「家でしろ!」と言われ、あろうことか、僕が愛してやまない遊興施設すら休業となってしまったのだ。


 そう。僕のストレス発散の場であるカラオケ店も例外なく休業となった。仕事帰りのストレス発散の場だったカラオケに行けなくなった。その代わり、職場で嫌な上司の顔を直接見ることはなくなったが、パソコンに映し出される上司を適当に見ないようにするなんてことが出来なくなった。


 リモート会議なんて、誰がつけたネーミングだか知らないけど、画面に登場している間は、”適当”が許されない状況を余儀なくされたのだ。画面に映らない下半身はジャージのままでもいいかと思いきや、手元に用意していなかった資料を取りに行く際、ばっちりジャージが映ってしまい、上司に怒鳴られた。


 自宅にいるのに、会議の時はリラックス出来ない服装。出勤しているより自由を奪われた気しかしなかった。僕のストレスは、出勤していた頃より溜まっていることに気付いたのは、リモートワークになって、そんなに日にちが経っていない頃、割りと早い段階でだった。


 ストレスは溜まるのに、発散ができない。会議がなくても仕事の量は変わらないし、間に合いそうになくても誰にも助けてもらえない状況。ひとりで黙々とする仕事は、気分転換も出来ず、効率が悪く、出勤してた頃より就労時間が増えた。


 僕の職場は、リモートワーク期間中の残業は出ないことに決まっていて、1日の仕事量が決められ、それが終わった時点で終業というルールだったから、うまくいけば、就労時間は短くて済むが、僕はたいてい8時間より多くかけて、その仕事を終わらせていた。実力不足をこんな形で叩きつけられるとは思いもしていなかった。


 どんどんストレスは溜まっていく。でもカラオケで発散したくても店が開いていない。


僕は…


僕は…


僕はカラオケに行きたいんだ!

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