第7話 初谷縁さん

離れて行く背中を見送り玄関の扉を閉める


途端に視界がぼやけその場にうずくまってしまった。


「あれ、おかしいな…さっきまで平気だったんだけどなぁ…」


抑え込んでいた感情が雫へと変わり次々と零れ落ちていく。


「私達、会った事あるんだよ?」


「約束覚えてる?あれから頑張ったんだよ…」


「でも、私は、私は……結局…」


そう、あの時と変わらない


肝心な時に嘘を吐いて逃げてしまう臆病者。


学校で再会した時もそうだ


聞き覚えのある名前と顔に面影が残っていた事もあり、直ぐにあの時の彼だと気付いたがいまだに言い出せずにいる。


もし彼が覚えていなかったら?



「いや、だし」



彼に言われた言葉が頭の中で何度も繰り返される


あの日の約束も思い出も、もう彼の中には残っていないのだろうか


恐怖に負けた私は話を合わせたまま初対面のフリを続けている。


彼がこの街を離れて10年の月日が経ち、あの日約束を交わしてから努力を怠らずに見た目や話し方も変えて自分を磨いた


こちらから打ち明けなければ恐らく気付く事はないだろう。


そもそも彼は私の事を覚えていないのかもしれないけれど


私が彼を覚えている、それだけで良い


手荒く目元をぬぐいまた嘘を吐いた。

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夢久知さんは伝えたい。 おしるころん @osiruko10

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