第24話 城門を眼前に見据えて

カルブンクリスが主導する『叛乱軍』―――勝ちはするものの敗退することも珍しくありませんでした。 とは言えその内情はカルブンクリス直属の【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】達ではなく、その多くは軍務経験などないに等しい民衆達なのでした。 それにニルヴァーナ達もここにきてようやく集団性の難しさを知り得てきたのです。

確かにニルヴァーナ達個人は優秀でした、彼女達4人が揃えば向かうところ敵なし―――けれど民衆からの有志達は違いました。 彼らも元を糺せは『一般人』―――商業や農業等を生業としている者達、故に普段から武器を手に取った事はない―――そこを叛乱軍の広報活動に啓発され、『我も』と叛乱軍に参加してきたものでしたが、魔王軍はそうした者達を標的にしてきた…明らかに練度の低い部隊に第一軍や第二軍・第三軍を当てがわせる、そうしたことで局地的な小規模な勝利を得てはいましたが、叛乱軍本隊(言うまでもなく【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】達が率いる部隊の事)との戦闘行為ともなると撤退を余儀なくされた―――いわゆる大局的な面に於いては敗北をしていたのです。


「(フフッ…これは、これで善し―――上層部の爺さん連中お偉方も敗けるだけじゃなく勝っていると言う甘い蜜を味わわせているから文句までは言わんでしょう、それよりも―――)」


ベサリウスは『戦』と言うものを理解していました、その中に“勝ち方”“負け方”がある事も、に“良い”も“悪い”もある事も―――…。

これまでの『魔王軍』は、魔界の―――いては魔王の正規軍と言う事もあり、精強そのものでした。 だからこそ寄せ集めの叛乱軍など相手になりはしない、それは“三柱みつはしら”の1つである〖聖霊〗は神仙族を攻略した時も同じでした。(現にその当時は勝ち過ぎたと言う事もあり、着地点はシャングリラの占拠―――果ては神仙族の隷属化しか模索する以外はなかった)


当初ベサリウスが戦線に配属された折、一番頭を悩ませ痛ませていたのがでした。 古くから魔王軍に籍を置いている古参の将校達は勝利に酔い痴れているあまりに大局が見渡せていない、神仙族が滅ぶと言う事は―――それは〖聖霊〗が滅ぶことと同意、この魔界せかいが〖聖霊〗〖神人〗〖昂魔〗の“三”もの“柱”で成り立っていると言うのに、こんな内輪揉めも同然の争い事で一つの“柱”が欠けようとしている。 それは世界存続の窮地であり、余所ほかからの侵略行為があった時にどう対処したらいいものか……


         * * * * * * * * * *


実はベサリウスは『魔王軍総参謀』の地位に就いた時に、一般民衆だった頃には知り得だにしなかった事を知ってしまいました。

それが『ラプラス』―――

軍部の中枢にいて作戦の立案から実行をさせるなど、“軍師”や“参謀”にはあらゆる情報を知っておかなければなりませんでした、そして『ラプラス』と言う魔界でも耳馴染の無い単語ことば―――それを提供してくれた本人に質してみると…


「な―――なんっ、ですって…?」 「初耳かね?総参謀殿…まあそれも致し方のないと言った処か。 だが、気に病む事は、ない―――」

「(…)お言葉を返すようですが、魔王様それはどう言った意味で?」 「『意味』?意味などない―――そ奴らはことごとく余が滅してきたからな。」

「(…!)で―――では、今市井しせいで流れていると言う噂とは…」 「フッ、良いではないか、言いたい輩がいるというなら好きなだけ言わせておけ―――それに良い余興ではある、なまじ机上での雑務はたるくていかん、ならばりを癒す為の好い運動がてら余はそ奴らと悪戯じゃれてやっているにすぎんのだよ。」


「(なんてこった―――この人はどこからともしれない侵略行為なんざまるで意に介していない、それどころかそれらを軽く収めさせられる実力を有している、なのに市井しせい―――とりわけ民衆の間では『魔王様は豹変かわられた』とは言っているが、今対面した処そんな事はさらさら感じられない…だとすると?!)」


その、『ラプラス』とか言う耳馴染の無い単語ことばを提供してくれた本人こそ、それまで魔王の座に就いていたルベリウスその人でした。 そこでベサリウスは妙に思ったものだったのです、こんなにも不快な響きしかしない連中を、一人で相手にしてきた―――しかも魔王業の片手間に…そんな化け物がある時をして豹変したと民衆達は騒ぎ立てている。 なのにそんな“噂”は所詮“噂”だ―――とまるで気にもしない様子…それとどことなく愉しそうにも見えた?


「フッ…その様子では、汝も市井しせいの噂とやらに踊らされておる口か―――寂しいものよ…誰も、余の気持ちなぞ理解しえぬか。」 「申し訳次第も―――それに陛下のお気持ちも察せられぬ臣下の恥と言うべきですか…」

「よい、それにこの余の病は治せぬものなのだ、癒せぬものなのだ。」 「(―――は?)『病』…?陛下は病に罹患かかっていらっしゃると?」

「ああ―――うむ…しかもこの病、中々に厄介でな。 余の治政…総てに於いて順風満帆であった、故に余が根底から悩ませられる事など一つとしてなかったのだ。」 「な………なに、を―――仰られているのやら…」


「(オレはこの時、不覚にも理解わかっちまった―――1200年もの間『賢君』と讃えられし偉大なる魔王が抱えるその病原に、そう―――この方ルベリウス様は欲されていたのだ、歴史上比類する事のない神憑り的な治政をする方が…)」


「フッ、余は欲しているのだよ、あわよくば余が乱心し、それを止めてくれる者が現れるのを…」


「(狂ってやがる…なぜにしてそんなにまで自分がやって来た事の数々を覆させてまでそんな欲求を叶えようとしているのか―――それにしても何て言っていいのか…時機タイミング的には的を射てるんだよな、オレも大恩ある人に返さにゃならん時に偶々魔王軍人事部からの青田刈り《スカウト》に遭っちまって、それが基で『総参謀』なんて地位に収まっちまったが―――お蔭で魔界各地の情勢も手に取るようにわかる。 一部の情報では豹変かわられた魔王様―――いては中枢に物申すべく活動を行っている連中もいるのだとか…事実かどうかはこの際置いておくとして、果たしてその連中にその役割が果たせるもんなのか…ここはまあ、様子見ってとこですかねえ。)」


あの当時は『知っておく』だけに留めていたものでした。 『ラプラス』の件にしても、『叛乱軍』の事にしても―――けれども時の流れがそうするように状況も流れていく…叛乱軍の将校と見られるヒト族の女性を虜囚とした時、実はその女性こそが自分の大恩ある人物だった事や、それに伴い『叛乱軍』が実在した事も判明って来た―――そして『ラプラス』…


           * * * * * * * * * *


ある時ベサリウスは『叛乱軍』に対抗するだけではなく、未知なる魔獣の類が魔王軍の拠点を荒らしまわっているとの報告に対処をしている処でした。


「何があった―――てより、一目瞭然てなヤツですか、こりゃ。」 「ああこれは総参謀殿、いやはや困りました目下眼前の叛乱軍に対処しなければならんものを…」

「けれど―――その魔獣?みたいなヤツの横槍のお蔭で両軍共々手が出し辛い…て訳でしょ。 それにしてもなんなんだ―――ありゃ…」


その戦線では魔王軍と叛乱軍が展開していた…処に、何処から見たこともないような未知の魔獣―――『七面鳥』の“頭”『雉』の“胴”『鷹』の“脚”『孔雀』の“羽翼”『蛇』の“尻尾”に『鶯』の“声”と言う珍奇な魔獣…


「ありゃ―――『ルトワールビュッフェ』だねえ…」 「(な!)あんた確か―――それに、今なんだって?」

「今は、そんな事はどうだっていいだろう、それに―――あんなのに居座ってもらっちゃ動くモノも動かなくなる…」


「(なんっ―――なんだ?この女…いつぞやは魔王様の指令を届けに来たり、今膠着しているこの戦線に突然現れて…突然現れたあの変な魔獣ヤツの指摘が出来たり? まっ…まさか―――!)」


「何を『鳩が豆鉄砲を食った』様なかおをしてんだい。 いいか特別サービスだ、あの手のヤツは概ね『火』に弱い…まあ、見た目が鳥だからねえ、こんがり焼いちまえば美味しくなるだろうさ。」


その珍奇な魔獣の名前を明らかにしただけではなく、その魔獣の弱点そのものを教えてきた、けれどそれはその魔獣に対しての知識がないと出来ない事だとベサリウスは瞬時にして理解しえました、そしてまた―――別の危険性も…


「(なんてこった、『ラプラス』って今回みたいな魔獣だけじゃなく、ちゃんとした知性を持った人型までいるなんて! けれど…なぜ―――だとしたらこの女はどうしてオレ達なんかに?)」


魔王ルベリウスと対面した時に知った情報で、概ね『ラプラス』と言うのは魔界の敵対者である事は理解しました。 けれど今ベサリウスの目の前にはそんな事とは相反する者が…『ラプラス』でありながら―――暴れ回っている魔獣よりも高い知性を持ち合わせていながら、魔界側自分達くみしようとしている者…


そうこうしている間に謎な女の指摘により『ルトワールビュッフェ』なるラプラス産の魔獣は討伐されました…が―――


「ちょいと、いいですかい。」 「なんだい、折角協力してやったって言うのに、嫌疑を掛けられる謂れもないものさね。」

「あんた―――何者だ?大方ラプラスって奴には相違ないとは思うが…」 「ああそうだよ―――わたくしはラプラス…まあ、あんた方の呼び方ではそうなっちまってるみたいだけどね。」

「『オレ達の呼び方』―――?じゃあ、あんたにはあんたの名前と言うのが…」 「(…)わたくしの出身は『幻界』―――そこの一つの地域で【夜の世界を統べし女王】を名乗っていた『ニュクス』ってもんさ、まあ…こっちの世界に来たのは色々な事情があってね。」

「その『事情』ってなヤツを話してもらう訳にゃ―――」 「話してやってもいいが、あんたならどうにかしてくれるってのかい。 言っておくけどさ、興味本位で首を突っ込むもんじゃないよ、してや悪い噂の付き纏った女の過去―――ってヤツにはね。」


自分が疑念としている事を払拭させるためにまずは本人に聞いてみた―――すると洩れなく本人からは存在性を肯定する言葉が、その上でなぜ異世界である魔界にいるのかの事情を知る為に聞いた処、強い拒絶の反応が…ベサリウスにしてみればニュクスなる者の事情をよく知った上で対策を練りたいと思っていましたが、ニュクス本人からは『どうにかしてくれないなら関わるな』と言われてしまった…その時に垣間見た想像以上の凄味―――これは一筋縄ではいかないと感じたベサリウスは、この一件から手を引くしかありませんでした。


         * * * * * * * * * *


それに、この一件は叛乱軍側こちらでも―――


「な―――なんなの?これ…“頭”が七面鳥で“胴”が雉?おまけに“声”が鶯…って―――」 「まあ、まずこの魔界には大凡見られない特徴…なんでも現場では『ラプラス』と呼んでいるみたいですな。」

「『ラプラス』?あの―――遠い伝奇にあるような『別の知性を持った個体』の?」 「“知性”は流石に言い過ぎですが、この魔界に居合わせないから特徴としても非常に捉え辛い傾向にあるみたいでして…」

「(……)それ、魔王軍で用意された生体兵器―――なんかじゃなくて?」 「どうでしょう、現場では彼のラプラスを討伐したのは魔王軍とも。 まあそれでもいずれ戦場に投入するはずだった生体兵器がなんらかの事由によって変調をきたし、已む無く処分した見解もあるものかと。」


〖聖霊〗〖神人〗は互いに魔王軍や叛乱軍には関与しない―――と言う中立非戦の表明を出してはいましたが、現在叛乱軍の本営で軍務処理をしているヒト族のアンジェリカとドゥヴェルク族のコーデリアは、元の正体を明らかにさせてしまうと神仙族の竜吉公主であり天使族のウリエルでした。 一応は勢力内で出している布告や宣言はあるにしても、ここの処続く圧政や悪政の在り方に思う処があった者達は喩え種属や勢力の枠組みを越えてまでも手を携えなければならないとの見解に一致し、こうして叛乱軍に関与しているのでしたが…そんな中でも今回の騒動の報告に目を丸くするしかなかったアンジェリカは、『ラプラス』と言うモノが叛乱軍鎮圧の為に製造られた『生体兵器』なのでは―――とするのでしたが、すかさずコーデリアからはそうした見方はあるものの、戦場投入を未然に中止させるために已む無く取られた手段ではないかと意見したのです。


しかし―――…


「(何を考えてるの?あのバカ魔王軍は!使えない兵器を開発―――だなんて、しかも変調をきたしたから世間に知られる前に自分達で処分しただなんて…。 それに、ベサリウスもベサリウスよ!そんな使えない兵器の試用に踏み込むだなんて…見損なったわ。)」


アンジェリカ―――竜吉公主は以前に目を掛けた者に私財を投じ、行く行くは手元で重宝するつもりでいました。 しかしその途中で運悪く魔王に目を付けられてしまい横取りをされてしまった―――その事を知るや竜吉公主は烈火の如く怒り、例え種属や勢力を抜けてでも魔王と徹底抗戦の構え―――を、するつもりでいたのですが…(まあ未だに公主の籍は神仙族にあるわけでして、『抜けていない』と言うのは上からの圧力があったと、そう示唆されるものではあるようで…(合掌))


まあ、それはそれとして―――公主と重宝しようとしていた者…まあこれがベサリウスだった訳なのですが、この両者はある時に望まぬ対面をしてしまった―――そう、片や『魔王軍総参謀』として…片や『虜囚』として、そこから紆余曲折がありながらも公主の身柄は無事確保されて現在では叛乱軍の中枢を担うようになっている―――そうした時に、の、この報告に…


「(ここは…是が非でも私の目で確かめないと―――その上で私の望むような結果が得られないなら……残念だけど彼を切るしかないわ。)」


竜吉公主は、自分が愛した才が自分の望むような事をしないならば、最悪彼自身を切るしかないと判断しました。 だからこそ、そこまでの事をするのなら直接的に自分の眼で確かめて判断をしなければならない―――…


「どこへと、行かれるのですか―――公主様。」 「(!)ヘレナ…なぜ―――」

「『こんな処に』は、ない話しですよ。 それにあなたには“前科”がある―――不覚を取った上に虜囚と成り、挙句正体を暴かれてしまった…」 「(うぐっ)そ―――それは…」

「“主上リアル・マスター”の懸念が当たってしまうとは―――」 「(な…)カルブンクリスが私の事を?」

「あの方は、いずれあなた様が斯様な行動に踏み切るのを見通されていましたよ。 それにあなたは一度は不覚を取った身です、二度目がないとも限らない…それなのになぜ敢えて今回は単独で動こうとされているのですか!?」


「(“ぐぅ”の音も出なかった―――確かに私は未練たらたらだ、いずれは私の子飼いとする為にと私財を投じてきたのに、何故か彼は現在魔王軍の要職に就いてしまっている。 しかもくだんの騒動だ、魔王軍勝利の為にどんな手を使ってでも―――と言うようなら彼の事を今一度考え直さないといけない、私が聞いたのはまだ“噂”レベルでしかないから、“噂”ではない“真実”を見収める為に単独で行動をしようとしたのだけれど……)」


そこを、叛乱軍主導者であるカルブンクリスからの言い含めにより張っていた者によって阻まれてしまった―――


「判った―――確かにあなた達が心配するのも無理もないと言った処ね。」 「聞き分けて下さり恐縮です。」

「(…)ねえヘレナ―――」 「何でしょう」

「私の代わりに視てきてくれない、魔王軍幕僚の様子を。」 「そう仰られると思い、既に動かさせてありますよ。」


『気が利く』―――と言うよりも、今回の騒動を主導者も重く受け止めていたものと視え、既に手の者を動かせていた形跡すらあった。 そして魔王軍幕僚の内情を調べていく内に、判った事―――


「(良かったあ~~~アレって魔王軍で用意した生体兵器なんじゃないんじゃない!それに魔王軍で討伐したと言うのも彼が率先して…! ま、まあ―――当面敵対してるんだから仕方がないにしてもお~~それよりもなんなの?この女の存在…まさか私と言うのも忘れて他の女にうつつを抜かしてるんじゃないでしょうねえ?)」


ヘレナよりの報告で一喜一憂身悶えちゃってるアンジェリカ―――しかもヘレナはその様子を目の前で視ていました…視て、しまいました。


しかもヘレナにはまた別の心配事もあったようで―――


「(そう言えば“主上リアル・マスター”も今回の報告に目を通した時に得も言われぬ表情をしてましたよね。 しかもその時の表情―――魔王ルベリウスに悪いが憑いた時と同じ…)」


そこから先はそら恐ろしくなったので考えないように努めました。


          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その一方で、叛乱軍の【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】が率いる本隊は快進撃を続け、今や眼中に魔王城城門を捉えるまでになりました。


「(愈々…か―――まさかこの私が、また違ったかたちでこの城門を見据えようとは、感慨も一入ひとしおと言った処だな。)」


元々ニルヴァーナにはある願望がありました。 それは『この手で天下を掌握したい』…と言った様な大逸れたものではなく、どちらかと言えば“在り来たり”―――魔界の、魔王の正規軍である『魔王軍』へと編入はいり、そこで武働きをして行く行くの出世―――行く行くの栄達を描いていた…それは彼女の種属鬼人族オーガには実に“在り来たり”な願望でした。

けれどその彼女の願望は適う事はなかった……なぜなら彼女には鬼人オーガ特有の―――だからこそ能力値ステータスも他の鬼人オーガ達と比べて半分程度だったし、何よりその見た目で見下バカにされもした―――それがもう悔しくていきどおろしくて遮二無二修練を積んだ…その結果、彼女は他の鬼人オーガ達にも優るとも劣らなくなってきた―――そして、『盟友』との邂逅…盟友と“絆”を締結むすんだ事により、飛躍的に強くなりました、そして今では魔界の誰しもが彼女の事を【緋鮮の覇王ロード・オブ・ヴァーミリオン】と、そう呼ぶ―――…


「よう、ニル。 何を柄もなく感慨に浸りきってるんだ。」 「ああ、リリアか―――いや、うむ………と、な。」 「私が“主君”と仰ぐ方なのです、気にする事はありません…寧ろ当然と言った処でしょう。」 「とは言えど、私達がこれから相手を致すのはこれまでの有象無象とは訳が違います…ゆめ気を抜かぬよう。」


        * * * * * * * * * *


【清廉の騎士】リリア、【神威】ホホヅキ、【韋駄天ストライダー】ノエル……この4人こそがカルブンクリス秘蔵の戦力と言っても過言ではありませんでした。 それに彼女達もこれまで連戦連勝―――と言ったわけではなく、時には苦い汁を呑まされた時もあった…その痛恨の礼が、生きていればここにもう一ついなければならない【美麗の森の民】―――エヴァグリム第一王女ローリエと言う存在だった…。


日頃は鬱陶しいまでに付き纏って来たというのに、自分の生命の最大の危機を救われた―――ノエルの不手際によって彼女自身の生命が窮きとなった時、身を呈して庇ったのは外ならぬローリエだったのです。

一時いっときはその死に殉じようとも思っていました。 あんなにまで鬱陶しく付き纏ってきたと言うのに、それなのに自分の身を犠牲にしてまで自分を救ってくれた事に、ノエルはようやく失ってから何が大切だったかを思い知らされた…それにローリエなる者は自分達の友人である以上に、1国の重要人物である事に外ならない―――ノエル自身も自らの生命でもって…


「何をしているのです、ノエル―――」 「ホホヅキ…私はどうして今を生きているのでしょうか。 ローリエの死に際し私は非常に多くの事を学びました、それは私達の『生命の価値』と言うモノです。 あなたも存じているように、私はあなた達と共に行動する以前は『盗賊団の首魁』をしていました、そんな私と―――1国の王女であるローリエ…その生命の価値の重さがどちらにあるか判っているでしょう。 本来なら、あそこで私が死ぬべきでした。 なのに私は……ッ!死ぬべき場所を見誤ってしまった!忍としてあるまじきこの姿勢すがた……私を厳しく鍛えてくれた御屋形様にも申し開きが出来ません!」


忍の生命としての価値―――それは、忠を尽くすべくの“主君”に捧げる為にある様なモノ…ノエルの、ノエルと言う忍の“主君”は紛れもなくニルヴァーナでしたが、それでも生命の散り際は心得ているつもりだった。 忍は所詮使い捨ての道具―――その道具が生き延びようとする事こそが“恥”……


「(―――痛ッ!)何をするのですかホホヅキ!」 「目が…醒めましたか。」


“パチン”―――と、頬を張る音。 それはホホヅキがノエルの頬を張った音でした。 常日頃では人形の様に相好を崩さない血を好し巫女が、珍しく怒って見えた…。


「ホホ―――ヅキ?」 「何を違えているのかは知りませんが、あなたは私達の仲間なのですよ、それをどうしてそんなにも死に急ぐのです。 それに…『忍は所詮使い捨ての道具』?誰がそんな事を言ったのですか、リリアが?ニルヴァーナが?それともカルブンクリス様が?それともローリエがそんな事を…?」

「い、いえ―――決してそんな…」 「ですよね、私達の仲間なればあなたの事を悪し様に言うのは理屈に合いません、でしたらば……魔王軍か。 今までに流した血の量では足りなかったと見えますね。」


普段は、決して、殺意が多い方ではない【神威】が、『盗賊団の首魁』だった【韋駄天ストライダー】をも怖じさせるまでの殺意を抱いている―――しかもそのきっかけは、自分の仲間への不当な評価、嘲りと言うべくものを知り果せたから。


それに…


「それに―――あなたが自傷・自刃をして自ら生命を断つと、哀しむ人がいますからね…。」 「(え…)けどローリエは―――」

「私はこれまであなたの事をねたましいとさえ思っていました。 私と年を同じくし、また同じ年月を育んで来たが…私ではなくあなたの方を向いていた。」 「そ…それって―――」

「あの人はああ見えて、根っからの可愛らしいもの好きなのですよ。 あの人の家は厳格で小動物などにうつつを抜かすなど成り得ない事でした。 けれど一度だけ…棄てられた仔猫を拾い、あの人の家ではなく私の神社に駈け込んできた時には驚きました。 その時思ったものです、並み居る門下からも恐れられる程の武の持ち主が、私と同様な可愛いものには目がない普通ただの婦女子であった事であると。 それに、私がここに居合わせたのも偶然ではありません、リリアから言われたのです、『もしかするとあいつはあの事を気にするあまり自ら生命を断つかもしれない』と―――ではなぜ、あの人がここへと来なかったのでしょうか。 あの人は気付いていたのです、日頃あなたへとちょっかいをかけてうとまれていると言う事に…だから私に『行って止めてくれ』と…。」


「(そんな事が…全く私の仲間は、どうしてこうも不器用なのですかね。 思えばローリエもそうでした…そして今度はリリア、ホホヅキまでも―――これは喜ぶべき事なのかもしれませんが、忍の道に生きてきた私にしてみれば哀しむべき事…それにどうやら私の死ぬべき場所はここではないみたいです。)」


ノエルは、忍―――忍とは孤独の道だと言う事を心得ていました。 しかし今、ノエルは孤独ではなくなった―――忍としては失格でしたが、仲間と言うのは新たなる力をノエルに与えもしたのです。



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