第3話 『魔王軍』との戦闘

ニルヴァーナが“ある個人”から受けた依頼―――こそ、現政権の正規軍『魔王軍』を相手とするものだったのです。 だからそこで、内容を……相手の事を一切知らなかったリリアやノエルの反応は、ある意味では『正しかった』と言えるのです。

なぜならば、『悪政』や『圧政』を敷いているとはいえ、現政権が抱える正規軍に抗すると言う事は……叛意・謀反の疑いを掛けられてもおかしくはなかった。

それにリリアは一時期……とは言っても自分の仲間は、相手が“そう”だと判っておきながらその個人の依頼を受けてきた―――


「( へっ―――その“個人”様が何様だか知らないが、余程の胆が据わったヤツと見たね。 まあこんな世間よのなかだ、『野望』だろうが『野心』だろうが、『義』や『仁』の心だろうが、いまの体制に物申せるヤツは、そう嫌いじゃない……)」


『悪政』『圧政』を敷いた処で所詮は魔界の中央政府。 そこに盾突く事の意味はリリアには良く判っていました。 何しろ彼女の家柄も、地方とは言え領主に仕えていた身分だったのですから。

しかし、それを敢えて、判ってやっている―――リリアは、彼女自身が認めた武の強者と、そんな相方も腹の底から信頼しきっているくだんの“個人”に、興味が湧いてきました。


そして――――――…


「では私とリリア、ホホヅキ殿の3人で目に見える者は排除しよう。 そしてローリエ殿、御身はここに留まりノエル殿はローリエ殿の護衛をお願いしたい。」

「畏まりました。」

「私としては少々不服なのですが……ここはあなたの言う通りに致しましょう。」


行動の指針は決まった―――偵察部隊の2ヶ小隊…10名のゴブリンの排除をニルヴァーナ達3人で片付け、“目に見えぬナニカ”に備える。

果たしてこのローリエの読みは……


「こいつで最後―――と…。 これで終わったら完全な肩透かし、なんだがなあ?」

「(……)ああ―――これがギルド発注の依頼なら、単なる『ゴブリン討伐』でしかないからな。」

「―――何か心当たりがあるとでも?」 「ない……ワケでは、ない―――」


そしてその“読み”は、少なからずもニルヴァーナにもありました。

そう……彼女は鬼人オーガ鬼人オーガの多くは『魔王軍』に就職している―――


「少し前、私の故郷スオウより、ある便りが届けられた。 その便りの内容は、近頃魔王軍に数名採用されたそうだ。 その中にはその便りの送り主―――私の知り合いもいる。 しかしその送り主には私の近況を、そんなには詳しく伝えていない。」

「そう言う事か―――浮かばれない話しだが、乱世となってるこの世だ。 昨日までは『仲良しこよし』だったのが、今日は殺し合わなきゃならない……ってのは、割とよく聞く話さ。」

「―――と言うより、まさかあなたはその事を知った上で躊躇しているのではないでしょうね。」


果たして、こうしたやり取りが彼女達3人の間で交わされたかは定かではありませんが……ただこちらでは―――


「――――――…。」(ソワソワ) 「退屈―――ですか?」

「えっ?? あっ、ああ…いえ―――」 「今回の件の事で、あの方にご自分の事―――好く見てもらいたかったのでしょう?」

「(!)そ―――そんな事は……」 「無理に言葉にしなくても判っていますよ。 の方こそは、の“導き”により覚醒めざめた方―――ゆえにこそ、わたくしはあの方が鬼人オーガであろうともお慕い申し上げているのです。」


『導師』『術師』特有のローブを頭から被り、特徴ある長耳を、王女であるその容姿を隠すかのようにし、事態の推移を見守るかのようにしているエルフ。

そしてまた“主君”と仮初めに仰いでいる存在から、この高貴な人物の身を護るように―――と仰せつかったノエルは、今エルフから指摘された様に、本来であれば仮初めの“主君”と共に戦場を供にしたかった……その活躍ぶりを目に収めさせたかった。

そんな“焦り”とも取れる自分の感情を、こうも容易く手玉に取られるモノとは思わなかったのでした―――が……

ある“タイミング”で、慕う鬼人オーガから引き離されたエルフの王女が……


「(う……? これは―――“木の葉”?木の葉が……風に舞い散るかのように……?

いや―――しかし……今、私の近辺で魔力の流れは一切感知できない……の、に??)」


それはいつの頃だったか、忍である自分ですらも気付かぬ間に、木の葉の乱舞が起こっていた事をノエルは知るのでした。

しかもこの現象を起こすのに、魔力の流れと言うものは一切感知されていない? では一体誰―――――――――が??


「現れたようですね―――来ます!」


「(私の索敵範囲以上のモノを―――それをこの場に居ながらにして?!)」


ノエルはその事実に驚嘆をしながらも、“それ”に対処する為に身構えました。

そして、彼女達がその眼に収めたのは、ゴブリン達ではなかった―――


「(!)鬼人オーガ……? アレは鬼人オーガではありませんか?!!」


魔族の中でも『最強』に分類される種属オーガと共に、ニルヴァーナ達が退いて来た、ただしは撤退ではない。


「今ですノエル様!」 「(はッ!)   ≪忍法風遁;葉隠れの術『胡乱』≫」


「ちいィッ! ワシともあろウ者が誘い込マれたカ! まさかコやつラモ策の備エがあッタとは!!」 「観念するがよいヤタ、今の魔王軍に正義はない!」

「ヌウウぅ…かたるな角ナシ《ホーン・レス》!!」 「頂けねえなあ、私の仲間に暴言を吐く―――ってのは。」 「もう…よろしいですか、斬って捨てても。」

「そうはさせませんよ、今まであなた達は存分にいさおを立てたのです。 このエルフのお守りをしていた私の事を少しは考えるべきでしょう。」

「へッーーー言ってくれるじゃねえの。 でえ?『ちびすけ』のお前がお前より数倍大きい鬼人オーガをどう料理相手するってえ?」

「余計な一言を……あなたに言われずともその布石は既に打ってあります。 ご覧にいれましょう―――風によって逆巻いた木の葉が、如何様いかようにして危険なのかを!   ≪忍法火遁;『火燕流』≫」


あらかじめローリエによって張られていた木の葉の結界、索敵の為に使用したモノを自分の術に利用する。 またそうした事も優れた忍の条件であり心得でもありました。

そして忍の手により放たれた火遁の忍術により、風に舞った木の葉が導火線の役割を果たし、一転鬼人オーガを火だるまにするのでしたが……

実は鬼人オーガには、火の属性があらかじ付与ついている者が多くあった。 そしてそれは、火属性の攻撃が得意―――と言う事もあれば、火の耐性持っている……火遁の忍術によって火だるまにされた、ニルヴァーナもよく知っていると見られる『ヤタ』と呼ばれた鬼人オーガでしたが…火によって焼け焦げた肉や皮の臭いを漂わせながらも、その鬼人オーガは立ちすくむ。


「(むっ?)私の術が……効かない??」 「(ち)足手まといな―――私達を窮地に陥れるとは、さてはお前敵の間者か!」

「(く…)そ―――そんなつもりは……」 「止めとけ―――ホホヅキ。 失敗は誰でもある、それにノエルがしたこともあながちやらかしとも限らんさ……」 「リリア―――あなた…」


「フン―――猪口才な! だが貴様ラの所業、しかと目にしたゾ! そして角ナシ《ホーン・レス》……貴様にハ明確な叛意アリと見タ!!」 「フフッ―――それは少々まずいな。 それで?それを知られたとて私達が易々と見逃すと?」

「見逃しテ貰うまでもナイ……貴様諸共もろとも討ち果たシ、こんな木端役かラ昇進うえを目指してくれン!!」


ノエルの火遁の術はさほど効かなかったと見え、仲間の1人からあらぬ疑いを掛けられる始末。 そこを、以前から自分にちょっかいをかけてきているリリアから思ってもみなかった《自分を擁護するかのような》言葉。 しかしこの鬼人オーガの野心、魔王軍内に於いても更なる上の地位を望む気概に、それを阻むかのような声―――それにこの鬼人オーガは大言を壮語しました、『見逃してもらうまでもない』と……この場にいる者達の武の有り様は篤と見させてもらった―――この程度ならば全員を返り討ちする事も『嚢中の珠を取り出す』よりも容易い事だ―――と。


「そうは参りませんよ。 わたくし達の事を知られたからには、あなたには死んでもらうより外はございません。」


何より驚いたのは、この場で一番殺意が強かったのは、華よりも麗しいと讃えられるエルフの王女だったのです。

するとまた……魔力の流れもまた発生も感じさせないのに、周りの草木そうもく草花そうかが急にザワつき始め……


「(これは?!)」

「(なんだ、一体……強い“気”の嵩まりを、あのエルフの王女サンより感じる。)」

「(これは先程私が感じたモノ! それにこれは……)」

「(なるほど……これは魔法のようであって―――)」


「(フッ―――)  〖風よ、木の葉と共に舞え〗」

「ヌおぉっ―――ええい鬱陶しいわ!!」


「今です―――ノエル様!」

「≪影殺;人間じんかん道≫」  「≪一閃:間引≫」

「ちいぃッ―――小癪なああっ!」


「(さすがにしぶといな……)」

「2人がかりでも仕留められなかったとはっ―――何たる不覚!」 「それよりエルフのあなた……先程仕掛けたのは? 見た処魔法ではないようでしたが。」


宙を舞う木の葉がエルフの意図したる風に乗り、鬼人オーガの視界を……行動を阻み始めました。 それをノエルにホホヅキは、エルフの王女が仕掛けたものが魔力を介さずに為した事だと、そう判断しました。

しかしそれが―――…


「いかにも、≪ドルイド≫……それがわたくしの戦闘技術スキルにございます。」 「なるほど。 それでよろしかったのですかな、その様な重要な事を口にされても。」

「あら、これは“ついうっかり”でしたかしらね。 けれどすでに彼のオーガの命運……尽きてございます。」

「おのレエぇ!そこな術師、要らヌ口を叩くでなイわあ!」


通りで魔力を感じないわけだった。 エルフの王女ローリエが行使していたのは、魔法ではなく『戦闘技術スキル』だったのですから。

しかしそんな個人に関わる重要な情報を、ご本人が……それも敵の前で公表をするのはいかがなものかと、そう思われるのですが。 その術師は鬼人オーガを焚き付けた……例え自分が、自分の重要な情報を開示したとしても、仲間以外の他人はすぐにでも亡くなるのだと。

ただそれを黙って聞いていられなかったのは鬼人オーガの性と言うべきか。 先程から不遜な事ばかりをする術師を叩き伏せるべく、力任せに武器を振り下ろし―――た?


「な……ニ!?」


「(これは―――…)」

「(一体―――…)」


青白く光る“ナニカ”がエルフの王女の直前で展開し、鬼人オーガからの攻撃を防ぎ切った。 そしてその“ナニカ”を発生させた者はすぐに判明したのです。


「リリア……あなた―――」 「(ふっ)それじゃあ私もを披露してやろうじゃねえか。 我が内に備わる≪无楯むじゅん≫が一つ≪晄楯こうじゅん≫……我が気を介し須らくの障害を防ぎ切る『万象の楯』の威力、篤と味わうがいい!」

「フッーーー残念だがヤタ……お前の思い通りにはいかなかったようだな。 これもまたお前の運命さだめと知り、この地に果てるがよい!!」


        * * * * * * * * * * *


こうして―――ニルヴァーナが“ある個人”から引き受けた依頼は完遂する事ができました。

そして各々の実力の程も見えてき始めたものとみえ…


「そう言えばリリアよ、そなたが先程見せたものは以前私との対峙で見せた事のあるモノと似ていたな。」

「ああ、そうさ。 あの時あんたに使ったのは、この≪晄楯こうじゅん≫と対になる≪晄剣こうけん≫。 こいつは須らくの障害を斬り裂く『万象の剣』てヤツなのさ。」

「なるほどな……ならばあの時、刃を合せずして避けたのは正解だった―――と言う事だな。」


「それにしても、単なる『箱入り娘』と思いましたが、中々やるようではありませんか。」 「うふふふふふッ、お褒めに与り恥ずかすぃ~ンですわあ~~ン♡」(なでくりなでくり) 「う゛~~~っ、だからと言ってドサクサに紛れて頭を“グリグリ”しないで下さいっ!」


「へへッ―――しかしよ、そう言うお前も中々のモンだったぜ。」 「そう言って、あなたから褒められたからとて、ちっとも嬉しくなんかありませんからねッ!」

「(ふぅ~ん…)―――なあニル、今後はこいつも一緒でいいよなあ?」 「うん?なにを今更、今回の依頼についてきたのは“そう言う事”ではなかったのか。」

「だーーーとさ。」 「ほ、本当ですか?! あ、ありがたき幸せにございます、この上はこの私が修めた“技”と“すべ”のすい、役立たせて頂く所存!」

「まあ~ニルヴァーナ様が拒まれたとしても、わたくしの“愛玩ペット”としてえ~~」(くねりん♡) 「それは絶ッッッ対イ・ヤ・で・す!!」


仲間5人の力をあわせて強敵を撃退させた―――そうした喜びも一入ひとしおに、また新たな仲間を迎え入れた事に悲喜交々ひきこもごもは存在したようです。



そして……この頃より、彼女達5人も次第に耳にし始める―――流れる『旋律しらべ』に乗り、高らかにさえずる、『吟遊詩人バード』の歌声を。



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