3節 鮮やけなる緋の眸に深入られし時

「(好い―――夜だ…………月はその影を失くし、世は闇黒に染まる……

この環境―――この状況で、黒豹である私を捉える事は不可能……!

さあ―――この盗賊団を撃退する等と法螺を吹く駆け出し冒険者共よ!その天狗の鼻を圧し折ってくれよう!!)」


それは―――ノエルにとって『運命の日』。 そして『転機』ともなった日……


最初に邂逅をした時は、実力に見合わぬ大言を壮語する者共だと思い。 思いの様実力の差と言うものを見せつけてやろう―――そう思ったものでしたが……


「はっ―――離せっッ!」 「(……)軽いな―――」


「(この私が、彼我ひがの実力差を見誤ろうとは!)」


『待ち伏せ』―――したのは自分(達)だった……そう、思っていた―――のに、『待ち伏せ』のは自分(達)だった??!

“いつも”の様に黒豹人の特性を生かし、月のかたちが完全になくなる『新月』の頃合を見計らったと言うのに、それなのに……『黄金の剣』に手が届く前に、その手を掴まれてしまった。

しかし、『手を掴まれた』では振り払える自信はある―――事実ノエルにはそうした心得がありました。

何よりノエルが産まれた当初7番目に産まれたと言う事もあり、そんなにまでは『お館様』である実の父に期待を寄せられてはいませんでした。 寧ろ一族の中で期待を寄せられていたのは、自分よりも上の兄姉達……ゆえに、育ち盛りと言う時分に十分な栄養は行き渡らなかった。 だから122の齢を重ねた現在となっても、外見上では普通の黒豹人の女性より小さく、また幼く見えてしまっていたのです。

その容姿は確かにノエルのコンプレックスの一つではありましたが、忍の条件として必要なモノの一つに『俊敏性』と言うものがあった……ノエルに足らなかったのはその外見上みため―――骨格や筋肉などは成人女性並みの能力が備わっていた……だからこそ、今までは『捉え処のない盗賊』―――だった……のに。


「(くッ―――外れないっ?! しかもこの力……こいつまさか―――?!)」


ノエルは忍であるがゆえ、『捕縛』『緊縛』をされた時でも逃れる術『縄抜け』の心得はありました。 それに自分の体格と言うものを知っているが為、力任せで抜けようなどとは思ってもいなかったのです。 だからこそ“技”で抜けるすべ―――それを用い、どうにか逃れられたものの……


「(くそっ!この私が……! ここは一つ“離”を選択するのも一つの手だが、目にしているこんなにも上等な『宝』を……ただでは引き下がれないッ!)」


30年間築き上げてきた『盗賊の首魁』―――そうした沽券プライドもあったからなのか、正常な判断を見誤ってしまった。

今にして思う、『なぜあの時の私は、あの剣に固執してしまっていたのか』


だが……それこそが、『ノエルの運命』―――だったならば?


様々な忍術を駆使し、闇に―――影に紛れ、惑わせ、取り巻き共を向こうに回せたとしても、やはり剣の持ち主には敵わなかった……最後の好機も逃し、ようやくその場からの撤退の判断をし、離脱をする為の『潜影』を使った時でさえも―――……

あたかは、今の自分の位置を、さも知ったが如くに伸びてきた―――


「ああっ!くぅッ―――……!」 「そなた……何か隠しておるな?」


もう―――逃れられない……そうした力加減、先程逃れられた事を教訓に、その者が掴んだ手の力は、殊の外強くあった。

もう、今度ばかりは逃れられない、夜の闇中に一際輝く鮮やけなる『緋』の眸―――その鮮やけなる緋の眸が、自分の事を深く見入る。

ノエルはようやく覚る、今のこの時こそが自分の『絶体絶命』―――ノエル122年の歴史の中で最大の危機を迎えているのだと、そして同時に駆け巡る走馬灯。


「(くぅっ……ここ―――までか……。 今日のこの日が私の終焉の日だったとは……。

思えば今まで散々悪どい事をしてきた―――例え無抵抗とは言え、『盗み』の為なら私の幼い妹弟達とそして違わない子供の生命を奪った事もあった……。

ああ―――そうだ……これは罰だ。 私にはこれから罰が当たるのだ。 ゴメンね、幼い妹弟達……こんな悪いお姉ちゃんの所為で、あなた達まで巻き込んでしまって―――)」


と、ここまでの思いに至った時、ノエルの右腕を掴んでいた手が、離された―――


「……えっ?」 「すまぬが、この剣自体はやれぬが付属の飾りくらいはよかろう。 それでお前の飢えた小さき妹弟達を満たしてやるがよい。 そしてお前自身の……『飢え』も、な。」


「(見透かされた―――?この私の境遇を―――?? ではあの時私を見入っていたと言うのは……!)」


完全に意表を衝かれてしまった、不意を衝かれたと言っていいものか。

剣の持ち主である鬼人オーガの麗人に自分の腕を掴まれてしまった時、自身の生の終焉を覚り悔恨の泪を落としてしまったものでしたが、それがなぜか赦された。

そして呆けるノエルを余所に、またその3人は歩み行く。

そうした光景を見させられて、ノエルの脳裏によぎったもの―――


「(見つけた……ここにようやく―――! この私が終生しゅうせいもってその忠誠を捧ぐべき、『まことの主』の存在を!)」


忍であるノエルには、忍である以上ある目的を持って生きていました。

その目的こそが、自分の忠誠―――忠義を捧げるべき人物、『主君』なる存在。

そうつまり、『盗賊稼業』はそれまでの単なる繋ぎでしかなかったのです。

確かにノエルは、今回『黄金の剣』を盗る事を主目的としてはいましたが、ここに今―――『黄金の剣』に優るとも劣らない確かな宝を手に入れた気になった。

だからこそ、その同日に、逃れてきたノエルは与えられた目的をこなしてきた全団員の前でこう宣言したのです。


「お前達良くやってくれた、だがこの団は今を以て解散だ。 今回お前達が盗って来た分はそのままくれてやるから、それぞれ好きなように生きろ。」

「ああ?首魁―――そりゃねえぜ?そういうあんたはどうしたんだよ、あんたの獲物は! 手前ぇ、自分は失敗しましたからもう盗賊は止めます―――ってか?! ザマァねえな……もうオレ達は骨の髄まで沁みてきちまってるんだよ―――それを今更……辞められるかってんだ!!」

「ヤレヤレ―――不出来な配下を持つと気苦労は絶えないものだ……なぁあ?!―――≪影殺;地獄道≫」


所詮は、ならず者の集まりだったか―――

一流の忍の前に、出来もしない事を述べる元団員たちを、黒き豹の獣人は貪り喰らう……


        * * * * * * * * * *


そして、総てのならず者共を始末し終えた上で―――……


「(げ)お前いつぞやの―――……」

「『ちびすけ』―――ではありませんよ、失礼な……」


少しでも自分が見初みそめた『主殿』に自分の事をもっとよく知ってもらおうと、見てもらおうと彼女達に近づいた時。

ふと、この街には不釣合いの高貴な女性―――それも外見の『長耳』が特徴的な『エルフ』が入っていくのを目にした。

それによく見れば、自分が見初めた『主殿』―――鬼人オーガの女性に、有無を言わさず抱き付いて来たあ??? なんともうらやま怪しからん事を―――と、思いながらも、またノエルの身にも『恐怖』と言う名の大王が降りかかってくるのでした。



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