第2節 伝説の鍛冶師

なぜ誇るべき武勇がありながらも、魔界の武辺者が集まるエリート集団でもある『魔王軍』に入っていないのか―――を問われた時、まだ更なる痛い処を衝いてきた。

それがニルヴァーナがの魔王軍に入らなかった理由―――“悩み”であり“迷い”だったのですが、けれどその事をおいそれと口に出してはいけない―――もしその事が魔王の耳に届いてしまえば、即座に『謀反』を疑われ、やがては『反逆者』の烙印を押された咎人とがびとと成ってしまう事なのですから。

それに自宅に泊めたとは言っても、何一つ知らないこの吟遊詩人が魔王配下の手の者だとも限らない…そうしたところで口籠ってしまったのでしたが―――そうしたニルヴァーナの心情を見透かしたものか、この吟遊詩人は話題を切り替えると。


「それより君―――その君の剣を見せてもらえないものかな。」

「私の……剣?まあ構わないが―――。」


正直、あちらから話題を切り替えてもらってありがたいとは思った。

けれどまさか、この後あんな事になろうとは……


        * * * * * * * * * *


その剣は、現在の……そしてこれからの彼女を語る上では、なくてはならない代物と言えました。 だとて当時ニルヴァーナがたずさえていたのは、割とどこにでもある……言ってしまえば町の武器・防具屋でも売られている様な「普通」の鋼の剣でした。

けれどこの普通の鋼の剣は、彼女と親とを繋ぐ唯一の“物”。 そう、つまり言い換えてしまえば彼女の『家伝来の剣』。 その剣を鞘から抜き放ち、武器の好し悪しなど判ろうはずがない吟遊詩人が―――……


「ふうぅ~~ん……こいつは随分と酷い使い方をしてきたモノだねえ?」 「そんな事……吟遊詩人であるお前が、どうして判る!」

「判るサ―――それに手入れも随分と怠っているみたいだし。 哭いてるぜえ~? 折角の逸品が」(ニュフフ…) 「(くっ……!)お前―――私を揶揄からかっているのか!」

揶揄からかわれているのが判ったのかぁ~い? フフン―――まあ判っただけ、まだ見込みはありそうだねえ?」(ニシシ)



揶揄からかわれている―――莫迦にされている事など、当に判り切っている事だった。 その剣は私の『家伝来』と言ってはいても、“なまくら”同然を与えられたと判り切っていたのだから。

だが例え“なまくら”だとはしていても、私の家にあったモノ……つまりは『家伝来』と言う謂れは偽りではない―――そこの処を見透かされ、吟遊詩人の底意地の悪さが見て取れる様な「含み笑い」……だとてその事が否定できずに下唇を噛み、その手をキツく握り締める事以外を知らない“私”。

この私に……いかばかりかの知性があったなら―――



しかしそれは所詮『無いものねだり』。 どこをどう―――“学識”を“教育”を施してもらった処で身に付くはずもない知力に知性。 その表情に悔しさだけをにじませたニルヴァーナに、更に吟遊詩人は―――……


「なにを、そう悔しそうな顔をしているんだい?ボクは言ったはずだぜ、この剣は『折角の逸品』だと。」 「だが、それはお前が―――ッッ!」

「ボクは、虚言ウソいたつもりはないよ。 それに、これまで君の身に降りかかって来た誹謗中傷ひぼうちゅうしょうなんざ、このボクにしてみれば知ったこっちゃない……それが例え、君が親御さんからなまくらとはしても、ね。」 「お前……ッッ―――!この私への処遇を知っていて……!!」

「『知ったこっちゃない』って言ったろう?無論その事は種属離れしたその外見……君の頭にはどうしたって“角”は見えないし、その容姿だって君自身からオーガだと言われなければ、ヒトやエルフの年頃の女性だと思われても致し方がない。」 「ああ……そうだとも!私だけが違う―――いまだに後ろ指を差される事だってある。 私はオーガにしてみれば“醜い”……軟弱なヒトやエルフに見間違われるのは種属の―――…一族の恥よとも言われている。 だからこそ……そんなモノを払拭させたかった、そしりやあざけりを見返したかった、だから魔王軍へと入り確固たる地位を得て私を見下してきたヤツ等を見返してやりたかった。

なのに―――今の魔王軍ではダメなのだ……魔王軍では!!」


自分の身の上を、知りもしない吟遊詩人からの煽りにまくし立てられ、ついぞ感情が吹きこぼれてしまう。

それは抑えていなければならない―――抑えなければならない感情。

しかし、その感情を聴いてしまった者の、口角が上がる……そうした表情を見て我に返り、今しがたの自分の失言に気付くこととなる。


「(はッ!今私は何を?何を言ってしまったのだ?未だこの者の事を知りもしないのに、この者が魔王の手先の者かも知れないのに!!)」


確かに、見た目の上ではその吟遊詩人は不敵な笑みをこぼしていました。

オーガの『異質ヘテロ』として知られる、オーガの女性が吐露してしまった本音に近しい言の葉に。


「(ようやく……吐き出してもらえたものだね。)ねえ君?もしかしてボクが魔王様の密偵か何かと思ってやしないかい?」 「(え?)違う……のか?」

「そりゃあーーー君、ボクの事を買い被り過ぎてるってものだよ。 だってボクは“鳥”の獣人―――『ハルピュイア』だものね。」 「鳥の獣人? ……と言う事は、身体の一部を翼に変化させることが出来ると言う、?」

「ああ~そうだよ?それに今のご時世ではボク達みたいな獣人には世知辛せちがらくてねえ~。 今じゃこんな『流し』でしか日銭ひぜにを稼がなくちゃならないのさ。 そんなボクを君は魔王様の密偵と勘違いしてくれちゃうなんてさあ~」(ケラケラ)


この当時―――獣人や亜人は地位や身分が低く、奴隷として扱われる事も儘にしてありました。 そんな地位や身分の低い種属が、魔界の『中央政権』と言っても過言ではない魔王のもとに就職が出来るわけがない。

だからこそ魔界中を渡り歩き、その『うた』を、その『旋律しらべ』を自らが作り、自慢としている咽喉のどを聴かせることでその日の生計を立てている事を知ったのです。

その事を知り、安堵をしたオーガの女性に、間隙を衝くかのようなこの一言―――


「そんな勘違いをしてくれた君に、ほんのささやかなお礼をしてあげよう。」 「お礼―――?」

「ここスオウからずぅ~っと離れた場所―――そうだね、位置的には『魔王城』から離れる事、西に20kmあまりに『コンロン』と言う街がある。 そこから更に5km南に下った辺りに、エルフの王国である『エヴァグリム』、そのエヴァグリムから南西7kmにダーク・エルフの王国『ネガ・バウム』の『オレイア』。 そしてエヴァグリムから北東17kmに冒険者の街として知られる『マナカクリム』。 これらの街と街は“街道”と呼ばれるみちで繋がっている。

そして―――『コンロン』と『エヴァグリム』を結んでいる街道の外れ北東5kmの地点に、“ポツリ”と建つ一軒家がある。 そこを訪ねるといい……そこに居を構える者こそ、『伝説の鍛冶師』と呼ばれる人物なのだからね。」



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