『緋鮮の記憶』

天宮丹生都

=序=

『緋鮮の覇王』の章

第1節 吟遊詩人の示唆

今は――――――昔の話し――――――

このある魔界せかいには群雄が割拠し、暴力が支配―――まさに混沌とした時代でした。 弱者は常に虐げられ、力なき者は小さくも震えながら日々を暮して行かなければならなかった。 しかも時の権力者たる当時の『魔王』すらも、何の施策もないまま……それどころか一部の噂では、その魔王自身が率先して―――と言うのもちらほら。


『あの賢王様がなぜにまた?』

『今までは私達に寄り添った政を為されてきた方だったのに。』


しかし、時の為政者に意見をするなど無謀な話し。 意見をしてしまえば立ち処に『謀反』と見なされてしまう。

今代の魔王に仕え、的確な助言をしてきた者がおりました。 そんな忠臣が度重なる諫言を行い、果てに処断されてしまった……その頃から少しずつ異変が知られてきたのです。

今現在では数多くの美女をはべらし、その中でも『傾世の美女』にうつつを抜かしてしまう始末。

いつからその美女が、今代の魔王の側にいたのか、判らない―――しかしその美女が“表”へと出てきた頃合に、今代の魔王は豹変し始めた……

そしてこの異変は、魔界の『三』もの柱の耳にも届いていました。

だから、こそ―――対抗する手段を講じなくてはならない。


そうした時代の、ある英雄達の、これは『群像劇』――――――


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この時代の“鬼人の郷”と呼ばれる『スオウ』に、ある異質ヘテロが居りました。

オーガのくせに“角”がない―――オーガのくせに“秀麗”。 故にその者は同胞からも『半端者』呼ばわりされていました。 しかも、同胞だけではなく血の繋がった両親でさえも……『望まれなかった生命』として栄誉あるオーガらしき“”ではなく、まるでヒト―――まるでエルフの様な“”を与えられて。

しかしながら彼女は人一倍負けん気が強かった。 元々オーガはその武を頼みとしていただけに、この魔界のどの種属よりも負けん気は強かったのですが。

そんな種属の誰よりも、敗けたくはなかった……膝を折りたくはなかった。

そうしたところが彼女を支え、いつしか種属の中でも5指に入るくらいの腕前となっていました。


これはその―――彼女……『ニルヴァーナ』の転機となったお話し。


         * * * * * * * * * *

ある日、早朝の鍛練を切り上げスオウの自宅に戻ろうとした時、この郷のやや目立つ場所に人だかりが出来ていました。


「(う……ん?)どうしたのだこの人だかりは。」

「ああお前か、いや……この郷に「流しの吟遊詩人」が訪れてな。」

「(吟遊詩人……)珍しい事もあるモノだな。」

「まあな、ゲージツだの何だのと言うやつは、オレ等にはさっぱりわからんことだが、こいつの歌声だけはどうにも無視できなくてな……」

「(ふむ……)確かにな―――私も今しがた朝の鍛練を切り上げてきたところだが、

その疲れが癒されて行くようだ……」


疲れた身体に染み渡るような、その“歌声”―――だからか、この時間帯には己の武の鍛錬に励んでいる多くの同胞達が、この吟遊詩人の歌に聞き入っていたというのも無理もない話しだとも思いました。


そうこうしている内に“調べ”が終わり、聴衆達に対して深々と頭を下げる吟遊詩人―――その彼の者の帽子に、僅かばかりの“礼”が投げ入れられる。

どうやら彼の者は、こうした事で日の稼ぎを捻出しているものだ―――と、感心する中……

この魔界せかいに於けるオーガの立ち位置とは、まさにその武勇がモノを言いました。 それであるが故、多くのオーガ達のその就職先とは『魔王軍』以外の何物でもなかった。 ニルヴァーナもこの頃に於いては、すでに種属の5指に入るくらいの腕前でしたが、どうにも今の世情に納得がいかないらしく、度々魔王軍側からの勧誘があったようなのでしたが、すべて断り続けていました。

ただでさえ、他のオーガ達とは異なる特徴を持っているというのに……せめて“エリート集団”として知られている魔王軍に就職できていれば……その事を残念がったのはこの郷の長老であり、また彼女の両親でした。

けれどニルヴァーナは、『どこか違う』と思っていた。 今“もし”自分が魔王軍からの勧誘を受け入れ軍に入ったとすれば、護らなければならない弱者達を虐げてしまう事になってしまうのではないか―――だからその首を容易に縦に振らなかった……しかし彼女自身でさえも勧誘を断ってしまった事は『勿体ない』とは思っていたのです。


「(私は他のオーガ達とは違う……その事で謂れなきそしりやあざけりをこの身に受けてきた。 だからこそ魔王軍に入り、『将軍』などの地位を得るなどして、それまで私を見下してきた者達を見返してやりたかった。

だからと言って―――今の魔王軍に入って、弱者達を虐げて何になると言うのだ!? その為に私は、武を練り上げてきたのではないはずだ!

私は……っ、どうしたらいいのだ―――判る者がいたら教えてくれ!!)」


「―――ねえ、君?」 「えっ……あっ、はい?」


自分の内に籠る葛藤と向き合っていた時、ふと声をかけられた―――時……その場には彼の吟遊詩人とニルヴァーナしか残されてはいませんでした。

長い時間その場に突っ立ち、自分の中の葛藤と向かい合っている―――とはしても、そんな事は吟遊詩人にとっては関係のない話し。

そんな彼女の顔を覗き込むようにして、吟遊詩人は……


「お・代☆」 「えっ?あっ、ああ―――す、すまない今持ち合わせがなくて……」

「そっかあー、じゃあ君のとこにしよう。」 「(……)は、い―――?」

「いやぁ~ボクもね、この自慢の声タダで披露してるんじゃないんだよ。」 「は・あ―――……」

「てなわけで、君の家に泊まらせろいッ♪」 「(……)宿屋なら一応ありますが?」

「え~~折角稼いだ賃金を、もう使えってかい? 随分薄情な事を言うよなあ。」 「そういうそなたは、随分と金銭に執着するものですな。」

「フフン―――そこはお褒めの言葉と取っておこう~♪」


『隋分と強引な御仁だ』―――とは思いつつも、礼をしないのもどうかとも思ったので結局のところは自宅に泊める事にしたようです。


けれどこの“きっかけ”をして、これまで郷から出た事のなかったニルヴァーナは、この吟遊詩人『ミカ』を介して外の世界を知って行くことになったのです。

それに、ミカがなぜ『流し』としてこの郷を訪れたのかも―――……


「う~ん、まあボク達吟遊詩人は、見ての通りこの『咽喉のど』が“商売道具”で『歌』こそが“商品”だからね。 だからこの魔界を巡り、“商品”を取り揃えるための、まあ材料集めと言った処かな。」 「なるほどな、納得のいく答えだ。」

「それより君はどうなんだい?」 「私?―――が、どうしたと言うのだ。」

「まあこのボクが見立てた処で……なんだけど、君の武力はオーガの中でもかなり高い処にある……なのに、いまだ魔王軍に入っていない―――って処が、さ。」 「(!)―――そんな事は、所詮他人であるお前には関係のない事だろう!」

「(……ふぅ~ん)まあね、一宿一飯の恩義がある赤の他人様であるボクが言う事じゃない。 だけどさ、君……明らかに迷っているよね。」 「(う……っ)何だ―――何が言いたい!」


美しい歌声に惹かれ、つい聞き入ってしまっていた。 しかしその美しい歌声に見合うだけの礼は持ち合わせていなかった為、しばらく郷に滞在すると言う吟遊詩人ミカに、自分の自宅を宿として提供したのでしたが。 何の目的でこの郷を訪れたかの目的を訊ねようとした時、逆に問われたものでした。

なぜこの郷で……種属の中でも確固たる武力を持ち合わせながらも、武人ならば誰しもが目指す魔王軍―――なぜその魔王軍に入っていないのかを。

その事を訊かれ、つい感情的になってしまうものの、更に痛い処を衝かれてしまう。


それこそが“迷い”―――“悩み”


けれどその事は、決して口にして語るべき事では、ないのです。



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