第4話「“金剛令嬢”の実力」


 ヴィクター様が用意してくださったお部屋に泊まった翌朝のことでした。

 お屋敷が騒然としておりました。

 これはいくさの気配だと、私はすぐに気付きました。


 身支度を整え部屋を出ると、一階のロビーにはヴィクター様をはじめ、多くの殿方が武装して集まっておりました。


「おお、ディアナ嬢」

「何事ですか、ヴィクター様」

「領内に魔物が侵入した。ちょっくら始末してくらぁ」


 軽い調子で仰いますけれど、ヴィクタ―様のお顔には戦意が漲っておられました。


「愚息どもの仇も来てるらしいんでな」

「……っ! 私もお供致しますわ!」

「“金剛令嬢”が辺境領兵に合力してくれるか。頼もしいな」

「微力を尽くさせていただきます!」


 “金剛令嬢”の名は辺境伯領王国の端まで聞こえていますのね……。


「武器は――」

「持ってきております!」


 私は、大人の身の丈くらいある大剣を担いで見せました。

 するとヴィクター様は吹き出して大笑いなさったのでした。


「ははっ、見合いに武器持参とは。わははっ。いいな、ディアナ嬢。素晴らしい!」


 母が馬車の護衛を雇ってくれませんでしたからね……。






 街の中には既に複数の魔物が侵入していました。家々の戸は閉め切られ、人の姿は勿論ありません。屋内への避難は徹底されているようでした。ヴィクター様は素早く指示を出しています。


「一番から三番は市街区に入り込んだ魔物を駆逐しろ。四番から六番は破られた門と壁の修復を急げ! ディアナ嬢とアレクは俺と来い。仇討ちだ」

「デカ女」

「なんですか、アレク様」


 年下の子の挑発に乗るほど私は子供ではありませんので、お名前で呼んで差し上げました。笑顔は多少引きつってしまいましたけれど。


「足を引っ張るなよ」

「その言葉、そっくりそのままお返し致しますわね」


 ヴィクター様は迷いのない足取りで町を抜けていきます。時折姿を見せる狼型の魔物を抜き打ちで切り落とし、歩く速度は一切変わりません。洗練された太刀筋は見惚れるほどでした。


「おお、そこにいたか」


 魔物獲物を見つけたヴィクター様の笑顔は凄絶なものでした。

 大きな熊のような魔物。右目が刀傷で潰れています。


「ディアナ嬢は手を貸してくれ。アレク、お前は少しさがってろ」

「はい」

「俺もやります!」

「下がってろと言ったぞ!」

「……はい」


 小剣を携えるのがやっとのアレク様には荷が重い相手なのは明らか。ヴィクター様の判断は適切です。私のような外から来た女が助力を求められているのにご自身は後方待機を命じられて、アレク様のご不満も理解はできます。

 ヴィクター様としては最後の跡継ぎまで殺されるわけにはいかないという思いもあるのでしょう。とはいえ、それは絶対にアレク様にはお伝えできませんものね。


 ヴィクター様は無造作に魔物に近づき先制の斬撃を軽く叩き込みました。けれど毛皮と脂肪が厚いのか刃が通りません。


「ほお。これくらいじゃ斬れんか。ディアナ嬢、ちょっと試してみてくれるか」

「はい」


 ヴィクター様が下がり、私は前に出ました。

 嫁入り前の娘が戦場の矢面に立つべきではないかもしれませんけれど、協力を申し出たのは私ですので否応はございません。


 ヴィクター様に対するのと同じように魔物が腕を振りかぶったのを見計らって、


「せいっ!」


 私は地面を蹴って跳びました。

 魔物の前腕と私の大剣が交差し、宙を舞ったのは魔物の腕の方。

 手応えあり、です。

 ヴィクター様も満足げに頷いておられます。


「よし、そっちは任せたぞディアナ嬢」

「え? そっち?」


 気が付けば熊の魔物の影からもう一体の魔物が姿を現していたのでした。どうやらただの森のクマさんというわけではないようで、まだまだ楽しめそうですね。私はぺろりと舌で唇を舐めました。はしたないですね。


「この熊どもにウチの馬鹿息子はやられたんだ。すまんがディアナ嬢、一体任せるぞ」

「承りました!」


 私は大剣を片手下段に構えて熊の魔物の間合いに侵入。

 真っ黒な毛に覆われた腕が今までと同じようにこちらに振られました。鋭利な爪は当たれば致命の威力があることでしょう。

 ですが、


「当たらなければどうということはありませんわね」

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