第3話「お見合い相手」

 馬車で街道を西に進むこと九日。

 ようやく辺境伯領に到着しました。


 辺境伯のお屋敷は立派なものでした。

 すぐに玄関から応接間に通されました。

 執事の男性から「少々お待ちくださいませ」とお茶を出していただき、待つことしばし。


 応接間のドアが勢いよく開き、私はびっくしました。我が家にはこんなドアの開け方する者はおりません。危うくカップを割ってしまうところでした。


「あなたがディアナ嬢ですかな?」


 長身で屈強な体躯の男性が問い掛けてこられます。年齢は私よりもずっと上なのに、すごく若々しい雰囲気のお方です。


「は、はい。私はフルクスト伯爵家の長女、ディアナと申します。この度は――」

「あー、いい。いい。そういう堅苦しい挨拶は王都だけで十分だ。俺は辺境伯のヴィクター・ジルベウトだ。よろしく頼む」

「はいっ、こちらこそ宜しくお願い致します」

「で、だ。こいつが……」


 ヴィクター様の傍らには小柄な男の子。


「……ウチの筆頭継嗣だ。おい、挨拶!」


 ヴィクター様の大きな手に叩かれた彼の最初の言葉は「うわ、デカっ」というものでした。初対面の淑女に対してなんという物言い……。

 思わず私も、


「――お小さいのですね」


 と言ってしまいました。おほほ、あいこですよね。あいこ。




 その失礼極まりない方が、私のお見合い相手でした。

 お名前は、


「アレク・ジルベウトだ」


 だそうです。


「事前に伺っていたお話と随分異なるようなのですが……」


 母曰く、「辺境伯の長子ちょうしはディアナのひとつ年上で背格好も合うはずです。あなたがヒールのある靴を履かなければバランスは取れるでしょう」とのことでしたが、アレク様は私よりも頭一つ以上小柄で、年齢も随分と幼……失礼、お若いようにお見受けされます。


「あー、こいつな。三男なんだ!」

「はい?」

「ディアナ嬢と見合いさせるつもりだったの長男と次男だがな、ふたりとも死んだ! がはは!!」


 いえ、あの、がはは、って。


「結構前に魔物討伐でヘタこいてな。あー、そういえばまだ王都に死亡報告送ってねえな」

「送る送るといってそのままにしてますよ、父上」

「どれくらい経つ?」

「そろそろ半年です」


 ええぇ……。これは母も勘違いするわけです。ご子息が亡くなったのにこんなに笑っていらっしゃるのは、辺境伯領ではごく普通のことなのでしょうか。


「だもんで、ウチの筆頭継嗣はこのアレクって寸法なんだ。よろしく頼むわ!」


 ヴィクター様に肩を叩かれたアレク様は露骨に顔を顰めました。

 そして致命的な一言をぶつけてこられました。


「父上、俺には無理ですよ、こんな年上のデカ女」


 ……デカ女!


「――ジルベウト辺境伯には大変申し訳ないのですけれど、礼節の足りない殿方はご遠慮させていただきたく存じますわ」


 私が慇懃にお断り申し上げましたところ、アレク様は私を睨みつけてこられました。私は見下ろす形で視線を返します。


「はっはっは! 仲が良さそうでなによりだ!!」


 ヴィクター様はご機嫌で大笑い。

 どこをどうご覧になったら仲良く見えるのでしょうか……!

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