第19話 水上打撃部隊
昨日の午後遅く、「翔鶴」を飛び立った九七艦攻が水上打撃部隊旗艦の戦艦「比叡」に通信筒を落としていった。
第一航空艦隊司令長官の南雲中将はその内容を確認した後、「比叡」艦長にそれを見せた。
思った通りだ。
「比叡」艦長は苦り切った顔をしている。
南雲長官はもともとは一航艦の空母や水上打撃艦艇のすべてを指揮下においたうえで空母「赤城」で采配をふるっていた。
だが、山本連合艦隊司令長官の割り込み? のあおりを受けて、一航艦司令部の幕僚を空母「赤城」に残したまま、その身一つで「比叡」に乗り込んでいた。
一航艦全体から一部隊にすぎない水上打撃部隊指揮官というのは格落ち人事ではあった。
しかし、もともと水雷畑の南雲中将は航空機に関しては素人だという自覚もあったので、むしろ今の方が存分に自身の力を発揮できるからこれはこれで悪くないと考えている。
水上打撃部隊は二群に分かれ太平洋艦隊との距離を一五〇〇〇メートルに保ったままこれを挟撃するような形で並進していた。
一方、太平洋艦隊の残存艦隊は傷ついた艦に速度を合わせているのか、日本の艦隊に挟まれているというのに一四ノットという低速で東へ進んでいる。
敵艦隊との位置取りは相手の速度が出ていないこと、接触させた零式水観と水上電探のおかげで比較的スムーズに行うことができた。
現在、軽巡「那珂」と駆逐艦八隻、それに第七戦隊の「最上」型重巡四隻が敵艦隊の左に。
右には軽巡「神通」と八隻の駆逐艦、その後方に第三戦隊の「金剛」型戦艦四隻、殿に重雷装艦の「北上」と「大井」が位置している。
一方、米軍の巡洋艦や駆逐艦の将兵たちは、いつまでたっても自分たちに攻撃を仕掛けてこない日本艦隊に対して神経をすり減らしていた。
太平洋艦隊の残存艦隊は艦上機の空襲によって損害を受けた重巡が八隻に軽巡が三隻、それに駆逐艦一〇隻を中央に配置し、左翼に無傷の駆逐艦一〇隻と重巡洋艦一隻、右翼に無傷の駆逐艦一〇隻と軽巡洋艦一隻からなる縦陣を配していた。
航行不能に陥った二隻の駆逐艦はすでに撃沈処分していた。
主力艦の姿こそ見えないものの、数だけでいえば重巡九隻に軽巡四隻、それに駆逐艦三〇隻の大兵力だ。
全艦が無傷であれば、あるいは日本の水上打撃部隊と互角以上に戦えたかもしれない。
だが、巡洋艦は一三隻中一一隻、駆逐艦は三〇隻中一〇隻が被弾、その中には機関に損害を受けているものも多く、今、日本の水上打撃部隊と戦っても勝ち目は薄い。
そのようななか、残存艦隊の水兵の一人が上空にある複数の水上機のうちの一機に目を止める。
さきほど四隻ある日本の戦艦の先頭艦から発進した水上機が自分たちの前方で8の字飛行をしているのだ。
日本の挑発かと思われたが、残存艦隊の将兵はこちらからの発砲は厳に戒められている。
下手に相手を刺激して日本艦隊との戦闘に突入することは避けなければならない。
沈没した艦から救助した将兵の中には重篤な者も多く、一刻も早く設備の整ったハワイの病院へ送り届ける必要があった。
同じ頃、ヒゲで有名な重巡「鈴谷」の艦長は第七戦隊旗艦「熊野」からの発光信号を受けて魚雷発射を命じた。
おそらく前方の零式水観の動きが合図で、南雲長官と各戦隊司令官との間で取り決めがあったのだろう。
魚雷発射を気取られぬよう、発射後も艦隊は何事もなかったかのように航行を続けている。
発射された魚雷は「北上」と「大井」からそれぞれ二〇本、第七戦隊の重巡四隻から二四本、「那珂」と「神通」、それに一六隻の駆逐艦から合わせて一三六本の合計二〇〇本。
それら魚雷は五〇ノットを超える雷速で約一〇分後に敵艦隊を捉えるはずだ。
さらに一六隻の駆逐艦は次発装填装置で魚雷発射管に予備魚雷を装填する。
高速で転舵を繰り返し、波涛や砲弾片が降り注ぐ戦場ではその実用性に大いに疑問の残る次発装填装置だが、一四ノットで直進し、波穏やかで砲弾が飛んでこない中ではカタログスペックに近い性能を発揮する。
第一波の二〇〇本が敵艦隊に到達する直前、一六隻の駆逐艦と回頭を終えた「北上」と「大井」から一六八本の魚雷が発射された。
発射完了と同時に旗艦「比叡」から飽和雷撃成功を意味する暗号電が発信された。
「トラ トラ トラ」
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