第8話

 レイバンの街へ着いた一行は、ほっと胸を撫でおろしていた。

 石畳を馬車が通り、門をくぐる。門をくぐるとそこには大きな屋敷がそびえたっていた。その屋敷の主はレイバンを治めているギャラン・フォレスタであった。もともと商人で成り上がりだが、ここまで街を大きく発展させたのは彼の実力ともいえよう。

 オフィーリアがアシルに支えられながら馬車を下りると、そこにはウェルヴァインで働いていた見知った使用人と、アシルの護衛を務めているオーバンならびに騎士隊、そしてレイバンを統治しているギャラン・フォレスタらが出迎えていた。

「長旅お疲れ様でございましたアシル王太子殿下」

「ギャラン、久しいな」

 恰幅のよいギャランは腹を抱えてお辞儀をする。

「オフィーリア王女も馬車の中はお疲れになったでしょう。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さい」

「感謝いたします。短い滞在ですが、よろしくお願いいたします」

「私たちはすぐフェルズへ発たねばならない。貴殿にも迷惑をかけると思うが」

「滅相もない、婚礼はすぐそこに迫っているので。めでたいことです」

 むっちりと肥えた手のひらを合わせ、ギャランは嬉しそうに笑った。

 荷物を使用人たちが運んでいる間は部屋は使えないので、控えの間に通され、柔らかいソファーに腰かけていると湯気の立った紅茶を侍女二人がいそいそと運んできた。

「賊に襲われたですと!?」

ローテーブルを倒しそうな勢いで立ち上がったギャランは我に返り、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにソファーに座りなおした。

「最近、何か変わったことはないか?」

「変わった話ですと…あ、商人の間で魔石の取り扱いが出ましてね。珍しいものだから相場は高くなるわけですよ。珍しく、数も多くないのでこぞって貴族たちが欲しがったという話は伺いましたが」

「魔石か…つながっているとは思いにくいな…」

「つながっていると言えば、やはり婚礼が間近ですからなあ。フェルズとウェルヴァインに縁ができるのが嫌なんでしょうかねえ。そうとしか思えませんが…。

 もちろん私は大賛成でございますよ! なんせ中間地点にこのレイバンはあるのですから」

 ああでもないこうでもないと二人で話しているさまをオフィーリアは口もはさめず、ただ聞いているだけになっていた。

 喉が渇いてきて紅茶を一口流し込んだ。

「…賊はなぜ引いて行ったんでしょうか。それが一番不思議でなりません」

 静かに、澄んだ声が二人の耳に届く。

「…目的を果たしたからですかね?」

 ぽつりと閃いたことをギャランが言った。そして彼もオフィーリアを真似して紅茶を二口飲んだ。汗っかきなのか、すぐにじわりと額に汗がにじみ、すぐさまそれをハンカチで拭いていた。

「目的、私たちがレイバンに着いたからか」

 オーバンとの会話を思い出しながらアシルは呟き、記憶をたどっていく。

 レイバンに着いてすぐ散っていった賊。それは見届けるためだった。ちゃんと、姫がフェルズへ向かうのかどうかを伺っていたのだ。

―――様子をずっと伺っていた?

「しかし、狙う意味がわからない」

 狙うならもっと最初から、馬車を止めた時点で仕留めればいいものをそうはしなかったのは何かわけがあるということだとアシルは悟る。これから大きなことが起こるのではないか、そんな予感がしていた。

 隣に座っているオフィーリアをアシルは見る。白く輝いている彼女は、手が出るほど欲しかった存在だ。アシルのように他にもオフィーリアを欲しいと願う輩はいるのではないか。

「殿下? どうされました?」

 この一カ月ですごく慣れてくれたと思う。最初、庭園で会った時よりもずっと。貼り付けた、誰にでも見せるような表情ではなくなっていて、それが何物にも比べようにもならないくらい愛おしかった。

「いや、いくら考えてもわからないなと思って」

「私も同じです、狙うならもっと早く捻りつぶされても仕方がないのに。私ですらわかることなのに、どうしてそれをしないのかが…とても怖いです」

「…警備を増やした方がよさそうですな。屋敷の騎士たちを交代で見張らせましょう」

 意気込んで鼻を荒くさせているギャランに、アシルは眉を寄せた。

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