第4話 もう一人の勇者


その日は無事に目覚まし時計で目が覚めた。

母からもどやされずに済んだ。

もくもくと朝食を頬張る。余裕のある朝は本当の素晴らしい。


謎が深まったLINEのおかげかもしれない。

悩んでいる本人には悪いが、少しだけ感謝した。


「この前さ、河本君と話してたけど……どうしたの? 何かあった?」


昼休み、忍はおずおずと話を切り出した。

明らかに視線が泳いでいる。

接点のない二人のことが気になって仕方がなかったのだろう。


「特に何もないよ。人間観察がバレたくらい」


「観察? 河本君を?」


「忍と何があったのか、ちょっと気になったから。調査してました」


ここ数日、続けていた奇行だ。

おかしいことしかしていなかったし、本人にもバレた以上隠す必要もない。

観察日記はさすがに見せられない。見たくもないだろう。


「まさか、私のためにそこまでやってたの?」


「分からないことは調べるに限るからね。どう、感動した?」


忍は半目でこちらを見ている。

ちっとも感動していないし、熱い友情に心は打たれていない。


「……せんせー、これがヤンデレってヤツなんですか?

実際にそういうことをやってる人見ると、ちょっと怖いんだけど」


「絶対に違うと思います。ヤンデレは都市伝説的存在だよ。

まあ、もっちゃんに怖がられてたのは事実だけど」


病的ではあるのだろうけど、行動理由が根本的に違う。

すべては自作小説のためでしかない。クズもいいところだろう。


「でも、変な気を使わせちゃったかも。何かごめんね」


「いや、謝らないといけないのは私の方かな。

隠れて変なことしてたわけだし」


「それにしても、人間観察する人って本当にいたんだね。

もしかして、私のことも見てたりするの?」


「いや、忍は分かりやすいだけ」


すぐに表情に出るから、観察するまでもない。

多分、それはみんな気づいていることだ。


「とにかく、これ以上せんせーが変なことしないように、私頑張るね!」


ホッとしたようで、やる気を入れ直すように拳をグッと握った。

空回りしないことだけを祈った。


***


観察結果も集まり、設定は固まった。

後は執筆するだけだ。


数学や英語の問題集でも隣に置いておけば、図書館で執筆作業をしてもカモフラージュできる。

ガリ勉というレッテルもついてくるが、どうでもいいことだ。


小説家という偉大な看板を下げている真央にとっては、お飾りでしかない。


二次元アイドルというジャンルが普及し始めたのも理由となったのだろう。

原稿を持ち込んだところ、何度かの校閲を経て続刊が出ることになった。


その調子で執筆を続けて欲しいとのことだった。忍にも受けたようで、アイドルの決意をした女子生徒に共感していた。


それ以来、学年が上がっても忍はもっちゃんにアタックし続けている。

もっちゃんからもLINEが届き、相談されることもしばしばだ。


原稿を進みながら作戦会議を行うのが日課となった。

夜分の作業が進まない分、家に帰ってからすぐに執筆を始めるようになった。


この程度のイレギュラーはなんてことはない。

一晩で四千文字の小説を仕上げる売れっ子作家が音をあげるわけにいかない。


どうも忍とうまく会話ができないらしく、挨拶もろくにできないらしい。

そんなバカなと思いつつ、朝練の時に声をかけてもらった。


忍は数メートル先でもっちゃんの存在に気づいた。恋は盲目どころか視力向上させる効果があるらしい。羨ましいものだ。


もっちゃんがすれ違いざまに声をかけると、彼女の顔が真っ赤になり、壊れたロボットのようになってしまう。普通に会話もできなくなるという状況を目の当たりにした。


志摩さんの言っていたことがようやく分かった。確かにこれはひどい。


『葉山、何であんなに緊張してるんだ? 

柊や他の奴と話している時はそんなでもないよな?』


『私に言われても困るんだけど……もっちゃんは緊張しないの?』


『俺はしないかなー』


このままでは埒があかないので、忍にもアシストをすることになった。


このすれ違いがもどかしい。

なんということだろう。真央は板挟み状態にあった。

さながら恋のキューピットと言ったところか。


真央が声をかければ会話できるくらいにまで成長した。

しかし、一人で話しかける域には達せていない。このままではモブ女子以下だ。

もっちゃんの気が変わらないうちに、成し遂げなければならない。


「せんせーの本、あんなにおもしろいのにうちの図書室にないんだよねー。

入れてもらうようにお願いしちゃおっかな~」


「それだけは、本っ当にやめて。私の筆を折るつもりですか」


真央の作品をいの一番に読めるからこそ、もっと知ってほしいと思うのだろう。

しかし、それただの公開処刑でしかない。

下手をすれば、高校生活どころか社会的に死ぬ。


「あ、柊さんだ。今日のおすすめはこれだよ」


図書委員の神宮寺くんが本を片手に声をかける。

お昼を食べた後、会話の時に緊張しない方法を探したいと忍が言った。


彼女なりに努力するつもりらしい。

これは応援しないわけにもいかない。さっそく図書室で本を探すことになった。


「なんか居酒屋の店長みたいだね」


確かに図書室にはよく来るが、常連客になったつもりはない。

忍と一緒に昼休みを過ごすようになって以来、足を運ばなくなった。

神宮寺くんと会うのもかなりひさしぶりだ。


「あのさ、人と話す時緊張しない方法とか書いてある本、ないかな!」


「そういうのは向こうの棚にあるかなー」


「ありがと! 早速見てみる!」


早足でそちらの棚へ向かった。

顔がほんのりと赤くなっていた。


「葉山さんもそういうことで悩むんだね。なんか意外」


「まあ、本人にとって重要なことだからね。

あのさ、恋愛小説でオススメない?

できれば、登場人物が両片思いしてるようなヤツ」


「柊さんもおもしろいことを聞くね。

最近、女子がよく借りてるのがあそこにあるかな」


すぐ近くの新刊コーナーを指さした。

適当に一冊手に取って、あらすじを読む。


両片思いしている男女をどうにかくっつけるべく、奔走する主人公のお話だ。

お互いの勘違いが暴走し、コメディと化していた。


「こういう感じに展開するのね、なるほど」


「何が?」


本を探しに行ったはずの忍が脇から顔を出す。


「びっくりさせないでよ……おもしろそうだなって思っただけだし」


「恋愛ものかあ、こういうのも読むんだね」


「ほら、こういうのも調査してみないと分からないしさ」


「……調べるの好きだね?」


「分からないことはすぐ調べろって言うでしょ。

考えてばっかりじゃ、しょうがないしさ」


「それは一理ある。何のためにスマホがあるのかって話だよね」


いつのまにか隣にいた神宮寺君がうなずいていた。

勝手に話に混ざらないでほしい。


「言われてみれば、私も同じことやってるんだよね。この本借りるね」


「まいどあり~」


「だから、居酒屋かっての」


忍から本を受け取り、受付を済ませる。

借りた本を嬉しそうに両手で抱える。


「これで頑張れそう?」


「じっくり読んでみる!」


明るい表情を浮かべていた。

その眩しい笑顔はヒロインにふさわしい。

それを勇者に向けてくれればなあ。


うまくいかないものだ。


廊下でもっちゃんと鉢合わせになった。

忍は本を慌てて後ろに隠した。


「へえ、葉山も本を読むんだ。何か意外だな」


「そう! そうなの! 今ね、ラノベとかハマってて!

ソードアートオンライン! とか! 知ってる?」


おお、運良く本というキーワードに引っかかってくれた。

自分の得意な話題に持っていければ、話に詰まることはない。

緊張も相まって、早口になっている。


「あー……名前だけ知ってる。すげー流行ってるんだってな。

俺、小説とか最後まで読めたことなくてさー」


「そうなの?」


「マンガなら読むんだけどなー」


「マンガっ⁉︎ ラノベも結構マンガ化してるから、読みやすいと思う! ねっ!」


忍は私の方に素早く振り向いた。

何でもっちゃんまで私の顔を見るのだろうか。

私の作品にコミカライズのオファーは来ていないし、じっと見つめられても何も出てこない。


「そうだね、最近流行ってるみたいだし……いいんじゃないかな」


「そこまで言うんなら、あとで本屋寄ってみるかー」


「私も一緒に行こうかな! 新作あるか気になるし!」


おお、そこまでこぎつけたか。

好きなことになると、とことん強くなれる。

オタクの強みを活かしたいい戦法だ。


「オッケー。部活終わったら、校門前で待ち合わせなー」


「分かった!」


さわやかな空気を感じさせるような振る舞いだ。

これまでの忍からは考えられない。

姿が見えなくなると、彼女は無言で私の肩を叩きまくる。

話すのに夢中になっていたようで、自分の行動にようやく気付いたらしい。


「あの、忍さん。痛いんですけど……」


「ちょっと待って、死ぬって、死んじゃうって! 

私、何も考えてなかったんだって!

どうしよう、勢いであんなこと言っちゃったけど大丈夫かな!」


「そういう奴に限って生きるから大丈夫だよ」


「そういう問題じゃないよー……お願いだから一緒に来てっ!」


すがるように制服の裾を掴む。


「何でそうなるの。自分でやったんでしょ? 頑張りなさい」


お返しと言わんばかりに背中を思い切り叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る