第3話 勇者観察


ところで、魔王がどのようにして人間界を支配するか。

その手段を決めていなかった。

秘密を打ち明けられた放課後、真央はさっそく図書館に向かった。


世界征服を企む魔王をどうにか説得しようと、勇者以外の生徒も仲間に加わった。

生徒会の面々と後にアイドルとなる女子生徒だ。

女子生徒が彼に好意を寄せているのは、誰が見ても明らかだった。


恋愛感情を真っ先に見抜いた魔王は彼女に一つの提案をした。

恋を叶えてやる代わりに魔王軍に加勢しろというのだ。


もちろん、彼女も簡単には引き下がらない。

勇者に協力すると宣言した以上、仲間になるわけにはいかない。

協力する代わりに、戦うことなく人間界を支配することを条件に出す。


彼女なりの無理難題のつもりだった。

魔王軍は学園こそ破壊しなかったものの、圧倒的な物量と攻撃力で制圧した。

攻撃を封じてしまえば、いずれ諦める。


強気に交渉を持ち掛ける姿勢を魔王は高く評価した。まあ、バトルの描写が単純に面倒だっただけだ。

絵描きが細かい装飾品を描くことを嫌うのと同じ理屈だと思う。


それに対し、魔王が思いついたのがアイドル作戦だ。

学園からアイドルを生み出し、人間界に君臨させ、ファンを作り出すのだ。


楽曲やグッズなどの売り上げで資金調達もできる。

アイドルも学園生から候補を募れば、悪いことをしているようには見えない。


人間に危害は加えていないし、アイドルを好きになるのは人間次第だ。

無理難題を華麗に片付けた上に、更なる試練を与える。


「よし、いいぞいいぞ……」


ぶつぶつと呟きながら、真央はメモをする。

図書室のすみで黙々と作業をする。流れができたら、一気に乗ってしまいたい。

これが作家という生き物だ。


アイドル作戦がヒットしなかったら、「芸能界の厳しさ」という言葉でいくらでも言い訳はできる。方針が決まると、魔王は全校集会で生徒に告げる。


『お前らーッ‼︎ アイドルになりたいかーッ‼︎』


終始ふざけた調子で演説をする。

アイドル計画を知らされ、勇者一行は悩むことになる。魔王軍に協力するのは困るが、勇気ある姿は応援したい。


勇者に思いを寄せいている女子生徒のモデルは忍だ。ヒロインというキャラクターと相性が良かったのもあるだろう。

勇者に一途なその姿はまさに王道ヒロインだ。


ラブコメ要素を盛り込むのであれば、ヒロインは必須だ。

カレーライスに福神漬けが外せないのと同じ理屈だ。


見た目はできるだけ忍と似ないように、描写したつもりだ。

似たような立場のキャラクターを登場させることで、友人の背中を押すことができたらいいと思う。


自分でも気づかないうちに、勇者の姿はもっちゃんに置き換わっていた。

どうも忍に引っ張られたらしいが、友人を応援したい気持ちは変わらない。


***


人間観察と書いてネタ集めと読む。

他の物書きは知らないが、真央はそこから始める。

家族とのやり取りやクラスメイトの噂話、周りをよく見るとネタはどこにでも落ちている。頭にアンテナを生やしたつもりで、山本勇太を観察し始めた。


授業中は寝ており、態度はあまり真面目とは言えない。

友達からノートを借りて写す気力はあるようだが、成績はいかほどか。


昼休みは友達と学食へ行き、重箱のような大きな弁当箱を平らげる。

信じられない量だが、アレが普通のようだ。

そういえば、忍もパンを何個も買っていたような気がする。


スポーツをやっている人間からすれば、あのくらいが普通なのだろう。


誰でも分け隔てなく接しており、好き嫌いはないらしい。

友達も多く、人望がある。真央とは真逆のタイプだ。

近づきたくもないが、今は仕方があるまい。

これも友人のためだ。何度も自分に言い聞かせる。


女子からも人気があるようで、いつも誰かに話しかけられている。

忍と同じように顔を少し赤くして、たどたどしい喋り方をしている。


正直な感想を言ってしまうと、思っていた以上にライバルが多い。

女子同士で火花が散っている。これは厳しい戦いが予想される。


恋愛ものなら、主人公のメンタルが問われると言ったところか。

普通に話しかけようものなら、忍もあのモブ女子のうちにカウントされかねない。

何か違う方法を考えなければならないようだ。


それ以前に、話しかける勇気を持たなければならないか。

なるほどねと思いながらひとりうなずいていると、もっちゃんが目の前に座った。

ホームルームが終わった直後のことだった。


「柊、俺なんかしたか?」


「特に何も」


数日間、ずっと観察を続けていた。ついにバレてしまったか。

特に何かあったわけでもないのに、じろじろ見られているのも気味が悪いか。

今の真央の方がよほどおかしな行動をしているのだろう。


「正直に言うとね、観察してた」


本人は引きつった笑みを浮かべ、一部の女子の視線が厳しくなった。

がっくりと肩を落とし、情けないほど大きなため息をついた。


「俺はカブトムシか何かかよ」


「忍の様子がおかしかったから、何があったのかと思って話を聞いたんだ。

そしたら、どうも原因がもっちゃんにあるみたいだったから。

どういう人なのかも分からないし、様子を見てたんだ」


「あぁ、葉山なー……仲良いもんな。もしかして、あの話も聞いたのか?」


「あの話って?」


「ここじゃ話しづらいから、後でLINEしてもいいか?」


「いいけど」


卒業式の話だろうか。

大分曖昧な返事をしたようだが、忍の告白をどう思っているのだろうか。

何のつもりであんな返しをしたのか、少しだけ気になっている。


***


真央は帰宅部だ。

文芸部に入ろうかとも思ったけど、魔王としての執筆活動に専念したかった。

今日も一人、バスに揺られて帰宅した。


課題をすぐに終わらせて、執筆にとりかかる。

これが真央の習慣だ。面倒くさいことは早く終わらせるに限る。


徹夜しないように言われていたが、頭からすっかり抜けていた。

今日集めたネタをどう作品に落とし込むかで脳内はいっぱいだった。


いつものようにYoutubeを立ち上げ、イヤホンを耳にさしたときだった。

もっちゃんから連絡が来た。


『こんばんは』


思っていた以上に控えめだ。

定型文と化した挨拶を返し、反応を待つ。

会話をしながら、執筆をつづける。

電話だったら不可能なことがメッセージでのやり取りなら可能だ。文明の利器は本当に素晴らしい。


『俺と葉山、中学同じだったんだけどさ。

卒業式の時な、アイツに呼び出されたんだよ。

あなたが好きですって言われてさ、最初、何のことかマジで分からなかったんだ』


うわ、考えた中で一番最悪なパターンじゃないか。

鈍感なんてレベルじゃなかった。恋愛感情というものを知らなかった。

本当にバスケのことしか頭になかったんだ。


『今になってあの話の意味が分かってさ、あの時は結構ひどいこと言ったんだよ。

もしかして、そのことを気にしてんのかな?』


会話文をパッと見た感じは喧嘩か何かの話に見えるが、それ以前の問題だ。

謝るとかそういうレベルの話じゃない。

そんなことをすれば、余計に混乱するに違いない。


『確かに気にしていたけど、怒ってないみたいだよ。

バスケ部なんだし、帰りに謝ればいいじゃない』


『それができたら苦労してない』


まさか苦労なんて言葉が聞けるとは思わなかった。

一番無縁の言葉だと思っていた。

もしかしたら、真央の想像しているものと違うことを考えているのだろうか。


『なんて言えばいいのかな、目が離せないというかさ。

中学の時から危なっかしいところもあったんだけど、それが気になるというか。

とにかく、見てられないんだよなー』


忍を嫌っているわけじゃないのは分かった。

誰かに構ってほしい寂しがり屋なのか、それとも忍が盛大にやらかしていただけなのか。両方あり得そうだ。


『とりあえず、話してみればいいんじゃない?』


『そうだな。声かけてみるよ』


この時、忍の行動が志麻さんから聞いた話以上にひどいことを真央は知る由もなかったのである。


『ありがとなー。また明日なー』


ここでLINEのやりとりは終わった。

だが、すんなりと納得できない。


「あーもー……原稿どーしよ……」


髪をぐっしゃぐっしゃとかき回す。

原稿どころの騒ぎでなくなってしまったではないか。


これまでのやり取りを一旦整理するか。


中学の時から気になっていた。

色々な意味で目が離せない。

友人関係に戻りたいわけじゃない。


これらの項目を見た瞬間、真央の脳裏をよぎるものがあった。

忍の片思いから始まる大逆転劇を想像していたが、どうも違うようだ。

お互いが気づいていないだけで、もっちゃん自身も恋愛感情を抱いているのではないだろうか。


特に彼の場合は言葉にできずにモヤモヤしているようにしか見えない。

人のことは言えないが、本当に恋愛感情に疎い。


ただ、真央が言ってしまっていいものなのだろうか。

本人に自覚してもらうこと、それが重要なのではないだろうか。

自分自身の恋愛感情に気づいて、初めて物語は発展する。


どうしたものかなと、ぐっと伸びをする。

参考がてら恋愛小説も読んでみたほうがいいかもしれない。


図書室で漁ってみるかと思いつつ、パソコンの電源を落とした。

今日は一文字も進まなかった。徹夜は回避できた。


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