幼馴染と仲良くなる方法を実践した

月之影心

幼馴染と仲良くなる方法を実践した

 勉強も運動もそつなくこなし、誰からも好かれる学校一の美少女が、実は生まれた頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染で、毎朝起こしに来てくれるしお昼の弁当は作ってくれるし休みの日はベランダ伝いに部屋に遊びに来るしで、付き合っているわけではないけどまるで恋人同士のように仲良くしてくれる。


(こんな幼馴染が現実に居るわけないだろ……)


 たまたまネットで見掛けた小説風のブログに心の中で吐き捨てるように言った。


 俺は津々原佳希つつはらよしき

 学校の成績も容姿も友人付き合いも特にこれといって目立つ事のない普通の高校生。

 両親は、父が俺が小学生の頃に、母が高校に入ってすぐの頃に、それぞれ亡くなっているのでそこは一般的な家庭からすると普通じゃないかな。

 まぁ、両親の保険で贅沢さえしなければ高校卒業までは何とか生きて行けるだろうから特に不自由を感じる事も無く、今のところこの歳で一人暮らしを満喫している。


 自己紹介で話が逸れそうになったが……何故、たかがネットに転がっていたブログに噛み付いていたのかと言うと、俺にも生まれた頃から付き合いのある幼馴染が居るから。

 但し、その幼馴染は勉強も運動もそつなくこなし誰からも好かれる学校一の美少女ではあるが、朝起こしに来た事も弁当を作ってくれた事もベランダ伝いに遊びに来た事も無ければ、恋人同士のように仲良くやっているわけでもない。


 本当に『幼馴染が居る』というだけ。


 こんなほぼ完璧な子と何の特徴も無い俺が仲良くするのも憚られると言うか、釣り合いが取れず迷惑を掛けてしまうのではないかと思い、これと言った繋がりも持たないまま今に至っているが、やはり『幼馴染』というアドバンテージを活かして仲良くしたいとは思っている。

 勿論、家が隣りという事もあって、登校時間が重なれば挨拶を交わす程度の付き合いなら続いている。




「おはよう。」

「……おはよう。」


 龍崎穂乃果りゅうざきほのか

 挨拶はするものの、目線すら合わせずに素っ気ない挨拶を返してきたこの子が俺の幼馴染だ。


「今日も早いんだな。」

「ええ。」

「日直か何か?」

「ええ。」


 挨拶を交わす程度と言っても『無視はされないけど……』という程度なので、世の中に仲睦まじい幼馴染の関係なんかあるものかと否定する俺の気持ちも分かって貰いたい。


 ただ、この穂乃果の態度が俺以外に対しても同様の対応であるなら、俺が特別相手にされていないというわけでも無いのだが……


「穂乃果おはよぉ~!」

「おはよう美春みはる。今日も元気ね。」

「穂乃果は元気無いのぉ?」

「普通よ。ところで昨日のテレビ……」


 という感じで、友達とは挨拶プラスアルファで普通に会話もしているので、本当に俺が相手にされていないだけだ。


(はぁ……穂乃果と仲のいい幼馴染の関係だったらなぁ……)


 そんな叶う筈もない願望を頭に浮かべつつ、普段と変わらない学校生活を送りに登校した。




 いつもの教室のいつもの自分の席でいつものように授業を受け、いつものように自分で作った弁当を食べ、いつものように放課後を迎える。

 そしていつものように一人で帰宅する俺の足はいつもより早かった。

 別に誰かに追われているわけではない。

 午後の授業中にこっそり覗いていたスマホで辿り着いたウェブサイト。


 《気の無い異性をデレさせる方法》


 別に怪し気な雰囲気でも無く、アフィリエイト満載の単なる広告サイトでも無く、個人が開いているような素人っぽさがそこかしこに散りばめられたブログのようなサイトだったが、読めば読む程引き込まれ、これは試してみる価値がありそうだと判断した結果1分1秒でも早く試してみたくなり、自然と帰宅する足も速くなっていたというわけだ。




 帰宅した俺は鞄を床に放り投げると、着替えもせずにパソコンの電源を入れてスマホから送ってあったURLにアクセスした。

 パソコンのモニタにはスマホで見た画面をそのまま大きくしたサイトが開く。


 例えばこのサイトの内容が自己啓発的なものだったら、俺はここまで引き込まれなかっただろう。

 自己啓発ならそれなりに自身を向上させる為の努力と時間が必要になるが、別にそこまでして『気の無い異性』をデレさせたいとは思っているわけではない。

 俺が引き込まれたのは、このサイトに書いてある『一度対象ターゲットに会うだけ』で『即座に効果が表れる』という文言だった。

 普通、こんな文言が踊っているサイトなど誰も信用などしないだろう。

 俺だって普段なら検索で表示されても無視しているだろう。

 しかし、何故かそのサイトには妙に引き込まれる魅力を感じ、つい隅々まで目を通したくなっていたのだ。


 適度にフォントの色や大きさを変えているのに軽い感じは受けず、かと言って読み辛いわけでもなく、いつしか『次へ』を連打しつつ最後のページへと辿り着いていた。


 そこには……


 『デレさせたい相手の名前を黒い紙に白いペンで書き一晩枕の下に敷いて寝る』


 ……とあった。


(それだけ?)


 ここへ来て、俺は初めてこのサイトに書いてある事に疑いを持った。

 紙に名前を書いて枕の下に敷いて一晩寝るだけ?

 そんな馬鹿な。

 俺はマウスから手を離すと椅子の背もたれに体を預けて背伸びをした。


(そんな事で気の無い異性がデレるなら世の中デレた奴らだらけになるぞ。)


 くだらない時間を使ったと思ってブラウザを閉じようとした時、開いていたそのサイトの最後のページの一番下に小さく『NEXT』と書かれたリンクがある事に気付いた。

 それをクリックすると暫くページを読み込み、新たなページが開いた。


 そこには……


 『デレさせたければ先の方法は絶対に間違えてはいけません。』


 ……と前までのページより大きく派手に色付けされた文字が躍っていた。


(黒い紙に白いペンで書くだけなのに何を間違えるんだ?)


 まぁ騙されたところで痛くも痒くも無いんだ。

 何はともあれ試してみるか。


 が……黒い紙?

 部屋の中をぐるりと見渡す。

 黒い紙って折り紙とかに入ってるやつ?

 今から文房具屋に走るか?

 いや、黒い紙をいいのか。

 俺はパソコンのモニタにペイントツールを開くと、四角い枠を書いて黒く塗り潰し、それをプリンタで印刷して黒い紙を作った。

 あとは……白いペンだが、確か前に何かに使う目的で買ってあった筈だ。

 あれは何処に片付けたか……。

 ペン立てに白いキャップ……あった。

 俺は印刷した黒い紙に震える手で『龍崎穂乃果』と書いた。

 これを枕の下に敷いて一晩寝ればいいんだな。


 既に俺の頭の中からはそのサイトに対する疑いは微塵も無く、ただ明日になれば穂乃果が俺にデレてくるのだという希望だけを持っていた。

 俺はその紙を枕の下に敷くと、疲れが出たのかそのままベッドに体を沈み込ませてうとうとしてしまっていた。




 少し肌寒さを感じて目が覚める。

 窓の外は紫色に染まっている。


(あぁ、ちょっと寝ちゃったな……晩御飯作らないと……)


 と壁の時計を見ると5時を少し過ぎた辺りだった。

 しかし学校から帰宅したのが午後5時前くらいだった筈なので、この時間感覚はおかしいと思い、机の上のスマホを取って確認した。


(午前……5時……?)


 どうやら12時間近く、晩御飯も食べず風呂にも入らず眠ってしまっていたようだ。


(やっちゃったか……)


 逆に眠気も疲れもすっかり飛んで気分爽快だし……と思ったところで昨日の事を思い出す。

 枕を持ち上げると、幾分皺が入ってはいるが、昨日書いて枕の下に敷いた黒い紙が置かれたままだった。

 これで、穂乃果が俺にデレる……のか?

 まぁ、何も変化が無かったとしても、別に多大な努力をしたわけでも膨大な時間を費やしたわけでもないので気にしなくていいだろう。

 俺はベッドから立ち上がると着ていた服を脱ぎ、パンツ一枚になって風呂場へと向かった。


 汗を流し、朝食と昼の弁当を作ろうとキッチンへと入ったが、そう言えば昨日買い物をしていなかったので弁当用の材料が無い事に気付く。

 今日は久々に食堂に行くか……と頭を切り替え、朝食のパンとコーヒーだけ摂って学校へ行く事にした。




 玄関を出ると、ちょうど家の前を穂乃果が通り過ぎていくところだった。

 俺は少し心臓が高鳴るのを覚えた。


「お、おはよう。」


 俺の声に穂乃果が足を止めて振り返る。

 表情はいつもと同じだ。




 瞬間的に紅く染まった頬を除けば……。




「おっ……おおおはおはよう……」


(え?何あの動揺……)


「は、早いのね……べ、別に用事が無いならゆっくりしていればいいのに……」


 やけに饒舌だ。


「いや、妙に早く目が覚めたんでね。」

「そそそそ……そう……いい……心掛け……ね……」


 どうしたと言うのか?

 ひょっとして、これが例の効果というやつなのか?


「折角だし一緒に学校行かないか?」

「ふぇっ!?ま、まぁ……どうしてもって言うなら……し、仕方ないわね……」


 頬を更に紅く染める穂乃果。

 こんな穂乃果今まで見た事無いぞ……と思いながら家の門扉をくぐって穂乃果に並んだ。


「ち、ちゃんとご飯は食べてるの?」


 当然、穂乃果も俺の両親が他界している事は知っている。

 それを心配してくれているのだろうか。

 それより、穂乃果から話し掛けて来る事自体が珍しい事だ。


「ん?あぁ、食べてるよ。でなきゃこんな丈夫な体にはならないよ。」


 俺は胸を拳でドンッと叩く。

 穂乃果は一瞬目を見開いたかと思うと、益々頬を紅く染めて俯いてしまった。


「今日も……お弁当自分で作ったの?」

「あ~……昨日買い物忘れてて材料無かったから今日は食堂行くつもり。」

「そっそうなのっ!?ま、まったく……しし仕方ないわね……ぐ、偶然今日は……お弁当二つ作っちゃったから……ひひ一つあげるわよ……」


 弁当って偶然必要以上に作ったりするものなのか?


「え?あ、あぁ……それは助かる……けどいいのか?」

「ああああげるって言ってるんだからいいも何も無いでしょ!?」

「そ、そうか……じゃあ遠慮なく頂くよ。ありがとう。」


 穂乃果が今朝最高に顔を紅く染めながら、鞄から紺色の巾着袋に包まれた弁当箱を出して俺の手元に押し付けた。


「し、仕方なく……なんだから……ねっ……」


 俺は受け取った弁当箱を鞄に収めると、穂乃果と並んで学校へと向かった。




 今まで俺に気の無かった穂乃果があんな態度を採るなんて有り得なかったのだから、例の効果が出ていると認めざるを得ない。


 しかし……だ。


 確かに『デレ』てはいるように思うが、『ツン』も一緒に出てないか?

 いや、今まで明確に『ツン』が出ていなかっただけで、そもそも気の無い俺に対しては潜在的に『ツン』であって、そこに例の効果で『デレ』が加わったという事なのだろうか?

 まぁ、穂乃果の見た事無い態度は新鮮だし、これはこれで可愛いので構わないか。


 それ以前に、たかだか黒い紙に白いペンで名前を書いて枕の下に敷いて一晩寝ただけで、直接何もしていない相手の態度がこうも変わるって、普通に考えたら有り得ない事だ。

 よくファンタジー系の作り物であるような、魔女が妖し気な材料を大きな窯で煮立てて作った妖し気な薬を使って……なんて事も無いのに。




 昼休み。

 俺は穂乃果から貰った弁当を持って中庭に居た。

 普段でもたまに気分転換と称して昼飯を中庭で摂る事はあったが、今日に限って言えば、すぐ隣に穂乃果が座っている事が普段では有り得ない事だった。


「たっ……たまにはいいでしょ?」


 そりゃ全然構わないし、寧ろたまにじゃなくても構わないのだが。


「お、お弁当が……ちゃんと口に合うか……確認しておかないといけない……から……」


 そう言えば穂乃果の料理を食べるなんて初めてじゃないだろうか。

 ただ、口に合うかどうかを確認するだけなら後で訊けばいいだけで一緒に食べる必要性は感じないのだが。


「いただきます。」

「ひゃいっ!」


 弁当箱の蓋を開けると、何かのフライにキャベツ、人参、ポテトサラダとふりかけの乗ったご飯が敷き詰められ、自分が作ったのとは比較にならない鮮やかさがあった。


「こりゃ美味そうだ。」

「い、いいから早く食べなさいよ!お昼休み無くなっちゃうでしょ!?」


 まだたっぷり50分あるわい。


 フライは白身魚と鶏のささみだった。

 薄味ながらしっかりと味付けされている。

 ポテトサラダも俺の好みの味だった。

 野菜はあまり得意ではないのでノーコメント。

 あっという間に弁当箱が空になる。


「ごちそうさま。」

「お、お粗末様でした……で……?」

「で?」

「く、口に合ったかしら?」

「あぁ、もうこれ以上無いくらい美味かったよ。」

「ほ、ホントに?」

「うん。自分じゃこんな凄いの作れないし、久々に本当に美味い飯食った気がする。」


 俺は穂乃果が俺の反対側で小さくガッツポーズをしているのを見逃さなかった。

 これは本当に例の効果が表れているようだ。

 ここはもう少し畳み掛けてみるか。


「こんな弁当毎日食えたら昼休みが楽しみで仕方なくなるよ。」

「まっ!?まま毎日……って……そ、その……そ、そうね……そこまで言うなら……明日から毎日作ってあげてもいいいいいわよ?」

「じゃあお願いしようかな。」

「ふぇっ!?あ……は、はい……」


 何だこの可愛らしい穂乃果は。

 その後、顔を真っ赤にした穂乃果と昼からの授業の予鈴が鳴るまで雑談を続け、初めて学生生活の昼休みの楽しみを満喫し、その後は昼の2時限の間、眠気に耐えながら何とか放課後を迎えた。




「あっあのっ……いいいい一緒に帰ら……ない?」


 放課後、鞄を持って立ち上がろうとしたところへ穂乃果が声を掛けてきた。

 一緒に帰らないか……だと?


「べべ別にいい一緒に帰りたいわけじゃなくてっ……その……方向一緒だから……どうせならと……思って……」


 断る理由なんか無いし、寧ろこちらから頼みたいくらいの事だ。


「そうだな。一緒に帰るか。」

「そそそそうね……そんなに私と帰りたいなら……しし仕方ないわ……ね……」


 俺が穂乃果と帰りたがってるみたいになったぞ。

 まぁ間違いでは無いから構わないが。


 で……


 何を話すでも無く、何があるわけでも無く、ほぼ一人で帰っているのと変わらない感じで家の前に着いた。


「それじゃあまた明日。」

「え?あ、あぁぁ……まままたあああ明日……」


 結局穂乃果は朝から今までずっとこんな調子だった。

 いくら昨日のサイトに書いてあった事をやって効果が出たと言っても、思っていたのとはだいぶ違うし分からない事も多過ぎるので、昨日に引き続き俺は部屋に戻るや否やパソコンの電源を入れて昨日のサイトにアクセスした。

 しかしやはりと言うか、昨日と変わった事は無い。


 と、この効果について調べる事に半ば諦めつつブラウザの上にマウスポインタを走らせていると、例の『デレさせたい相手の名前を……』という方法を書いた一行の頭にある『デレ』がどうも文字ではなく画像であるようだと気付いた。

 俺はマウスポインタを『デレ』に合わせてみた。

 すると、『デレ』の『デ』の『゛』にリンクがあるではないか。

 小細工が過ぎる!


 俺は迷わずそこをクリックした。

 そこには、凡そ考え付きそうなが書かれていた。


 例えば……


 『白い紙に黒いペンで書いた場合:気のある人が素っ気なくなる』

 『枕の下から外れた場合:枕の下にあった時間に応じてデレる時間が短くなる』


 等々。

 そして俺が最も関心を持っていた持続時間についても書かれていた。


 『一晩中枕の下にあった場合、この効果はする。』


 え、永続ぅ?

 あの(ツン)デレた穂乃果がこれからずっとだと言うのか?

 これは素晴らし過ぎる!

 俺は思わずガッツポーズをしていた。


 だが、更に気になったのは、このサイトでは『デレさせる』とあるのに対し、穂乃果は『ツン』が一緒に付いてきた事だ。

 直感的に、何か失敗しているのだろうかと先程の失敗例に目を通してみた。


 そして見付けた。


 『黒い紙が無いからと白い紙を黒く塗って黒い紙にした場合』


 これだ。

 やはり失敗だったのか。

 続きに目を通した。




 『:ツンデレる。』




 なんじゃそりゃ。


 つまり、穂乃果がツンデレているのは、黒い紙を事がこのサイトにある『黒い紙』では無いという事で失敗だと判断されたというのか。

 ならばあんな可愛い穂乃果になったのは失敗でも何でもなく、俺にしてみれば大成功だったわけだ。

 災い転じて……でもないけどこれは重畳。

 それで、その場合の効果の持続期間はどうなんだと考えたが、それについては何も書かれていなかった。


(まぁ、一晩枕の下に敷いてたんだからそこは成功だと思ってもいいのでは?)


 そう信じる事にした。

 ともあれ、何という幸運か。

 単に『穂乃果と仲良くしたい』というだけだったのに、この流れだと更に関係を深くするのも夢では無いんじゃなかろうか。


 ただその一方で、もし本当にサイトにあった効果で今の穂乃果になっているのだとしたら、あのツンデレた穂乃果は言わば俺がサイトにあった方法で穂乃果と言っても過言では無い。

 そんな考えが浮かぶと同時に、何となく罪悪感のようなものを感じてしまった。


(あれは穂乃果の本音じゃないんだよな……)


 不意に沸いたその感情は、極々普通の高校生である俺には重たかった。


(一日いい夢を見させて貰った。)


 そう考えた俺は穂乃果に事実を伝えて謝ろうと思い、机の上に置いたスマホを手に取ってアドレス帳を開いた。

 母親が亡くなった時に『困った事があったらいつでも言ってきなさい』と穂乃果の父親が龍崎家みんなの携帯番号を教えてくれていたのだが、ここまで困った事も無く、穂乃果の家族の誰にも連絡を入れた事は無かったのに、まさかこんな事に使うとは思わなかった。


「あ、穂乃果?俺、佳希だけど。」

『ふぇっ!?えっ!?あっ……どどどどうしたの?』


 効果は継続しているらしい。


「ちょっと話したい事があるんだけど会える?」

『えっ?ももももちr……んんっ!そそそんなにあああ会いたいならしし仕方ないわ……ね……すぐ行くから待ってなさい……』


 あ、いや……こっちの用事だから俺が行くべきだと思うんだが……。


「わ、分かった。じゃあ待ってる。」


 通話終了ボタンを押しスマホを机に置くと、取り敢えず飲み物くらいは用意しとくかとキッチンへと向かった。

 キッチンでグラスに麦茶を入れていると玄関のインターホンが来客を伝える。


「はぁい。」


 玄関へ行き鍵を開けて扉を開くと、白いTシャツに水色の膝丈くらいの水色のスカートを履いた穂乃果が、胸の前で組んだ手をもぞもぞさせて俯いたまま立っていた。


「わざわざ来てくれてすまないね。」

「う、ううん……いいのよ……」

「取り敢えず上がって。」

「は、はい……」


 一旦穂乃果を応接間に通し、キッチンから麦茶を取って戻って来る。


「どうぞ。」

「あ、ありがとう……」


 穂乃果は置いたグラスをすぐに手に持ち、一口麦茶を飲んで机に戻した。

 その手が小さく震えている。


「それで……話なんだけどさ。」

「ふぁ?あ……うん……な、何かしら……?」


 いざ穂乃果を目の前にすると、先程の罪悪感はより大きくなってくるものの、どう切り出せば良いのか分からず、口がもごもごと動くだけになっていた。

 だがいつまでのこうして穂乃果と向かい合って座っているだけでは埒が明かないと、覚悟を決めて事の顛末を話す事にした。


・・・・・・・・・・


「……と言うわけなんだ。」


 応接テーブルの上には例のサイトを開いた状態の俺のスマホが置かれていた。

 穂乃果はその画面をじっと眺めつつも、表情は固くなっていた。


「一時の気の迷いじゃなく、俺は穂乃果とよくある『幼馴染』として仲良くしたいと思ってたんだ。だから……」


 言葉を続けようとしたところに穂乃果が口を挟んだ。


「あ、あのっ……!」

「……今の穂乃k……ぅえ?な、何?」


 穂乃果は顔を真っ赤にして俺の顔をじっと見ていた。


「わ、私も……佳希くんと仲良くしたかった……の……」

「いや、だからそれはこのサイトの方法を試した結果、出て来た効果で……」

「そ、そうじゃなくて……」

「え?」


 穂乃果が大きく深呼吸をして話し始めた。


「私は小さい頃から佳希くんと仲良くなりたかった。一緒に遊んだりお勉強したりしたかったの。」


 こういうのを『青天の霹靂』と言うのだろうか。


「小学生の頃、野良犬に追い掛けられて転んで怪我をした私を助けてくれた時、私は佳希くんの事が好きになったんだと思う。」


 そう言えばそんな事もあったな。

 完全に忘れてた。


「でも、『気持ちが裏返る』って言うのかな……佳希くんと仲良くしたい、一緒に居たい、って思えば思うほど、私は佳希くんと距離を開けてしまって……最近になってこのままじゃダメだって思うようになったの。」


 これがツンデレる要因だったのだろうか?


「それで……」


 穂乃果がスカートのポケットからスマホを取り出し、何やらぽちぽちとやり出したと思ったら、あるウェブサイトを開いて画面を俺の方に向けた。

 そこには……


 《気になる相手との距離を一気に詰める方法》


 ……と、俺が見た例のサイトと似たようなデザインのページに同じようなフォントで書かれたサイトがあった。


「え?これ……?」

「うん……佳希くんが言ってくれたサイトの裏サイト……と言うより、こっちが表で佳希くんの見た方が裏らしいけど。」


 確かにざっと目を通しただけだが、俺が見たページとは違って割と平凡な、誰でも思い付きそうな内容しか書かれていなかった。

 画面を眺めていると、穂乃果がそのサイトの一番下までスクロールさせ、ページの何も無いように見える部分を人差し指でタップした。

 すると画面の読み込みが始まり、そこに……


《気の無い異性をデレさせる方法》


 ……という、俺が何度も見た例のサイトが現れた。

 穂乃果があっさりこのページを開いたと言う事は、このページの存在を穂乃果も知っていたと言う事だ。


「こ、こんなサイト見なくても……どっちかが言えばよかったんだな……」

「う、うん……」


 何となく、お互い気恥ずかしくなってそのまま無言になって黙り込んでしまった。


「でもさ。同じサイトの表と裏を同じタイミングで見て、同じタイミングで行動に出るなんて……偶然にしても出来過ぎだよな。」

「ふふっ……そうね……」


 その時、俺は穂乃果の笑顔に、いつも見ていた笑顔とはほんの少しだけ違和感を感じたが……


「何だかつっかえてたものが外れた気分だわ。改めてよろしくね。」

「勿論。こちらこそよろしくな。」


 返って来た穂乃果の笑顔は、いつも友達と話している時のような楽し気な表情だったので、俺は穂乃果との関係が一歩進めたのだとポジティブに捉える事にした。




















「さて……と。」


 私は自室に戻るとすぐにパソコンの電源を入れた。

 ログインをしてデスクトップにあるアイコンをダブルクリックして開く。

 開いたアプリケーションを何度かクリックしていると、別窓が開いて天井付近から見下ろす角度で何処かの部屋全体を映した様子が表示された。


 やがて部屋のドアが開かれ、中に一人の男が入って来た。


「私と普通に話せるようになって……次は何をするのかなぁ……佳希くんは……」

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