第10話 虚しくも時が流れていく

 想像以上に大雨の影響は大きかった。電車が遅れがちで、乗り継ぎも悪くなり、すでに13時をまわっている。しかも、駅員から、


「申し訳ございませんが、ただいま運転を見合わせております」


 やっぱりか。この私鉄に乗りかえる時、次に乗りかえるはずの路線が大雨の影響で運転を見合わせているとの情報を耳にしていた。それでも、もしかしたらと、この駅までは来たのだが……目途も立っていないという。


 このままここで電車が動くことを祈って待つべきか。だが、雨は激しさを増している。


「ここにいてもしょうがないよ」


 美和の決断は早い。ホームから改札を抜けて、小さな駅舎からもでようとしている。慌てて後を追いかける。


 駅前にはロータリーがあり、おそらく迎えにきていたのだろう。人を乗せた数台の車が動きだしてしる。


「あれしかないか」


 美和が指差した先、確かにタクシーで行くしかなさそうだ。目的の駅までは3駅、少しお金が心配だが、そんなことは言っていられない。


 傘も差さずに駆け寄ると、すぐに後部ドアが開き、美和とともに乗り込んだ。


「柿沼までお願いします」

「柿沼?」


 60代くらいの運転手はバックミラーで後部を見ながら、ダメダメ、と首を横に振った。柿沼方面へと向かう県道が冠水していて通れないというのだ。


「まわり道でもいいんで、お願いします」


 美和がシートの間から顔を突きだすようにして詰め寄った。


「悪いけど、他の道っていうと山のほうの道になっちゃうし、この雨じゃどうなっているか分からんし、とてもとても」


 行くだけ行ってほしい、と食い下がる。


「ごめんなあ」


 運転手が後ろを振り返り、気の毒そうに声をかけてくる。そして、視線が離れていく。その視線が向かう先、窓の外を見ると、傘を差した老婦人といった感じの女性の姿がある。


「わかりました。すいませんでした」


 さっきまで食い下がっていた美和が一転して引き下がる。きっと、美和も女性の存在に気付いたのだろう。無理を言って、仕事のじゃまをするわけにもいかない。


 ドアが開き、美和がタクシーを降りていく。僕も運転手に頭を下げ、後に続く。戸惑ったような顔の女性にも会釈をし、駅舎へと戻っていく。


 ほんの何メートルか歩いただけなのに、服も体も濡れている。この駅で折り返す電車に乗り込んだのだろうか、誰の姿もない。美和は降り続く雨を睨みつけている。


 ここは地方の田舎町で、しかも観光地というわけでもない。あっという間にロータリーから車はいなくなり、タクシーも止まっていない。

 ロータリーの先には商店街らしきものが見えるが、大雨の影響なのか、それとも元々寂れてしまっているのか、どれも開いてはいないように見える。


 駅の周辺だというのに人影もない。背後からベルが聞こえてきた。


「でますよ!」


 駅員が声をかけてくれる。横を見ると、美和は動く様子もなく、雨を睨み続けている。


「大丈夫です。次の(折り返し電車)に乗りますんで」


 次の電車が来るまでには1時間以上ある。自販機で缶ジュースを2本買い、


「とりあえず、あそこに座って考えようか」


 木製の長椅子へと向かう。誰かの手作りらしき座布団に腰を下ろし、いつも以上に重く感じられる肩かけバッグを横に置いた。


 美和も無言のまま横の座布団に腰を下ろした。プルタブを引いて渡すと、「ありがとう」と小さな声が返ってきた。自分もプルタブを引いて、がぶりとひと口飲み込んだ。


 考えるといっても、何を考えるというんだ。駅員に対し、自然とでてきた言葉、次の(電車)、それが自分の胸のうちを表している。


 ただ何もできぬまま、むざむざと帰るしか……。


 頭上にある壁かけ時計の音が、やけに耳につく。ただただ時間だけが過ぎていく。助けられるはずの命が――消えてしまう。


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