第31話 あのときの先輩

 この映像に出ている女の子に、会いたい。

 そんな想いから入部したはいいが、期待は外れた。入部間もなく、その映像は一〇年ほど前に撮られたもので、密先輩は既に卒業したOGであることを知った。

 落胆したが、頻繁に出入りしていると知り、サークルに残った。映画への愛情なんかは、もちろんありゃしない。

「あのときの先輩、わ」

「わ?」

 若かった、はいかんよな。

「わけわかんないくらい、可愛くて。尖ってるけど繊細で、意志は強いけど壊れてしまいそうで、儚くて」

 身の程を知らない僕は、あの映像を見て、先輩となら刺激的な生活を送れると感じた。

 先輩はドラマや映画の登場人物そのものだった。存在自体がエキセントリックでチャーミングで、つまらない僕でも面白い人間になれるとさえ、錯覚させた。

 あの作品について密先輩に気持ちを伝えるのは、初めてだった。「ファンなんです」とミーハーに思われるのが嫌だった。

 結局僕は単純で、好きな女の子の前で恰好をつけてしまう、自己嫌悪に陥りそうなほどの平凡な人間なのだ。密先輩が映像の中で語ったように、醜さをさらけだすなんてことはできない。

「ふぅん。そんな風に思ってくれてたんだ」

 実を言うと、僕は先輩に初めて会ったとき、がっかりしていた。

 先輩が表現していた、行き場のないエネルギーを持った人物と、実際の彼女のひらりとかわす振舞いはあまりに違っていたから。

 年月がそうさせたのか、と勝手に思ってしまった。でも、それは子供じみた失望だ。

 役と本人、違うに決まっている。

 自然と、そのギャップに対する違和感はなくなっていた。ぬるい大学生活の中で、そんな失望さえ、膜に包まれたようにぼんやりとしてしまっていたのだ。

「あれね、私が脚本書いたんだよ」

「そうなんですか。先輩、あんなことを考えているようには見えないな」

 先輩は俯いて考え「あの映像を見て私に恋した、と?」いつものおどけた表情を作った。

「そんな」

 繕おうとして口を噤む。

 これじゃ駄目だ。先輩の脚本が、自己表現が、僕の心を動かしたのだと、伝えなくちゃいけない。

「作り手のエネルギーが強く表現された映像でしたから。映画への愛情とか、熱とか。何かを成し遂げたいっていう、青くさいけど眩しい気持ちとか」

 あの映像から受けた感動を、なるべく素直な言葉でぶつけた。好きだとか、恋したとか、そういうことはやっぱり、顔を見ては言えなかったけど。

「そっか。外崎、聞いたら喜ぶな」

 その「外崎」という聞きなれない名前に、自然と顔をしかめてしまう。

 嫉妬だ、そんな立場でもないのに。

 先輩も思わず零れてしまったのか、自分で驚いたような顔をした。

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