第11話 女の子のグッとくる部屋着はなにか、とかそういう話

「仲いいよね、樹くんたち」

 先輩はぽつりと言った。

「仲いい? 僕らが?」

「だって、いつも一緒にいるじゃん」

「他に友だちいないんですよ」

「どういうこと話すの、男の子同士って?」

「女の子のグッとくる部屋着はなにか! とかそういう下らないことですよ」

「樹くんは何が好きなの?」

「ジェ」と言いかけて固まる。

 ふわふわのもこもこパジャマが大好きなんて知れたら、先輩にも普通すぎてつまらないと思われるかもしれない。

「すっぱだかにでかいTシャツ一枚とかですかね」

「私いつもはそうだよ」

「へ」

「あ、想像した?」

 膝上一〇センチ丈のTシャツから、先輩の肉づきのいい太ももが伸びて……。

「要は、三人ともやっぱ仲いいってことだよね」と先輩はわざと大きな声で言った。

 クソ、遮られた。さすが先輩、想像上のチラリズムまで計算しているのか。

「だから違いますよ。鞘師なんて、基本僕のこと見下してますし」

「でも鞘師くん、樹くんの留年のこと気にしてたよ? 自分のせいじゃないかって」

 考えたくもない。別に鞘師のせいでもない。

 僕が留年したのは、一つの病気のせいなのだ。それは体の病気ではないが、心の病気とも違うかもしれない。

 強いて言うなら、「真剣になれない」という病だ。

 誰もが甘えだと思うだろう。言い訳だと笑うだろう。でも、そうとしか言えない。

 留年したのは、必修科目の「近・現代日本文学講義1」を落としたからだ。

 現代文学なら講義を聞いてなくてもテストは余裕だと、鞘師に代返を頼んでサボってばかりいた。それが、教授にバレてしまっていたのだ。テストの点数に関係なく落とされた。

 教授に呼び出され、「追試で赤点じゃなければ単位をやる」と言われた。荒れた唇、あのタバコ臭い息、何より抑揚のない横柄な口ぶり、今思い出してもむかっ腹が立つ。

 鞘師は「お灸をすえようとしているだけで、向こうは結局、単位くれる気なんだよ。ちょい勉強して、普通にテスト受ければ問題ないだろ」と笑っていたが、僕にはその「普通」ができなかった。

 教授の上からの態度に腹が立った、という理由だけで試験を欠席してしまったのだ。

 その必修科目を落とし、留年が確定した。

 鞘師とトラビスは三年生になり、卒論などの話をしている中、僕はもう一度二年生。

 同じ寮に住む鞘師は、「無理にでも試験場に引っ張っていけばよかった」と深刻そうな顔をしていたけど、僕は「別に」と話を逸らしてしまった。

 深刻な話は嫌いだ。ずっとへらへら笑っていたい。ずっと不真面目に生きていたい。

 でもそうはいかない。合宿が終わったらすぐに実家に帰り、親と話し合いになる。この一ヶ月で、もう三回目だ。

 両親は単純に、僕の気合を入れ直すつもりのようだが、僕の中では大学を辞めようか……。という選択肢も挙がっている。

 もちろん、ただの逃げでしかない。でも、大学なんか意味あるんだろうか?

 いかん、考えてたら死ぬほどオちてきた。

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